ファッション界におけるカワイイ(浅沼小優)

2013/09/11 15:40 更新


■ブランドの永遠のテーマ

ラグジュアリーブランドに詳しい方には目新しい話ではないと思いますが、ブランドの永遠のテーマは伝統と革新ではないでしょうか。この二つのことばはブランドが老舗であればあるほど、欠かせないキーワードになります。伝統的であるということは、変わらぬものを世の中に繰り返し送りだしていくことを意味しますが、しかし、ずっと同じではニュース性が失われてしまいます。新しい情報なしに話題になり続けるのはとてもむずかしいことです。

あらゆるブランドは、皆が自分たちの存在をずっと気にかけ、長く愛用することを願っているはずです。そのため、ニュース性を生み出すことは不可欠です。いかに伝統をフレッシュアップするか、どのように革新的にみせ、全体を活性化させるか、これがブランドのプロダクト開発における大きな関心事になります。この意思は、ブランドストーリーや商品説明の記述からもすぐにわかります。ほとんどが、伝統と革新という二言に集約できるといってよいかもしれません。

■革新のつくり方

革新のつくり方には大きく分けて二種類あると考えられます。ひとつは、最新のトレンドカラーや素材、新しい製法や先端技術を取り入れるという正攻法です。新作は当然ニュースになり、メディアで取りあげられます。また、商品が定番であればあるほど、新色、新素材の登場が、既存のラインナップをフレッシュアップしてくれることはいうまでもありません。

しかし、ブランドにとって大事なポイントはフレッシュアップにとどまりません。新バージョンには、定番型のポジションをより強固なものとする役割があり、この点こそが重要なのです。

既存のプロダクトの新バージョンが発売される、ということはその型やラインがブランドにとって重要なもの、自信をもっていることの証です。このことは、これからなにを買おうか迷っている消費者に、間違いのない選択、という安心材料を与えるでしょう。

そればかりではありません。すでに定番型を所有しているひとたちには、その商品を「買ってよかった」と思ってもらえる、確証をあらためて得てもらう機会になります。そういう意味で、新バージョンの登場は顧客へのアフターマーケティングとしても機能しているのです。

顧客の定番への安心感は、その後の安定的な売上の柱をつくります。すでに販売された商品の価値を新作によって維持することができ、それが次の商品を買うことへの動機づけになるのです。エルメスのバーキンを思い浮かべれば理解しやすいかもしれません。新作という名の革新的要素は、伝統を担保する、ブランドの持続可能性のキーであること、そのことをどのブランドも経験上よく知っているのでしょう。

革新的要素をつくるもうひとつの方法とはなんでしょうか。対抗するエレメントを取り込むというアプローチがそれです。2001年、モノグラムにグラフィティをほどこしたルイ・ヴィトンがそのいい例でしょう。当初、この自らの伝統を落書きで打ち消すかのような戦略には賛否が分かれましたが、ブランドのニュース性と商業的成功を同時に生み出しました。

■伝統的理想像とその対抗物

対抗するエレメントによるフレッシュアップという方法は、個別のブランドだけでなく、ファッション界全体が活用してきたアプローチでもあります。

これまでファッション界は、西欧社会における身体表現の理想を提示する、という役割を伝統的に担ってきました。その中心理念は、センシュアリティをエレガンスと洗練の中で表現することだと考えられています。身体修練と教養を積み、それなりにさまざまな場面をくぐりぬけ、その上で身体的魅力を知的に示す、ということです。しかも、それを若くして達成しなくてはいけないのですから、相当ハイレベルな要求としかいいようがありません。

この理念を維持し、強調するためにさまざまな対抗的エレメントが考えられてきました。ここ40-50年の間、ウィメンズウェアに男性性を盛り込むトレンドが幾度となく現れましたが、女性像に強さ、男性性というのは最もわかりやすい対抗物でしょう。また、フォークロアやグランジ、ボーホー・テイストといったトレンドは、業界にいるひとにとっては馴染み深いキーワードです。しかし、考えてみると、これらも「理想の女性」の構成要素である、センシュアルや洗練、エレガンスといった資質を打ち消すような対抗物です。

