長野県上田市の郊外に「無言館」という美術館がある。第2次世界大戦で戦死した画学生130人の作品を中心に集めた美術館だ。風景画や人物画がシンプルに飾られ、横には戦没者の略歴や死亡した場所、日などが淡々と記されている。文字通り、忘れがちな過去の歴史を無言の絵が語りかけてくる。
97年に同館を設立したのは著作家で美術評論家の窪島誠一郎氏。窪島氏の父親は作家の故水上勉氏である。年配の方ならよく知る作家だが、水上氏は幼少期に寺に預けられ、様々な職業を転々とするなど異色の経歴を持つ。一時期は繊研新聞社の前身である繊維経済研究所に籍を置いたこともある。
作品の大半が描かれた昭和初期は、大学や美術学校などへの進学が極めて限られていた時代だった。無言館の主人公である画学生の多くは、絵画や彫刻などで文化の先端を歩む若者だったであろう。実際、展示の中には、ドレスなどを描いたデザイン画やデッサンも含まれる。
コロナ下で暗くなりがちな日々が続く。それでもやりたいことができ、着たい服が着られる時代のありがたさ。79年前の12月8日、日本は米国や英国に対して戦端を開いた。平和な日々、自由にファッションを表現できる時代を見ることなく亡くなった人たちへの思いを忘れず、前を向いて難局を乗り越えたいものだ。