出版本後記:80年代のAttitudeいま再び(若月美奈)

2018/01/09 16:57 更新


時代は巡る。ファッションは往往にして新しいものが突如現れるのではなく、過去のスタイルが今の時代の空気を孕んでリバイバルする。単なるリピートではなく、螺旋階段を登るように…。

それは、昔から言われ続けている周知の事実。では今、螺旋階段の現在地の真下にはいつの時代が見えるのか。デザイナーズコレクション、とりわけロンドン・コレクションを見る限り、80年代後半のようだ。

著書「ロンドン・コレクション1984-2017 才気を放つ83人の出発点」の編集作業をスタートしたのは2016年末。新進デザイナーにインタビューをしたアーカイブ記事を集めるとともに、当時のコレクション写真を新たに選んだ。

実際にショーを見ている80年末以降のものは、あらためてその時の高ぶった気持ちを思い出す。90年中頃のアレキサンダー・マックイーンやフセイン・チャラヤンの初期のショーがそう。一方、今回初めて写真を見て、身震いするほど興奮したのはジョン・ガリアーノのデビュー当時のコレクションだった。

舞台劇のように題目がつけられたドラマティックでエモーショナルなコレクション。歪んだビッグシルエットの新作を纏ったモデルがパフォーマンスを繰り広げる。目のまわりを黒く染めたり、白塗りの男女のモデルがジェンダーを超えたスタイルを謳歌する。

そんなガリアーノをはじめとする80年代の資料をひっくり返している17年6月に、2018年春夏ロンドン・メンズコレクションが開催された。あれ、なんだかとってもデジャブ。注目の新人達のコレクションを見れば見るほど、編集作業で振り返っている80年代の空気感の再来を感じた。その後、レディスコレクションを経て年末に。80年代リバイバルはさらに膨らんでいく。

ジョン・ガリアーノの86年春夏コレクション。Photo:Catwalking.com

さて、具体的には・・・


その1:コレクションにおけるジェンダーの存在

ここ1、2年、これまで別々に見せていた男女の新作を一緒に見せる傾向が強まっている。著名ブランドが率先して行なっている流れだが、そもそも80年代のロンドン・コレクションはそれが当たり前だった。

あまり知られていないが、ガリアーノは卒業コレクション、そして95-96年秋冬のデビューショー以降もレディスだけでなくメンズも一緒に見せていた。パム・ホッグ、ジョー・ケイスリー・ヘイフォードなども皆そう。当時ロンドンにはメンズコレクションがなかったこともあるが、90年代に入ってもその傾向は強く、マクイーンも一時はメンズも一緒に登場させていた。

さらに、ジェンダーということでは、クィアの謳歌も見逃せない。クィアとは性的マイノリティーを指す言葉だが、コレクションにおいて顕著なのはゲイであることをアピールするような男性モデルの存在。

6月のロンドン・メンズコレクションでは、自らのコレクションを「クィアクチュール」と呼び、デザイナー本人が赤いドレスを着てモデルとして登場した男性2人組「アートスクール」などがその世界をストレートに投げかけた。若手だけではない。大御所のヴィヴィアン・ウエストウッドまで、男性のドレス姿をこれでもかとばかりに登場させた。

これも、80年代後半のロンドン・コレクションではかなりフツーに見られたもの。男女一緒に見せることとクィアスタイルは同レベルで語るものではないかもしれないが、様々な意味でのジェンダーフリーの発想が今再び脚光を浴びている。


その2:パフォーマンスショー

今回の本で最後に紹介したブランドは「チャールズ・ジェフリー・ラバーボーイ」。6月のメンズコレクションを見て、急遽ページを作った。スカートが膨らむドレスなども登場し、男女一緒に見せているのかと錯覚してしまいそうになったが、モデルは全員男性のメンズコレクション。

そのチャールズのショーで本を締めくくったのは、まさに巡る時代を表現したかったからだ。ガリアーノで始まり、その世界に戻る。ジェンダーフリーと並ぶ、そこに見えるもう1つの再来は、ドラマディックでエモーショナルな手作り感覚のショーである。

チャールズのショーは不気味な舞踊団やおばけキノコのような張りぼてモデルが登場するなど、新作発表にとどまらないパフォーマスが見どころ。最新コレクションでは、ピンクのダンボールで作った不思議な生き物を纏ったパフォーマーたちがショーを盛り上げた。

