現場力アップの秘策は「利益」目線 ビームスCE本部本部長 渡部啓司氏×エムズ商品計画代表 佐藤正臣氏

2023/02/13 06:27 更新


 アフターコロナを見据え、実店舗の再定義が小売業で進んでいる。コロナ禍1年でEC販路が急拡大するも2年目に足踏みしたことで、改めて実店舗の重要性が認識されたのが背景だ。今や店頭は、メディアとしての役割や物流拠点、ECへの送客などこれまでとは異なる役割を背負っているが、最も大切な業務はやはり販売サービス。そんななか、現場に売り上げ目標だけでなく「利益」目線を根付かせようとしているのがビームスだ。現場力アップの施策に奔走するカスタマーエンゲージメント(CE)本部の渡部啓司本部長と、21年春から渡部氏と伴走するMDアドバイザーの佐藤正臣氏に取り組みについて語ってもらった。

(聞き手・構成=永松浩介/繊研新聞本紙22年6月27日付)

きっかけは「在庫削減」

 ――全ストア業態の実店舗とECの販売を統括するCE本部の役割とは。

 渡部 ビームスの強みと資産を考えると、強みは商品力や発信力、資産は全国160店ある店舗網や個性の強いスタッフなどと捉えました。この中で機能としての「販売」を集約し、お客さんとどう向き合い、どんな価値を提供できるかを考えるのが役割です。CE本部内には店もECも含まれますから、相互理解を促し、連動した一体運営を意識しています。

 ――佐藤さんと取り組むことになった経緯は。

 渡部 コロナという大きな問題が起きた時に、社内にいくつかのプロジェクトが立ち上がりました。その中の一つに在庫削減プロジェクトがあり、自分がリーダーとしてMD担当を集めて話し合いを始めました。在庫が残るプロセスは様々ですが、一番大事なのは最初の発注。ここの精度を上げようということなんですが、MDには生え抜きもいるし、大手からの転職組もいる。レーベルもセレクトもあればSPA(製造小売業)型もある。ビームスとして統一的なMDはこれまではなく、各レーベルのやり方に委ねていました。

 俯瞰(ふかん)して各事業部の状態を見ようにも、精緻(せいち)に測れる仕組みはありませんでした。「これではまずい」と思っていたところ、佐藤さんのブログに出合い、MDコンサルタントなのに「売り場が何よりも大事」という話が書かれていて新鮮に感じました。自分も現場上がりなので、佐藤さんが合うのではと思ってお願いしました。

 佐藤 色々な業種、業態に対してMDアドバイスをしてきましたが、一番難しいのがセレクトショップです。自社オリジナルと仕入れが混じっていますからね。最初に決めたのはビームスの長所を消さないということ。MDの数字的にはダメでも、ビームスならやった方がいい場合もある。数字のために思い切ったことが出来ないというのは本末転倒だと考えていました。

 ――佐藤さんに求めた内容は。

 渡部 最初の対象は店ではなくMD担当で、これまでビームスにはなかった「MDベーシック」作りを一緒に考えてもらいたかった。それが出来れば、課題の解決に近付ける。職務上、MDは深掘りし過ぎることもあるし、数字でミスリードすることもあるでしょう。細か過ぎてもダメだけれど、それぞれを判断できる最低限の数字はやはり必要です。

 佐藤 今までのやり方を変えてもらう気は一切なくて、自由にやってもらえばいい。ただ、分析は必要なので、一定の数字は可視化できるようにしました。

 ――属人的な運営をしてきた場合、変えることや可視化されることに抵抗がありそうです。

 渡部 全MDに理解してもらうのは難しいと考えていましたので、同じ課題感を持っていた統括MDと膝詰めで話しました。コロナのおかげで変革の機運が高まったのは追い風で、まずはMD向けに3時間の講義を6回してもらいました。

 佐藤 その次にショップマネジャー(店長)向けにやりました。

わたなべ・けいじ 93年ビームス入社。柏店、ビームス・トーキョーなどで販売を経験した後、VMDやバイヤー、MDなどを経て、17年にカジュアル全体の責任者。18年に事業企画部を担当し、21年から現職

