ホテルデザインの展示会「スリープ」に行ってきた。
英国にはホテル&レストランショーのようなものは他にもあるが、デザインに焦点を当てた展示会はこの「スリープ」だけ。といっても、アパレルやインテリアグッズなどとは違い、ホテルデザインの展示会なるものには、どんな企業が出展し、どんな商品を展示しているのだろうか。
150社が集まる「スリープ」展。会場はロンドン中心部北のビジネスデザインセンター
巨大な体育館のようなメーン会場には、照明器具やカーテン、ベッド、バスルーム用品など、ホテル関連資材のブースが並んでいる。一見、インテリア関係の展示会と似ているが、随分と雰囲気が違う。
出展者や来場者は圧倒的にビジネススーツに身を包んだ男性が多いからだろう。来場者はホテル業界の人々やディベロッパー、投資家などに加えてインテリアデザイナーなども多いと聞くが、女性たちもいかにものビジネスウーマンが目を引く。
ホテル、それもラグジュアリーホテルに焦点を当てた展示会とあって、商品も高級であれば、1つの商談でまとまるビジネスの規模も並大抵ではない。スーツ姿の男性たちの存在はそれを物語っているようだ。
もっとも、見所はこのメーンホールではなく、その脇のコンファレンスルームで開催される建築家などによる数々の講演、そして目玉はその奥のギャラリースペースにある「スリープセット」のコーナーだ。
「スリープセット」は世界から選ばれた5つのデザイン会社が、与えられたテーマ、つまりターゲットとなる客層に向け、未来のホテルの客室空間をデザインするコンペティション。
今回はアジアから初めて2社が選ばれ、シンガポールのWOWアーキテクツと共に、日本の三井デザインテックが参加した。
その客層とは、イベントテーマの「The Science of Tribes」に基づき、人々を行動、嗜好性、価値観などをもとに9つのグループに分類したうちの5つの上層グループで、参加各社がそれぞれその1グループを対象に実際の部屋を作る。
縦軸がソーシャルステータス(つまり上に行くほど富裕度が増す)、横軸がフレキシビリティー・オブ・バリュー(左がコンサバ・トラッドで右がモダン・コンテンポラリー)のマップ上で、上一帯から右手にかけてのカギ状のエリアに並ぶ5グループだ。
三井デザインテックが与えられたテーマの人々は「Established Tribe」。マップの左上に位置する、5つのグループの中でも一番お堅い富裕層である。満たされた日常を送り、物質的に得られるものはすべて手に入れた、そんなエスタブリッシュな人々のための客室というわけだ。
他にも、プロフェショナルなキャリアを持つエコノミックリーダー「Performers Tribe」、楽しさやエンターテイメント性に価値を抱く「Sensation-Oriented Tribe」などがある。ちなみに、どの会社がどのテーマをデザインするかはくじ引きで決めたそう。
さて、こちらが三井デザインテックによる「五感を刺激するアンビエントな空気感」を追求した未来の客室。
このグループの人々が旅に求めるものは日常では手に入らない精神的なプレミアムであるとし、自然との一体感を演出することで、そこから得られる新たなインスピレーションを導く空間を創造した。
寝室空間と庭の中にあるようなバスルームが外と中の曖昧な空間を演出
シンプルかつ温かみのあるリビングスペース
コンパクトにまとめられたアメニティークロゼット
しっとりとした照明の空間に、鳥のさえずりが静かに響く。うーん、なんとも大人の客室である。墨色の畳以外はすべて現地の材料を使用。木のバスタブのせいだろうか、「和」の印象が強いデザインが完成した。「ZEN」の世界だと表現する審査員もいた。
現在、三井デザインテックがトレンドとしてアピールしているのは「クロスオーバーデザイン」。異なるコトとコトが融合し、新しいコトが誕生するという概念のデザインで、仕事をしながらコーヒーを楽しむカフェ、つまり「働く」と「くつろぐ」が交錯した空間などがそれ。
さらにそこに時間軸も重なり、アナログ的なものと最新技術の共存も広がっている。
実は今回三井デザインテックが「スリープセット」の5社の1つに選ばれたのは、デザインマネジメント部部長の見月伸一さんが今年3月、マレーシア国際家具見本市で「クロスオーバーデザイン」について講演し、それが「スリープ」の主催者の目にとまったためだ。
さて、他のチームはどんな未来の客室をデザインしたのだろうか。
天井にベッド? 部屋の右手に立って左手の壁にある湾曲した鏡を覗くと、ベッドが床にある通常の部屋が見える
こちらはシンガポールのWOWアーキテクツによる、トラッドとモダンの中間に位置するリベラルなマインドを持った国際人「Intellectual Tribe」に向けた客室。リベラルというよりも、随分とアバンギャルドな印象を受ける。なんたって、ベッドが天井に逆さまに張り付いているのだから。
「ホテルの客室と言えば、ドーンとベッドが置かれている。でも、寝ることだけでなく、もっと様々な日常のアクティビティを楽しんで欲しい」と同社のアラン・ライさんがその理由を教えてくれた。
そして、西欧にはシャワーしかないホテルが多い中、あえて贅沢にバスタブを中央に置いた。でも、お風呂に入るだけでなくそこでタイプライターを打ったりもする。トイレの壁には所狭しとばかりに本が積み上げられている。部屋の中にいるだけでなく、ちょっと外出するための自転車もある。