言ってみれば学芸会のノリ。でも、大金をかけたドラマティックなショーとは一線を画したエモーショナルなショーは、「ファッションショーは言葉なしにコレクションを語るべきものであり、瞬時にそのエネルギーとアティチュードを伝えるもの」というガリアーノの言葉を再認識するに十分なパワーを放っていた。

そのチャールズ、12月4日に開催されたザ・ファッション・アワード2017の授賞式で、見事に英国メンズウェア新人賞を受賞した。その時のプレゼンターはガリアーノ。壇上ではプレゼンターと受賞者がハグをする光景はお決まりだが、チャールズはガリアーノにしがみついたまま離れなかった。まるで、そのままずっと離れないのではないかと思うほど。受賞はもちろん、ガリアーノに会えたことが本当に嬉しかったのだろう。

エネルギーとアティチュードを伝える趣向を凝らしたショーは、レディスでもモリー・ゴダードらを筆頭に広がっている。

ザ・ファッション・アワード授賞式でのチャールズ・ジェフリー(左)とジョン・ガリアーノ


その3:アンチファー

10月のロンドン・コレクションで一番印象的に残っているのは、毛皮反対運動のプロテスターたちかもしれない。まさに、攻撃という言葉を使いたくなるほどの、アグレッシブなアピールが連日続いた。

公式会場の前では、残酷な写真を並べてスピーカーから動物たちの叫び声を流し、ずらりと並んだプロテスターたちが「シェーム・シェーム・オン・ユー!(恥を知れ!)」「シェーム・シェーム・オン・ロンドン・ファッション・ウィーク!(ロンドン・ファッション・ウィークよ、恥を知れ!)」と来場者の耳元まで近寄り叫びまくる。

日に日に人数を増し、来場者は警備員に誘導されてプロテスターに囲まれた小道を通って会場内に入ると言った始末。「バーバリー」のショー会場では1時間前からプロテスターが集まり、大変な騒ぎとなった。

グッチが毛皮を使用しないことを発表したのは、その翌月のこと。一時沈静化していたアンチファームーブメントがここに着て一気に返り咲いた。

そう、返り咲いたのである。

そのことを忘れていた人、あるいは知らない人も多いかと思うが、80年代末から90年代にかけて、毛皮は一度ファッション界から追放されようとしていた。少なくとも、反対運動が盛んな英国では、撲滅寸前だった。

反対運動が高まる中、ロンドンを代表する高級百貨店のハロッズは、今後毛皮を扱わないことを発表し、ミンクやフォックスのコートがずらりとハンガーにかけられて叩き売りされていた光景が懐かしい。

ミラノ・コレクションでは、エンポリオ・アルマーニがフェイクファーに切り替え話題を呼んだ。

当時、鋭いコレクション評で一目置かれていたファッションジャーナリストの小指敦子さんが、「毛皮が今後ファッション界で復活することはないだろう」と書いていたことが忘れられない。

当時は誰もがそう思っていた。

なのに、今世紀に入ってじわりじわりと復活したかと思えば、いつの間にかラグジュアリーアイテムとして、見事なまでに開花した。

そして今、再び加速するアンチファームーブメント。まさに時代は巡る。

説明が長くなってしまった。ここからは足早に。


その4:高級スローガンTシャツ

スローガンと言えるようなアピール性の強いものだけでなく、メッセージTシャツが

ハイファッションアイテムとして広がっている。

それまでも、ストリートファッションではみられたが、コレクションを発表しているデザイナーで、最初にそれを大々的に取り上げたのはキャサリン・ハムネットだった。

彼女が84年に首相官邸で開かれたレセプションパーティーでサッチャー首相に会った時、フロントに大きく原発反対のスローガン「58% DON’T WANT PRESHING」が書かれたオーバーサイズTシャツを着ていたことは、ファッション歴に残る出来事だ。

その後、06年にヘンリー・ホランドがウィットの効いたスローガンTシャツで「ハウス・オブ・ホランド」ブランドを立ち上げ話題になったのは記憶に新しい。

これは比較的小さな螺旋階段を描いて幾度となくブームとなり、今再び注目といった感じだろう。


その5:ビッグシルエット

オーバーサイズがトレンドとして浮上して久しい。そうした中、からだが泳ぐテーラードスーツなど、バリバリの80年代ビッグシルエットが、スタイリッシュな上級おしゃれファッションとして幅を利かせている。