MD視点で店に役立つ

 ――店長向けの狙いは。

 渡部 これまで、店に対しては売り上げ目標のみで、粗利を含めた利益に関しては共有していませんでした。だから変な話、(利益率の高い)オリジナルを売りましょう、とも言ってきませんでした。ただ、昔に比べて会社の成長曲線が緩くなるなか、楽しいことを続けるためにはもうけ続けないといけない。ではどうするか、と考えた時に、粗利を含めた「利益」を現場スタッフに学んでもらうのが良いのではないかと考えました。

 佐藤 MD視点から、どうすれば店の役に立てるのか。渡部さんらと、どんな内容を店長やSV(スーパーバイザー)と共有するかを半年近くディスカッションしました。利益についても知ってもらいたいのは、単に「オリジナルを売りましょう」という指示のためではありません。それはビームスの長所に反することですから。ただ、損益の知識があればショップ運営に生かせることはたくさんあるよ、ということが伝えたかったことです。

 渡部 佐藤さんの資料には「粗利の重要性」という内容があり、ショップマネージャーには損益計算書、販売員には粗利を理解した方がいいとありました。商売の構造を理解することで、店やお客さん、商品の見え方が違ってくる、という視点がいいなと思いました。

 佐藤 例えば、ロス率に関しても年間で見ると小さいものではありませんので、ストック管理って大事だよね、という話につながって欲しい。そうなると、日々の業務が意味を帯びて退屈な作業にはならない。

 自分が販売のころは、何はともあれ「売り上げ」というのが評価基準として絶対でした。経営の立場からすれば理解はできます。ただ、現場にいる人はもっと広い視野で物事が見られた方がいいはず。さっきのロス率の話にしても、「減るとこれだけの売り上げ分に相当する」と理解できれば仕事に対する動機も変わるからです。

 ストック管理をすると在庫の状況もわかります。販売現場で日々やっていることは、色んなことにつながるのです。一つひとつきちんとやっていると、その後の本人のキャリアにも生きるので、会社にとっても学ぶ機会を用意するのは大切なはずです。

 渡部 販売員には原価を教えたらダメだ、という話をある会社で聞きました。お客さんに言ってしまったら困る、というのが理由だそうです。でも販売したら利益はこれぐらい、というのは知った方がいい。

 ――講義に対する受講者の反応は。

 渡部 今までの研修とは異なり、9割の店長は勉強になったと答えました。みんなの目つきも変わりましたから、もっと早くやれば良かった。現場の肌感には正否がありますが、数字を理解することで、事実ベースでSVや本部と話ができるケースも増えてきました。先にSVの研修を実施し、その後マネジャーという順番でしたが、目的の共有もたやすくなり、両者の目線が合い、一緒に打ち手を考えられるようになりました。まだまだ完全ではありませんが、想定通りには進んでいます。次は副店長とVMD担当に対して、どう進めるかを考えています。

さとう・まさふみ95年ノーリーズ入社、97年レディスの販売、03年メンズのMD。2010年にフリーランスのMDとして独立、14年にエムズ商品計画を設立

店が主導で考える必要性

 ――これからの店に求められることとは。

 渡部 CE本部は徹底的に顧客に向き合うことをミッションにしています。今のお客さんに対して、どんな価値を提供すべきかを改めて考える必要がある。例えば、ビームスにはサービスルールがあります。ここまではやっていいけれど、あれはだめとかそんな類のものです。統一サービスは円滑に事業運営する上では必要なものではありますが、一方でエモーショナルな接客には欠けます。現場の瞬時の判断で臨機応変にできないものか。そのためには経験値も上げないといけないし、現場への権限委譲も欠かせません。

 品揃えについても、本部が決めて店にあまねく展開する「金太郎飴(あめ)」的な手法に限界を感じることがあります。現場とその先にいるお客さんの気持ちをうまく拾い上げて品揃えに生かすことができないか。もちろん、現場側の知識は必要ですが、段階的にこの方向を目指したい。