どうです? なんだか似ていませんか。とてもクロスオーバーなコンセプトが。でも、そこから生まれるデザインは随分と違う。
こちらはロンドンのオーケット・スワンケによる「Sensation-Oriented Tribe」をターゲットにした客室。このグループは他の4つよりも社会的地位は低いが、モダンな発想を持ち、楽しさやエンターテイメント性を重視する人々である。
ベッドルームだけでなく、リビングルームからバスルームにまで、犬がたくさんいる楽しい空間
人々が集う空間を出発点とし、白い洞窟のような客室が出来上がった。日本人的にはパジャマパーティーの部屋といったところだろうか。でも、違った目的のホテルも連想してしまうのは、それが全盛期の頃に20代だった年齢のせいか。
そして、見事に大賞を射止めたのがこちら。ゲンスラーのロンドンオフィスによる「Digital Avant-Garde Tribe」のための客室。デジタルアバンギャルド、まさに一番今風でクリエーティブな人々である。
大人のための子供部屋のような印象。これはラグジュアリーなのだろうか
ホテルの客室というよりもお料理とかアートのお教室の部屋のよう
でも、どうですかこの部屋。デジタルというよりもとってもアナログ。壁には地図のようなものがごちゃごちゃ描かれているし、天井にはいっぱいの花や葉っぱが洗濯バサミでとめつけられている。ベッドルームは犬小屋みたいと思えば、本当に赤い犬がいる。
デジタルな人々だからこそ、それとは相反する空間を求めるということなのだろうか。正直なところ、この大賞受賞は意外だった。
審査員の1人であるマンダリンオリエンタルホテルのハビエ・ホータルさんはこう語る。
クリエーティブで実験的な試みに軍配が上がった。完璧なデザインが大賞に選ばれるというわけではない。完璧ではないかもしれないが、未来へ向けての問題定義、クエッションがたくさん投げかけられていたというところが評価された
そうした意味で「三井デザインテックは完璧すぎる。冒険がない」という。もっとも「自分が泊まるなら三井デザインテックの部屋を選ぶ」とも。
そのように、完璧なまでに自らのデザインコンセプトを与えられたテーマに落とし込んだ三井デザインテックには審査員特別賞が授与された。
今回の4人のデザインチームの代表である見月さんは、
エスタブリッシュというテーマを日本人の感性で解釈するのは難しかった。もっとも西洋的なラグジュアリーは限界にきている。西洋の人々がこの部屋に泊まりたい、住みたいと感じてくれたことは自信につながった。今後西洋の人たちに向けて新たなラグジュアリーを提案し、ビジネスにつなげていきたい
と語る。
といっても海外進出ではなく、まずは日本に進出する海外のホテルなどとの取り組みを広げ、その後海外に出て行くことも考えたいそうだ。
デザインチームの4名。左から神田恵さん、山口昭彦さん、見月伸一さん、小林創さん。審査員特別賞おめでとうございます
東京オリンピックを前にホテル需要が急増する日本。新しい発想のホテルも増えていくのだろう。
「スリープ」を主催するジョエル・バトラーさんはこのイベントを日本でも開催したいと言う。やはりその一番の理由は東京オリンピック。もっとも、今からでは時間的に間に合わないのではないだろうか。
「オリンピックがプロジェクトのゴールではない。そこを出発点にホテル産業は活性化して行く」とバトラーさん。ロンドンのイベントをそのまま持っていくのか、縮小版を開催するのか、あるいは違った切り口のイベントにするのかなどはまだわからない。でも「思ったことはすぐに実現したい」と積極的だ。
そういえば、2012年のロンドンオリンピックを振り返っても、オリンピックによる街のPR効果によって終了後も観光客が増え続け、ラグジュアリーなホテルが相次ぎオープンしている。
ところで、ラグジュアリーなホテルとはどんなホテルを指すのだろうか。そもそもラグジュアリーって何?
今回、合同インタビューに参加させていただいた注目の女性建築家、マリア・ヴァフィアディスさんはこんな風に説明してくれた。
ラグジュアリーとは日常生活で必要なものの上に乗っているもの。だから、人々の生活の変化とともにラグジュアリーの定義は変わってくる。昔は高価な素材がラグジュアリーだった。しかし今の時代は、時間、そして空間こそラグジュアリー。つまり素材ではなく体験です
というわけで、ラグジュアリーなホテルは、素晴らしい空間というデザインだけでなく、時間に追われる現代人が無駄な時間を過ごさなくていい最高のサービスが求められる。デザインとサービスがラグジュアリーホテルの両輪というわけだ。
そしてさらに続く。
人々には、自分と同じ価値観を持つ、似たような人々と時を共にしたいという欲望がある。そこで、今のロンドンのホテルはよりクラブのような存在になっている。これも、もう1つのラグジュアリーです。
日本ではまだ知られていないが、今注目すべき建築家だと「スリープ」の関係者が太鼓判を押すマリアさんはギリシャ出身
なんだか真面目でお堅い話になってしまったが、この展示会でなんかいいなあと思ったブースはこちら。
確かに自動ピアノこそ売り先はホテル。と思いきや、販売ではなくレンタルだそう。アップライトで1週間40ポンド、グランドピアノで65ポンドから。所有せずにシェアするのも今時のラグジュアリーということなのかもしれない。
会場にはこんな商品の展示も。ケンブリッチのエーデルワイス・ピアノ
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員