過去を振返らぬラガーフェルドが故郷で展覧会?(吉田恵子)

2015/05/11 13:53 更新


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ドイツには「大帝(または皇帝)」というニックネームでよく呼ばれる有名人が2人いる。

1人は元サッカー選手のフランツ・ベッケンバウアー、もう1人がデザイナーのカール・ラガーフェルドである。両者の共通点は、長年にわたり世界の一線で偉業を成し続け、何かにつけ世の注目を集める存在であることだろう。

 


 

ラガーフェルト氏は北ドイツの裕福な家庭に生まれる。父親はコンデンスミルク製造会社のオーナーであった。生まれは自称1938年だが、実は1933年といわれている。1953年、母親とともにパリへ移り、リセを卒業する。元はイラストレータを目指していたという。

 


直筆のデザイン画

 

しかしながら54年にデザインしたコートが国際ウール事務局によるコンテストで賞(写真下)を受けて以降、60年以上にわたり、ファッション・デザイナーとして活躍し続けている。

 


 

クロエ、フェンディ(写真下)をはじめとする複数の著名メゾンのコレクションのデザインを担当し、シャネルでは1983年からクリエイティブ・ダイレクターを務める。当時新鮮さを失っていたシャネルを、そのエッセンスは受け継ぎつつも若返らせることに成功した、といわれている。

 

 

マルチタレント。服やアクセサリーのデザイン他、ショーの演出、写真、イラスト、ビデオ、コーポレートデザインまでを総合的に手がける。 過去を振返ることを嫌い、常に斬新なアイディアを出し続けてきている。今世紀で最もクリエイティブな人物の1人、とも囁かれる。

 


ココ・シャネルのメゾン再開を描いたショートフィルム「The Return」脚本、監督をラガーフェルド務めた

 

現在ドイツの全首都であるボンの連邦芸術展示館で「カール・ラガーフェルド ファッションの方式」という展覧会が開かれている。

同氏のファッションについての総合的な展覧会で、同館によると国内外でも初めて。クロエ、フェンディ、カール・ラガーフェルド、シャネルの各時代のコレクションほか、直筆デザイン画からラガーフェルド氏監督の映画までを見ることができる。

となると、これはいわゆる回顧展ではないか? 過去を回顧したり、また自分をファッション・デザイナーと呼ぶことはくない、というようなことをよく口にしている彼が、なぜまたファッションを中心とした総合的な展覧会などを承諾したのか。不可思議であった。

 


時代とともに変わってきたシャネルスーツ

 

展示室の入り口にもわざわざ「懐かしがってもよい過去はなく、あるのは過去の要素を拡大し形成される永遠の新しさだけだ。真の憧憬は常に生産的でなければならない」というルネッサンス期の哲学者ブルーノの言葉が大きく掲げられている。

各種説明を読むと、キューレーターには、ライン・ヴォルフス同館館長に並び、クリエイティブ・コンサルタントとして「カールの第2の一対の目」と称されるアマンダ・ハーレック氏が起用されている。

展示デザイン、マネキン等の担当も、ラガーフェルド氏の長年の協業者が担い、側近で固められてはいるが、本人は直接関わっていないようだ。

 


「ツイードの進化」。実験的で多様な素材使い

 

ヴォルフス館長は、ドイツを代表する同館の館長に就いて以来ずっとやりたかった企画だったことを明かし、今回(おそらく、やっと)「その時が訪れた」と述べる。本人はそれほど乗り気ではないが、周囲が勝手にカール・ラガーフェルトの偉業を世に知らせたくて、展覧会を開いた、という風に解釈できる。

 


話題をまいたマタニティーウエディングドレス

 

80歳超えている(らしい)のに、次々に斬新なアイディアを生み出すラガーフェルド氏。過去の作品を賞賛するようじゃいけなく、自己批判に徹し、それをバネにさらに発展するというやり方こそが、並外れた想像力の源の一つなのだろう。

国内有力紙「Zeit」によれば、オープニングを祝うパーティーも すっぽかしたという。自分はまだ終わっていない、これからも変化・発展していくという姿勢を、伝えたかったのかもしれない。



フランクフルト在住。身長152cm。大きなドイツ人の中にいると小人のように見えるらしい。小回りだけは利くジャーナリスト兼通訳。ファッションからヘルスケアまでをカバーする。

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