未来の素材をつくる学科(若月美奈)

2015/07/08 16:07 更新


セントラル・セントマーチン美術大学の卒展に行って来た。

1ヶ月に渡る卒業作品の発表の締めくくりは、やっぱりファッションではロンドン1のこの大学。先日ショーで見た作品を実際に触り、作者の話を聞き、ポートフォリオを見る。ショーとはまた違った魅力が見えて来たりする。

ロンドン中心街の4カ所に散らばっていた学科を、再開発が進むキングスクロス地区の新校舎に一同に集めて3年目。中央が吹き抜けになったレンガ作りの建物は、列車の車庫を改装したもの。

中央が吹き抜けになり、インダストリアルなムードを残しながらもモダンな校舎は、さすが美大といった感じだ。ファッションはもちろんファインアートやグラフィック、演劇など、様々な学科が集まっている。


  
中央が吹き抜けになった校舎。この奥で、素晴らしい展示に出会った 


々とした校舎といえども、すべての卒業作品を一度に見せるのは難しく、学科ごとに「ショー1」と「ショー2」の2回の期間にわけて公開され、今回行って来たのは「ショー2」の方。

一般公開の前夜に行なわれたプレビューにお招きいただいたのだが、ファッションからジュエリー、建築、インダストリアルデザインなどの学科、さらにBA(学士)とMA(修士)があり、大勢の来場者で賑わっていた。

端から順番になどと見ていたらすぐに息切れしてしまうので、まずはお目当ての「BAファッション」の部屋に向かった。

中央に作品、壁際にポートフォリオが並び、通路側にはショーの映像が流れる。それにしても、どの作品も山盛りの装飾。編んだり、縫い合わせたり、刺しゅうしたり、顔料やラバーでプリントしたりと、とにかくごてごてのテキスタイルなのだが、仕上がりはぼろぼろ感がポイントで、まさに浮浪者クチュールとでもいいたい作品がいっぱいだ。どれも本当に重そう。

100人を超えるファッションの作品を見終え、次は「MAジュエリー」へ。MAとあって人数は少なく、さすがに完成度が高い。漆を使った装飾ピースが付け替え可能というユニークな作品を見せたユーメイ・タンさんをはじめ、やはり中国人留学生が目立つ。

お次は「BAジュエリー」。こちらはものすごい人数で、中国や韓国と並び日本人留学生もいる。SMチックなものやコワかわいいデザインが目を引く。

この3学科を回っただけで、かなりヘトヘトになった。時間にしたら1時間半程度なのだが、なにせ中身が濃い。でも、校内に入る機会もあまりないので、せっかくだから、1階の吹き抜けの突き当たりまで行ってみることにした。

そして出会ったのが、「MAマテリアル・フューチャーズ」。そこには、ファッションもジュエリーも吹っ飛んでしまうほど、衝撃的なまでに魅力溢れる世界が広がっていた。

その名の通り、ここは「未来の素材をつくる」学科。それは必然的にサステイナブルなものの追求となるわけだが、素材や用途は実に様々で、それぞれの学生が自分の興味あるものを徹底的に研究している。

次年度で15年目を迎える今世紀に入ってできた新しい学科で、今年の卒業生は15人。これまでは「MAテキスタイル・フューチャーズ」という学科名だったが、今年度から「MAマテリアル・フューチャーズ」となり、より幅広い「素材」を視野に入れた研究が進められている。

最初に話を聞いたのが、日本人留学生の相場しおりさん。デジタルコミュニケーションが進み、その存在が薄れつつある「紙」にあえて着目し、和紙の可能性を追求した。展示作品は布帛のワンピースや、ニットのパンツ、草履、ジュエリーなど。すべて和紙でできている。


  
作品と同じ、パウダーカラーの服が印象的な相場さん

 

相場さんは筑波大学でテキスタイルを学び、海外でさらに勉強したいと思っていたところ、この学科を見つけたそうだ。2年間のコースで、最初の1年は、クラフト、サイエンス、テクノロジーの3つの角度から未来の素材を探り、2年目は各自の研究課題に打ち込む。

「素材開発を学ぶコースですが、技術的なことはもちろん、現状がこうだから、こういうものが必要といったコンセプトの部分に時間を費やし、その大切さを学びました」と相場さん。卒業後は、紙素材の研究は継続しながら、企業の研究室に就職したいという。

レベッカ・クーパーさんは、ファストファッションに疑問を投げかけ、それ以上にファストなファッションをつくるという研究。つまり、一回こっきりの使い捨ての服。そして、とっても地球に優しい服。

原料はサトウキビの殻やトウモロコシ。そこから紙やセロハンのような素材をつくり、インクジェットプリンターで天然染料による色柄をのせ、トップやスカート、パンツを仕立てる。一度着て傷んだら、庭の枯れ葉や台所の生ゴミと一緒にコンポスト容器に入れると、90日で堆肥になる。つまり土に戻る。

「フェスティバルなどで着倒すような服がイメージ。プリマークなどの商品と対抗しなければならないので、安くなければ駄目。実際には研究に研究を重ねてとても高いものになっているのですが」と笑うレベッカさん。

展示作品にはタグがつけられ、値段が書かれている。トップとスカートで7ポンド! 現在の為替では1400円といったところだが、感覚的には700円。このデザインと作りを考えるとファストファッションより断然安い。

「これって実際に買えるの?」とたずねたところ、まだそこまでたどりついていないが、美術館から購入したいという話が持ち上がっているそうだ。着用せずに展示しておけばそのまま保たれ、土には戻らない。


  
レベッカさんは、ウィンチェスター大学でテキスタイルを学び、2年間仕事につき、この学科に入学した

 
原料はサトウキビとトウモロコシ

 
それが、こんな素敵な服になる

 
着終わった服はコンポスト容器に。90日で土に戻る


テキスタイルやインダストリアル関係の未来素材が並ぶ中、車の上に大きなラッパをのせた模型がずらりと並ぶ、かわいらしい展示が目に入ってきた。マルタ・サンタンブロジオさんのコーナーだ。 


 
思わず近づいてしまう、不思議な車の展示

 

「2019年までにヨーロッパの法律で、電気自動車やハイブリッド車はノイズを発するようにつくられなければならなくなる。それは自動車業界にとって、車の音をデザインするという、差別化に向けての絶好のチャンス・・・」と、この研究の説明ははじまる。

そして、マルタさんが目を向けたのは2075年までに人口が15億人に達するといわれるインド。人口が多ければ交通量も多く、ノイズも多い。そんなインドの街を走る自動車に、様々な楽器のような音を発する装置をつけ、何台もの車が集まり、交差することで、オーケストラのような音楽を奏でるという仕組みだ。

音を発しなければならないのなら、それが雑音ではなく音楽だったら素晴らしい、というアイデアである。もちろん、原段階では実際にそうした車をつくり、それらが交差し合う様子を実験するまでには至っていない。

はたして、そんなにうまくいくものなのだろうかという疑問はあるが、「未来の素材研究」にこんなものが登場するなんて、楽しい。見て手に取るようなものだけでなく、音も素材なんだ!


  
イタリア出身のマルタさん

 

ファッションやジュエリー専攻の学生さんごめんなさい。今回の卒展見学は、「未来の素材」にすべてもっていかれてしまいました。それにしても、やっぱりセントラル・セントマーチン美術大学は侮れない。



あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



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