ロンドンメンズの女性パワー(若月美奈)

2015/02/05 15:27 更新


「所詮、男のこだわりは女にはわからない」。

お酒の席などで、業界関係者の男性からよくそうした発言が飛び出す。サビル・ローの老舗テーラーにはじまり、帽子や靴、革小物。そのシルエットやディテールなど、男心をくすぐる絶妙な味わいは、女にわかるものではない、というものである。

そんな男性諸君に、今日は声を大にして言いたい。

「知ってます? 今ロンドンメンズのニューウエーブは、女性たちが牽引しているのです」と。

まあ、そこまで言い切れないにしても、女性クリエーターは今、無視できないポジションにいる。


  
ラグジュアリーストリートカジュアルでロンドンメンズのニューウエーブをリードするアストリット・アンデルセン

 

1月はじめ、世界の先頭をきって2015〜16年秋冬ロンドン・メンズコレクションが開催されたが、1、2年前からそこにおける女性デザイナーの活躍が気になっている。アストリッド・アンデルセンやルー・ダルトン、ケイティ・アーリーといった新人からそろそろ中堅になろうという注目デザイナーに女性が多い。

もちろん、世界的にも女性デザイナーによるメンズウエアはたくさんあるが、大半がレディスからスタートし、メンズにまで広げた著名ブランド。でも、このロンドンの女性デザイナーたちは、メンズしか作らない、メンズデザイナーなのである。

 今シーズンはそうした女性メンズデザイナーに加え、新しいかたちの女性クリエーターの起用も印象的だった。老舗靴ブランドのジョンロブがそれ。アーティスティック・ディレクターにパウラ・ジェルバーゼを起用したはじめてのコレクションを披露したのだが、彼女はメンズデザイナーでも靴デザイナーでもないのだ。

ドイツ出身のパウラはロンドンのセントマーチン美術大学でレディスファッションを学び、サビル−・ローのテーラーで経験を積んだ。現在は自身のレディス及びメンズブランド「1205」を立ち上げてロンドン・コレクションに参加している。

自身のブランドで多少靴も手掛けているというものの、基本的に服を専門としてきたデザイナーが靴、それもこだわりの老舗メンズシューズブランドのクリエーティブ面すべてをディレクションすることは異例だ。そして、さらにそれが女性というのはかなり大胆な抜擢といえる。

そのパウラがデザインした新作は、創始者であるジョン・ロブ氏の体験からインスピレーションを得た男のロマンが詰まったコレクションとなった。

彼が農夫の息子であり、さらに足が不自由であったという事実に興味を持ったパウラは、1851年、彼が22歳の時に英国南西端に位置する故郷のコンウォールからロンドンまで、靴作りを学ぶために何日もかけて歩いて旅したという実話からイメージを広げ、従来の細身のものより幅広の木型を使ったアウトドア風のアンクルブーツや、彼が見たであろう夕日をイメージした履き口が大きな弧を描くようなシルエットのストラップシューズなどを揃えた。

実際、この靴が男性たちにどうのように受け入れられるかは、秋になって店頭に並ばないことにはわからない。しかし、少なくとも一足先にこの靴を見たジャーナリストの反応は上々だった。

 


女性デザイナー、パウラ・ジェルバーゼが手掛けるジョンロブの2015〜16年秋冬コレクション Photo:Tetusji Fujiwara


英国的な男の装いといえばなんといってもサビル・ローのビスポークテーラー。昨年末には、そこでも女性の活躍に出会った。ギーブス&ホークスでヘッドカッターを務め、その後独立したキャサリン・サージェントが新しいアトリエを構えたというので、お邪魔してきたのだ。

テーラーのヘッドカッターというのは、デザイナーブランドでいえばチーフデザイナーの立場。キャサリンはサビル・ローではじめての女性ヘッドカッターとして知られ、英国紳士のために高級スーツを仕立ててきた。

アトリエでありながら、顧客がホテルの一室にいるようにくつろげる空間にしたかったというサロンは、什器なども英国製にこだわりキャサリン自身がデザインしたという。


  
キャサリン・サージェントの新しいアトリエ Photo:Tetsuji Fujiwara

 

さて、話はロンドン・メンズコレクションに戻る。この写真はなんでしょう?


  


コレクション初日に行われたロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのメンズウエア修士課程の卒業ショーで、フィナーレに登場した卒業生たちだ。

とにかく、驚くほどアジア系留学生が多いことはショーのランニングオーダーで明白だった。なにせ、12人中10人がウォンさん、チェンさん、ゾウさんといったアジアの名前なのだから。昨年12月に「アジア系ロンドンデザイナーが気になる理由」で書いた中国系、韓国系デザイナーの活躍がさらに広がることを印象づける。

しかし、フィナーレに登場した学生たちには度肝を抜かされた。大半が女性とは、ショーを見ている時点では気がつかなかった。

この学校のメンズウエアコースは、学士過程、修士課程ともに優秀なデザイナーを輩出している。ロンドンファッション界の時の人、「JWアンダーソン」のジョナサン・アンダーソンもその1人だ。

卒業作品は、大胆な色切り替えで見せるテーラードや凝った素材使いのカジュアルウエアが多く、エスニック風のデザインも目立った。

彼女たちは卒業後、母国に帰るのだろうか。ロンドン、いや世界のメンズファッション界での彼女たちの活躍にエールを送りたい。


 
 左からシアリオ・スーさん、ジャスミン・ハオヤオ・デンさん、ジエベイ・ヒーさんの作品 Photo:Roger Dean



あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



この記事に関連する記事