【ものづくり最前線】パンツ職人、尾作隼人氏の挑戦

2017/11/04 12:00 更新


 日本ではまれな存在であるビスポークのパンツ職人、尾作隼人氏(マイルストーン取締役)。ビスポークオーダーをベースにしながらも、今年6月から既製品とパターンオーダーによるパンツブランド「パンタロナイオ・オサクハヤト」を新たにスタートした。これまで培ってきたビスポークの精神を国内パンツ工場と共有し、新たなパンツ作りに挑む。

 尾作氏は銀座のテーラーで短期間勤めた後、パンツ職人として独立。20代前半から十数年間、テーラーの下請けパンツ職人として実績を積み重ねてきた。一昔前なら最低でも5年くらいは修行するのが一般的だが、独立してからは「探究心を持って物作りに向き合えた」ことが大きかったという。

〝自分の顔〟も表現

 下請けとして、この時期に様々な型紙を経験したことで、相手が満足できるレベルを追求しつつ、何でも作れるように新たな手法や実験を繰り返すことができた。その結果、「色々な引き出しができ、〝自分の顔〟も表現できるようになってきた」と振り返る。

 9年前から個人事業主として活動し、自前のビスポークの受注が4~5年前から増えてきた。それでも完全に下請け仕事をしなくてもよくなったのは昨年10月だった。尾作氏がプロデュースし国内パンツ工場と組み大手百貨店で販売するパンツブランド「m039」は5年前に立ち上げ、年間販売数約6000本まで実績を積み上げた。

 自社工房は今年春に川崎市多摩区の住宅地のマンション内に移転した。アポイント制で顧客から直接オーダーを受けることもあるため、小田急線生田駅から徒歩2~3分の立地を選んだ。新工房では若手職人と企画・営業担当とともにパンツ作りを進める。現状、ビスポークで年間100本弱の生産量だが、若手職人をさらに補充し、150本まで高めたいとしている。設備は本縫いミシン1種類のほか、中間工程と仕上げ用の2種類のアイロン。一部、素材対応でロックミシンもある。後は裁断用のテーブルのみ。ビスポークは基本的には手仕事が多いため、設備は最小限で十分だ。

フィット感を大切にしたクラシックなパンツと型紙 

 ビスポークでは接客・採寸から型紙作成はもちろん、縫製、仕上げまで尾作氏が担い、人材育成を兼ねて若手職人がパーツ作りなどのアシストをする。ビスポークテーラーの手法として特徴的なのが、「地のし」の工程。生地に霧吹きして一晩寝かせた後にアイロンで地の目を整える作業。この工程を経ると、スポンジングマシンよりも数十倍くらい風合いが良くなる。「地のしをしながら生地の声を聞き、地の目を読み、生地の個性を理解することは職人にとって重要なこと。教えられて身に付くものではなく、ひたすら自分でやり続けるしかない」と強調する。

工場に敬意持ち

 6月から新たにスタートした既製品とパターンオーダーによるパンツブランド「パンタロナイオ・オサクハヤト」にもビスポークの精神は生きづいている。新ブランドの生産を担うのは長野のパンツ専門工場、長野アルプス。従業員は約30人。1人で数工程を担当し、芯地の見直しなどコアな部分まで小回りが利く。ボタン付けやボタンホールなど手仕事が多いのが特徴だ。

新ブランドで取り組む長野アルプスの工場

 モデリストとして工場の生産管理や技術指導なども請け負う尾作氏は、「ビスポークの生産手法が全て正しいわけではないので、品質と量を安定供給できる既製品の工場にも敬意を持って接する」のが信条。常にフラットな目線で現場と対話し、自分の手法を押し付けず、互いの着地点を見つける。その結果、ビスポークの手法が、工業的アプローチに落とし込めたという。

 例えば、アイロンワークで作るベルト部分の曲線を付属メーカーのカーブベルト芯を使うことで表現。また、パターンオーダー工場とビスポークの工房が連携することで、裾上げや脇ポケットのかんぬき仕様などをハンドメイドで対応することも可能だ。新ブランドでは既製とパターンオーダーで年間数千本の生産を見込んでいる。

 パターンオーダーはゼロから作るのではなくビスポークと同じ型紙をベースにしたゲージサンプルからサイズ補正する。その際、股下の長さに連動しひざ位置も再設定しているため、美しいシルエットが保てる。今後はさらにイレギュラー体形の人のためにパターンオーダーとビスポークの中間的な新しい提案も予定している。

工房で作業する尾作隼人氏


《チェックポイント》

ビスポークは顧客と一生付き合う

 ビスポークは体形補正だけではく、ムードや足を入れた瞬間のフィーリングまで表現できるもの。尾作氏のパンツはクラシックなデザインで人間の足に沿ったM字(横から見て)を描くような立体的できれいなシルエットが特徴。また、ビスポークは顧客とのコミュニケーションも商品の一部であるため、インターネットだけで完結することは不可能だろう。顧客の体形だけでなくライフシーンや趣味嗜好(しこう)まで理解して作り上げるものなので、顧客の人生に一生付き合う気持ちで接客することが大事だ。ただ、ビスポークのパンツは10万円前後と高額のため、これまで手の届かなかった人たちにもPOを経験してもらうことで幅広い客層にもビスポークのエッセンスを届けたいとしている。実際、受注会でも好評で新規客が増えた。やがてPOから入った顧客がビスポークにもチャレンジしてもらえるのが理想形だ。


記者メモ》自分たちの王道を追求

 一般的にビスポークの職人というと頑固なイメージで、既製品の量産工場を下に見る人が多かったが、尾作氏はまったく逆だった。物腰も柔らかく、既製の工場に対してもリスペクトが強い。現場の人たちとの対話を重視し、ビスポークによるパンツ作りの哲学を共有してもらう。良いと思ったことはどんどん試してもらい、ビスポークとは違ったアプローチからバランスの良い商品を作り上げる。ただ、職人として「いいパンツとは」を常に追求している尾作氏の姿勢にぶれはない。「自分たちが考える王道を追求し続け、発信していきたい」としている。(大竹清臣)

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