服のデザインそのものではなく、プレゼンテーションの中に相反する要素を取り入れることもありました。通常は10代から20代のモデルを起用するところ、あえてその枠組みをこえた年齢層のモデルで表現する例はいまもしばしば見られます。あるいは、コムデギャルソンのように、業界全体の中で、「異端」としてのポジションを確保するブランドもあります。その場合は、異端的なブランドが全体の活性剤となるのです。

このような、さまざまなレベルで対抗的なエレメントを取り込む動きによって、ファッション界はそのたびに蘇生し、理想の女性像の発信役としてそのステータスと伝統を維持してきました。それにしても、新色や素材や新技術によるフレッシュアップについては、とくにブランドの方向性として疑問はわきませんが、自らの内に自らを否定するかのような要素を取り込むことには矛盾があるはずです。なぜ、わざわざこのような手法をつかうのでしょうか。

それは、対抗する要素こそが本筋を強化してくれることを承知しているからです。自らの内に悪役を住まわせる、というと言い過ぎかもしれませんが、このようなアプローチはブランドだけの話ではなく、実は組織論でもいわれてきたことなのです。相反する要素をあえて内在させることで組織は停滞をまぬがれ、継続的に存在し続けることができる、という考え方があります。江戸時代、鎖国のなかで出島が設けられましたが、その役割をこのような視点から考えることもできるでしょう。

この手法が一歩まちがうとリスクのあるものだということも想像にかたくありません。革新の分量は注意深くコントロールされなければ、全体を壊す可能性を持ち合わせているからです。それでも、本筋、つまり伝統を担保し、ニュース性を生み出すという対抗物の価値は十分魅力的なのです。近年、ラグジュアリーブランドがストリートスタイルを好んで取り入れるのも、それが自らを打ち消してくれる革新的役割を担っているから、と考えると腑に落ちるのではないでしょうか。

■対抗物としてのカワイイ

話がずいぶんと遠回りしましたが、外また歩きがデフォルトというファッション界での内また現象も、こういった革新的発想としてとらえることができます。内またが示すカワイイという存在そのものが、グローバルファッション界にとってある意味、対抗物だからです。

この十数年間で、それまでかなり外側に角度をつけていたつま先は、ほぼまっすぐに近いぐらい足の位置が変わってきました。ちょうど、形式的な姿から遠ざかっていく過渡期だったのでしょうか。あるいは、理想と強く矛盾する要素をファッション界が必要としており、それが内また歩きに象徴的に現れていたため、それを取り入れるにいたった、とも考えられます。革新をつくることに苦慮する、活性化のむずかしい現在のファッション界の状況の一端が、ランウェイでの内また歩きにつながったのかもしれません。

それでは、カワイイという要素のどこが理想の女性像と矛盾するのでしょう。

■カワイイの説明に欠けていたもの

日本語には、そのまま外国で通用する、つまり一対一で外国語に置き換えられないものがあります。カワイイはそのひとつです。フトンやサムライ、カイゼンなどもそうですが、置き換えがむずかしいのは、そこに強い文化的背景が含まれているからに他なりません。

ファッション業界で日本市場に関わったことがあるひとであれば、日本語を話さなくてもこのカワイイという単語を知っています。欧州ブランドの日本向け商品の開発にたずさわっていたとき、日本女性がカワイイに惹かれるということについて、デザイナーと幾度となく話したことを思い出します。ただし、意味をあらためて聞かれるたびに説明に困ったことを覚えています。

cute、pretty、sweet、attractive、adorable、dainty…そんな単語に置き換えていたのですが、実はどれもしっくりきませんでした。部分的にはまちがっていなかったと思いますが、大事ななにかが抜けてしまっている、という感覚がいつもありました。

それは、バルネラビリティ(vulnerability)なのではないかと考えています。現在、日本ではIT用語として使われることが多いことばですが、その第一義は強さの対抗物、脆弱性なのです。このことばはまさにファッション界の伝統に対する革新的かつ確信的なキータームになりつつあるように思えます。

つづきは次回に。




短期的なトレンドにすこし距離をおきながら、社会の関心がどこに向かっているのか考えてみるブログです。 あさぬま・こゆう クリエイティブ業界のトレンド予測情報を提供するWGSN Limited (本社英国ロンドン) 日本支局に在籍し、日本国内の契約企業に消費者動向を発信。社会デザイン学会、モード?ファッション研究会所属。消費論、欲望論などを研究する。

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