《めてみみ》心を溶かす服

2017/07/10 04:00 更新


 結婚式を控えた新婦が、田舎に住む祖母を式に招待したのだが、「足が痛くてそんな遠くには行きたくない」と断られた。何度も頼んだが、頑として聞き入れてくれない。どうしても式に出てもらいたい新婦はダメ元で、通販でゲストドレスを買って届けた。すると態度は一変。あれほど嫌がっていたのに、式を心待ちにするようになった。もちろん、当日は新婦の贈ったドレスを着て出席した。

 服は人の心を溶かす作用があるようだ。孫の花嫁姿は見てみたい。しかし、老いた姿を華やかな席でさらしたくない。そんな葛藤を、ドレス1着が溶かしてしまった。

 知人は家業のかつぎ屋を継ぎ、父親を亡くしてからは、洋服だけを扱っている。ワゴンを運転して、衣料品店もない山間の町を訪ね歩く毎日だ。父の代からのお得意様は、多くが連れ合いを亡くして一人暮らし。家の中に迎え入れてくれ、「よう来たなあ」と、それからの季節に必要な洋服を買ってくれる。

 気をつけているのは、買ってくれた洋服が着られているか否か。買ったままの状態で部屋に置かれていることもある。着古した服では出かける気にならないが「新しい服なら出かける気分になるのではないか」。そんな思いで仕入れた服だ。「まだまだ、家から連れ出すような服を目利きできていない」と、未熟さを嘆いている。



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