加速する情報の渦の中で、光を放つ言葉がある。未知のウイルスの前に自身の生活や仕事を見つめ直すことになった今年は、言葉の力が再認識された年でもあった。この1年の繊研新聞を振り返り、これからも記憶に残りそうな言葉の中からその一部を掲載する。
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会社に対して消費者目線でノーと言える存在が必要。
=5月25日付1面(バロックジャパンリミテッド社長の村井博之さん)
過去の在庫からブランド横断でコーディネートを組み、トップとボトムなどセット価格で販売する新ECサイト「アウネ」を立ち上げた。手掛けるのは、ユーチューバーの顔も持つ未来政策室室長。未来政策室は第三者的視点で数年後、数十年後のバロックを考える組織だ。2年前にスタートした新組織が、コロナ下の先行事例になりそうで注目されたが、「どこのブランドにも属さない立場だからこそアウネが出来た」という。
人を元気にできるファッションを信じたい。
=4月15日付1面(フィルム社長の滝野雅久さん)
レディスブランド「ダブルスタンダード・クロージング」などを運営する。緊急事態宣言下、店舗は休業したが、上の立場のスタッフには「こういう時こそ言葉や振る舞いを意識してほしい」と伝えた。「みんな外に出られるようになったら、ECとも違う接客をされながらの買い物の本当の楽しさを再認識してもらうチャンス」と考えたからだ。お客と再会する際に、「商品知識はもとより、スケールアップした自分を想像することが必要」。その上で、「雲が晴れたら良いパフォーマンスができるよう、来たるその時に向けて、用意周到な準備をしたい。アパレルなら服でファンタジーを作らないと」と語った。
人がいない状態で商売をやってきているから、我々はしぶとい。
=4月30日付8面(エスティーカンパニー社長の環敏夫さん)
群馬・桐生を拠点に40年以上セレクトショップを運営し、国内外の新進デザイナーブランドの目利きと販売力の高さで知られる環さん。緊急事態宣言という初めての状況下にファッションビジネス業界に動揺が走った頃、「地方はコロナでなくても、いつも通りに人がいない」と語った。「東京一極集中が見直され、地方の時代が来そうな予感」もあり、次の一手を考えるタイミングとも見たが、「やり方だけは間違えてはいけない。今まで欲張って、作り過ぎ、売り過ぎてきたことを見直して、『未来を作る』方向にいかないと。それが地球レベルで試されている。もっともっと勘を働かせていく」とキッパリ。「これまで自分らを支えてくれたファッション販売で恩返しをしたい気持ちが強まり、さらに『明るい未来』を想像できるようになっている」。
生きたオーダーだけをやりたい。
=6月17日付6面(フェニックスインターナショナル社長の脇坂大樹さん)
約100ブランドの生産を請け負っているが、今後3年で半分ぐらいにしたいという。OEM(相手先ブランドによる生産)は大量に受注し生産・納品した方が楽だが、「死んでいくオーダーはもう受けたくない」からだ。工場を整備し、マンパワーだけに頼らないQRを実現するため、アパレルメーカーとは「取り組み型であるのが条件」になる。実現したいのは「本質的な意味でのサステイナブル(持続可能な)」。単に有機綿やエコ素材を使うという水準に終わらず、「そのあとの商流全体をみないと、本当のサステイナブルは実現しない。(生産・流通の)各段階で『サステイナブルとは何か』を考えて受け渡しをしなければ持続可能性は薄れていく。工場だけが最適化しても、片肺飛行だから続かない」。余計なモノを作らず、アパレル、工場、消費者・社会にとってもうれしい「三方良し」を目指し、「生きたオーダー」にこだわっていく。
売上高は問題ではない。
=6月24日付1面(ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さん)