 ――そう考える理由は。

 渡部 コロナ禍を経て、トレンドはさらに小粒になったような気がします。都市の属性も細分化して、東京の中でも街それぞれに色がつきはじめた。となると、品揃えもある程度、店主導で考える部分も必要なのかもしれない。店長がオーナーシップを持って店を切り盛りすることが求められるのではないでしょうか。

 佐藤 ショップマネジャーは、会社のキャリアで初めてマネジメントに携わる経験。自分の接客スキルを上げ、結果を出せばいい一販売員から、部下を導いて、彼らに今以上の成果を出してもらう必要がある店長とは全然違います。ふわっとした感覚的な話ではなく、わかりやすくかみ砕いてタスクの目的を伝えることが求められます。講義を通じて身に着けてもらいたかったのは、そのための知識です。

 ――ビームスは個人の売り上げ予算はありますか。

 渡部 ノルマというわけではなく、表彰のために設定しています。最近はオンライン接客もあり、個人スコアを集計するためです。店はチームで運営すべきです。それぞれみんながSNSの投稿ばかりしていては、回りませんから。店には色んな仕事があって、SNS投稿に力を入れる人もいれば、売り場を守る人もいる。チーム戦でないと勝てないし、総合力が試されます。

 佐藤 今は、ECとの連動が求められていて、スタッフがせっせと投稿して、その経由売り上げが評価される。そこで心配なのは利己的なスタッフが増えること。店の運営はチームでやるべきだし、それぞれが利他的にならないとダメだと思う。チームメンバーに利他的精神があれば、トップ販売員が抜けても大丈夫だけれど、逆だとどうなるかは自明。ブランドも育ちません。

「どうぞ、ECで買ってください」

 ――コロナ禍を経て、実店舗の役割が変わってきました。

 渡部 メディアや物流拠点の機能も有しますし、そこで働くスタッフも単に店で販売だけというわけにもいきません。消費者の購買行動の理解も必要で、負荷は相当高まっています。ただ、ここで手を緩めると世の中に取り残されてしまう。

 自分自身もモノを買う時はネットで調べてから店に行きますし、実物を見て結局、ネットで購入するケースもある。最終的に決めるのはお客さんなので、その時に「どうぞ、ECで買ってください」と心から言えるようになってもらうのが理想です。まだまだですが、いわゆるOMO(オンラインとオフラインの融合)は進んできたのではないか。あとは現場の業務過多をどう整理するかだけです。

 佐藤 販売スタッフの業務は格段に増えています。しかし、人は増やせない。となると、MD含めた本部がどれだけサポートできるか。ここも大事です。

 OMOに関しては、デジタルの世界は言葉が先行して意外に本質を忘れていることも多いと感じています。例えば、ECで買ってもらう「売らない店」というのもいいんですが、「今すぐ欲しい、買って帰りたい」という消費者の声には当然応えられません。「だったら、いいです」と売り逃すことになる。今欲しいという人は、配送までのリードタイムを考えるとECで購入することは少ないのではないか。

 コロナ禍の初年、各社のECの売り上げは急拡大しました。しかし、2年目には頭打ちになったところが多い。人流も増えて店に足を運ぶ人が増えたのも要因でしょう。となると、EC売り上げを再び伸ばそうと思えば、実店舗が強くなる必要がある。多くの小売業は両方の販路で購入する客の方がどちらか一方だけで買う人より客単価はかなり高いという結果が出ています。SNSなどのツールも店の認知度向上のための利用をもっと考える必要がある。デジタル活用の本質を改めて確認する必要がありそうです。

 ――今はECサイトを確認してから来店するお客が多いですね。

 渡部 ピンポイントの情報を携えて来店される方も少なくないので、スタッフもサイトの情報を頭に入れておかないとクレームにつながりかねません。各レーベルからはメールでサイトの情報も届くようにはなっていますが、実は少量しか発注していない商品もあるので、対応が難しい面もあります。購入実績のあるお客さんの場合は、顧客カルテがあるので事前に情報を頭にインプットできます。さりげなく提案できる接客センスが欠かせませんが、適切なアドバイスが可能になりました。


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