80年代といえばビッグショルダー。もっとも、肩パッドの入ったパワースーツはどちらかといえば、正統的なファッションで、エッジーなデザイナーが牽引したビッグシルエットの服は、もっと動きのある破壊的なスタイルだった。

コムデギャルソンなどもその代表だが、ロンドンの若手によるはちゃめちゃ感溢れるビッグスタイルは、ガリアーノの初期のコレクションをご覧あれ。


その6:トロフィーイヤリング

80年代、イヤリング(ピアスも含む)はファッションアクセサリーの必需品の1つだった。デザイナーコレクションでも、大きな主張するイヤリングが目についた。

ところが90年代以降、イヤリングはエレガンス系御用達アイテムとなり、エッジーなスタイルでは、ノーイヤリングの方がおしゃれという風潮が長らく続いた。

その後、小さな復活はあったものの、それほど重要アイテムにはならなかったイヤリングが、今再び主張するアクセサリーのトップに返り咲いている。


その7:カムデンマーケット

ロンドン中心街の北に位置するカムデンマーケットは、80年代は西のポートベローマーケットと並び、ストリート発のトレンド発信地だった。

80年代に一世風靡した若手デュオ「ボディマップ」も、カレッジ在学中にカムデンマーケットにストール(露店)を構えて作品を販売していたのが始まりだ。

ファッション好きの若者だけなく、世界中のアパレルメーカーの企画担当者から著名デザイナーまでが、ロンドンでリサーチに訪れるのが、カムデンマーケットだったといっても加減ではない。

ところが、時代は移っても、パンク崩れのようなカムデンスタイルは不動のまま。次第に観光名所の1つでしかない、ファッショントレンドとはあまり縁のない場所となってしまった。

そのカムデンが今にわかに復活の兆し。

それ予感させる筆頭が、若手デザイナーのディララ・フィンディコグルの存在。トルコ出身でロンドンベースに活躍するディララが最初にロンドン・コレクション中に見せたプレゼンテーションは、モデルのヘアメークもすごかったこともあり、「えっ何。この時代錯誤のカムデンスタイル」(失礼!)というのが、率直な印象だった。

まさに、その空気感がバリバリ80年代のカムデンマーケットだったのである。

もっとも、デザイナー本人はもちろん、彼女の服を好んで着ている若者は、その時代にはまだ生まれていなかった。一見荒削りなスタイルのコレクションは、とても丁寧に作られた完成度の高いもの。とんがった服を率先して扱う有力セレクトショップで販売されている。

そのディララが先日、インディー系出版社ディットーとコラボしてコミックを出した。出版パーティーを行ったのは、昨年カムデンマーケット内オープンしたドクターマーチン旗艦店のイベントスペース。「ピンポン!」といった感じである。

再開発も進み、随分と小綺麗になったが、今なおカムデンにはロンドン独特のストリートの雰囲気が漂う。

さてディララ。2月のロンドン・コレクションでは初めて公式スケジュール入りして新作を発表する。


その8:ボディコンミニ

12月4日に開催されたザ・ファッション・アワード2017授賞式で、ファッションセレブたちのパーティードレスに異変が見られた。

授賞式ではその3週間前に他界したアズディン・アライアの追悼も行われ、アライアの功績が今再び脚光を浴びている時期ということもあってか、80年代アライア風の黒いボディコンミニが急浮上したのである。

実はロンドンファッションを盛り上げた新進デザイナーたちのスタイルは、80年代半ばはビッグシルエットだったが、80年代後半から90年代にかけては、大胆に肌を見せたりボディーラインを強調したセクシーアバンギャルド(なんだかこの表現めちゃくちゃレトロ)がリードした。ボディマップからリッチモンド・コルネホ、パム・ホッグがその代表。

5月にはデザインミュージアムでアライアの回顧展が開催される。彼が広めた80年代ボディコンスタイルの行方が気になる。

パム・ホッグの92-93年秋冬コレクション。Photo:Catwalking.com

80年代の復活はこれまでも幾度となく繰り返されてきた。でも、その大半が、ビッグシルエットやボロルック、パワースーツ、ボディコンといったスタイルの再来だった。

今注目したいのは、もっと根底にある80年代のアティチュード。そこに次なる時代のヒントがあるような気がする。



あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



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