売り上げ規模で競合他社に追いつくより、「社会にとってプラスになり、地域やお客様とソーシャルな関係が構築できる小売業」に変わることを急ぐ。「時代は転換期を迎えている」と見たためだ。「コロナによって時代の流れは速くなり、10年かかるはずの変化が1年で起こっている」。横浜、原宿、銀座に出した大型店は「お客様に買い物に役立つ情報をお届けでき、良い商品を売っていて、行って良かったという体験をしてもらえる店」を目指した。「これくらいしないともうお客様は店に来ない」と話した。
社長より給料が高い販売員がいてもええ。
=7月1日付1面(三起商行社長の木村皓一さん)
コロナ禍を経て、改めて高度なサービスの重要性を実感していると話した。サービス力を磨くため、販売スタッフはインセンティブ(報奨金)の比率をより高くして、「実力がある人はいくらでも稼げるようにしようと考えている」。これまで新卒採用にこだわっていたが、人が足りなくなった地域から初めて中途採用も検討している。
会社は、敗者復活戦がなければいけない。
=7月6日付5面(バンダイナムコエンターテインメント社長の宮河恭夫さん)
「ガンダム成長の立役者」でエンタメ業界のレジェンドと呼ばれる宮河さん。バンダイ勤務時代に270億円の赤字を出した経験があり、「辞めさせなかった当時の社長はすごい」と振り返る。「成功している人はたいてい、失敗の数も多い。一番怖いのは、何もチャレンジせず、波風を立てないようにじっとしている人がいっぱい出てくること」。人は新しいことをしようとすると、「たいていは反対する。これは人間の性。責任を逃れるためには、とりあえず反対しておけば楽だから。逆に、見たことないものに賛成するのは勇気がいる。こういう空気を変えるのは、やはり当事者の熱。情熱だと思う」。この産業は「常に挑戦を続けないとダメ」との言葉は、ファッションビジネスにも刺さる。
ポジティブに今後を考えることが重要。
=8月3日付1面(ブシュロンCEO=最高経営責任者=のエレーヌ・プリ・デュケンさん)
仏政府がロックダウン(都市封鎖)を宣言した際、家族と地方の家に移った。自身のスケジュールは一切変更せず、経営陣と共に「アフターコロナを考える」ブレーンストーミングの機会を週に1回設けた。今の危機に集中するのでなく、半日かけてでも今後について考えることに時間を割いた。「楽観的な気持ちとエネルギーを維持できた」という。
情熱を持って良い物を作ろう。
=10月16日付6面(島精機製作所社長の島三博さん)
「ファッション業界はグルグル仕事を回して余裕がない状況を起点とする企業が多い。それでは情熱を注ぐ時間が得られない」と考えている。ITなど多様なツールを活用して余裕を作り、研究を進め、「次に作るものは他社と違う商品だ、という人間臭い行為にもっと時間を割いてほしい」と語った。
感染拡大の影響は一過性のもの。
=8月14日付1面(東レ社長の日覺昭廣さん)
長期ビジョンと中計の発表が約1カ月半延びたが、新型コロナウイルスの影響は加味しなかった。「感染拡大の影響は一過性のもの。20、21年の2年間で終息すると見ており、今年度からスタートした中期経営課題の最終方向も変えてはいない」と話した。働き方が大きく変わり始めた頃でもあったが、「テレワークでカバーできる仕事はせいぜい2割ぐらいだろう。ルーチンで、やることが決まっていることは十分できるだろうが、クリエイトすることは無理。テレワークだけでは付加価値は生まれない。現場へ行って、そこで相手の顔を見ながら話をすることが大事。現場へ飛ぶという行動は戻ってくる」とキッパリ。
ほんまに命がけでやらんと生き残れん。
=7月17日付1面(タビオ会長の越智直正さん)
3~5月の決算が大幅減収・赤字と新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたタビオ。「昔の量販店の台頭とは次元が違う第2の流通革命。コロナがこれを加速する」と危機感を隠さなかった。6月から回復基調に入り、「少しほっとしとる。大ケガをしたけど何とか致命傷に至らんかった」と胸をなでおろした。しかし、「この先どうなるかは誰も分からん。この間、進めてきた店舗とECが連携して相乗効果を発揮する形、いずれは店とECが半々ぐらいになる会社を一日も早く作り上げんと。許されてる時間はそう無いよ」。全力を挙げるべき仕事は多く、さらに加速していくと話した。
これからが腕の見せどころ。
=7月14日付1面(ナルミヤ・インターナショナル社長の石井稔晃さん)
緊急事態宣言下では店を開けず悔しい思いもした。しかし、「今春夏の期末在庫は前年を下回る見通しで、瀕死(ひんし)の状況ではない。業界ではあるものを売っていかないと厳しい企業と、在庫を抱えたにせよ秋から再設定できるなという企業とが分かれている。秋以降に各企業の本当の力の差が出てくるだろう。うちはこれからも商品鮮度をもって、しっかり対抗していきたい」と語った。コロナ禍は「良いきっかけ」とし、今春夏に商売ができなかったために「来春夏物は参考になるものがない。各企業やブランドの考えが明確になる。良いシーズンになる」と話した。
中途半端な物は出さない方がいい。
=9月29日付3面(ワークマン専務の土屋哲雄さん)
既存店売上高が9月まで35カ月連続で前年実績を上回ったワークマン。その「魅力は商品。開発担当者には、『値札を見ずに買えて、驚きのある商品しか作るな』と言っている」という。新型コロナウイルスの感染拡大で、「消費者の生活様式が変化したことも追い風」だ。可処分所得の減少で、低価格志向や等身大の消費傾向が強まり、在宅勤務の増加で「着心地のいいリラックスできる普段着の需要が上がっている。3密や対外的な交流を避け、家族でアウトドアを楽しむ人も増えた」。需要の変化に応えて持続的な成長を目指し、今秋冬は「よりユーザーに近いブランドを目標に、声のする方に進化する」と話した。
ファッションを再び「午前8時の産業」にしたい。
=7月28日付1面(アダストリア会長兼社長の福田三千男さん)
午前8時は「1日の準備段階で、活力みなぎる時」。コロナ感染が長期化し、お客が実店舗になかなか足を運んでくれない中で、「実店舗に来てもらう理由作り」とともに、「働く人を大事にする意識も忘れてはならない」との思いは強い。「将来の発展に向けて「先を読む力」がとても重要になっていく」。ファッション産業の課題を改善し、「特に働き手の待遇を改善・向上させ、人が集まる魅力ある産業を実現させたい」。
才能を持ったクリエイター。彼は世界中に色と光を与えた。
=10月6日付1面(パリ市長のアンヌ・イダルゴさん)
「KENZO」(ケンゾー)を創設したデザイナー、高田賢三さんが10月4日深夜、亡くなった。1965年に渡仏し、70年にパリでコレクションを発表して以来、世界的に名声が高まった。オートクチュールからプレタポルテへとファッションの流れが大きく変動する中で、新しい時代を切り開いたパイオニアであり、特にフランスでは多くの人々に敬愛された。ファッションウィーク開催中に流れた訃報にパリは悲しみに包まれ、複数のメディアをはじめ、様々な著名人が追悼した。
今って本当にキス・オブ・ライフじゃないですか。
=10月9日付1面(「サカイ」デザイナーの阿部千登勢さん)
久しぶりに日本でショーを開催した「サカイ」。いつも参加しているパリ・コレクションはコロナ下でデジタルショーが多数を占めたが、今できる形のリアルショーにこだわった。海を見下ろす屋外の会場に集まったのは、プレスやバイヤー、芸能人ら200人。石畳みのランウェーに沿ったアクリルボックスや純日本風の庭が味わえる現代アート風な空間でのリアルショーに、皆が喜び、終始温かいムードに包まれた。フィナーレに流れた英国の女性シンガー、シャーデーの曲「キス・オブ・ライフ」がショーを象徴し、阿部も「楽しかった」と充足の笑顔だった。
(繊研新聞本紙20年12月15日付)