ブルス・ド・コメルス ピノーコレクション(松井孝予)

2022/08/15 06:00 更新


ブルス・ド・コメルスのロトンド

「パリで必見の場所ってどこ?」と、尋ねられると(尋ねられなくても)迷う暇なく、反射的に「ピノーコレクション」と答えてしまう。「ブルス・ド・コメルスーピノーコレクション」/La Bource de Commerce - Pinault Collection これが正しい名称だ。

ブルス・ド・コメルスは建造物の名前、そしてピノーコレクションとはフランソワ・ピノー氏が所蔵する世界屈指の現代アートのこと。ピノー氏は、「グッチ」「イヴ・サンローラン」「バレンシアガ」をはじめとするラグジュアリーメゾンを擁するケリングの創設者_ などと今更説明する必要もないだろう。

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ひとつのコレクションを3つのミュゼ(美術館)で

パリにおけるピノーコレクションの美術館の計画は2001年に始まり、その場所をめぐり残念な出来事があり2005年に延期。本計画はパリからヴェネチに移された。それから10年が経過、2016年にパリ中心地レ・アルに位置する16世紀にはじまる建造物ブルス・ド・コメルスが、ピノーコレクションの未来の美術館になることが決定した。

ヴェネチアのピノーコレクション、パラッツォ・グラッシとプンタ・デラ・ドガーナを手掛けた安藤忠雄氏とピノー氏のゴールデンコンビで、ブルス・ド・コメルスの保存改修計画が進められたのだが、コロナ禍で開館が2度も延期。

そして2021年5月、待望の開館を迎えた。これでピノーコレクションがヴェネチアとパリ、合わせて3つの美術館で鑑賞できるようになった(2001年にはじまるピノーコレクションの挑戦、そして安藤忠雄氏の建築については『Casa』2021年5月号に詳しい)。

見て、弾けよう!
現代アートの高い敷居を取り払った美術館

現代アートって、アーティストの名前も覚えられないし、いやそれどころか作品のどこをどう見ればいいのか、全然分からん。と毛嫌いする人も多いのではないか。それになんだか現代アートギャラリーも気軽にドアを押せない雰囲気を漂わせているし。

一方、公共文化施設においては(意外にも)パリは現代アートが弱点とされてきた側面を持っていた。現代アートファンにとっては、「ああ、あれが見たい」という欲求を満たせない環境だったことは事実。

ブルス・ド・コメルスはルーヴル美術館とポンピドゥセンターの美術館の殿堂を結ぶラインの中間に見事に位置し、これまで抱えてきたパリの現代アートコンプレックスを解消した。

同館の安藤忠雄氏によるコンクリートのシリンダーに囲まれたロトンドの展示室では、丸屋根(ロトンド)から差し込む日差しを位置に時を感じながら、自然光の中で作品を鑑賞できる。

「はい、この作品の鑑賞法はコレです」との教えに従うことなく、自分の眼で自由に作品の中にはいれる。それは他の展示室同様、それぞれの空間は作品とコラボレーションでもするかのように、いろんな驚きや感動や発見を与えてくれる。

「あたしって、こんな感受性持ってたんだ」と、こんな体験ができるのも、ピノー氏が全く独学でアート歴を積んできたからではないか_ と思う。

展覧会、トーク、さまざまなジャンルのコンサートのプログラムからも、氏のコレクションをみんなで分かち合いましょう、という願いが伝わってくる。アートファンだけでなく、そこから遠いところにいる人たちにこそ、ブルス・ド・コメルスが存在するのだと思う。作品に触れることで自分自身の域を超え、想像を広げ、感受性に身を任せる_ そうした開かれた場所だ。

世界的名画の価値そっちのけで、「あの絵が有名だから!」と美術館内を駆け足で探し求め、「あった!!」とその前で記念写真を撮る。ブルス・ド・コメルスはそういう場所ではない。

まずは作品を見ることだ。ワクワクやドキドキやワオっ!をしながら、知覚フィルターを磨く。それは日常の些細なことの発見に繋がっていく。科学的にも目の機能は脳の一部であることが証明されている。それよりも遥か昔のルネサンス期にレオナルド・ダ・ヴィンチは、「大事なものはものはものの見方を知ること」という言葉を残している。


動画は「Ryan Gander, I… I… I… (2019)」。同館のブックショップにインスタレーションされたネズミ。  I… I… I…  と呟くのだが、次が思い出せない。

UNE SECONDE D’ETERNITE

ここで現在開催中の展覧会 UNE SECONDE D’ETERNITE /ユヌ・スゴンド・デテルニテは、あまりにもカンタンすぎる感想だが、一言で面白い。

19人のアーティストの表現を通し、見る人をさまざまな時間空間へと誘う。それはこの美術館を設計した安藤忠雄氏の言葉、「建築は、過去、現在、未来のハイフン」に通じる。

時間が造形物や空間を媒体としたオブジェとなり、見学者は視覚だけでなく、聴いたり、描いたり、触ったりしながら、インスタレーションの次元に巻き込まれてゆく。

Felix Gonzalez-Torres の作品'' Untitled '' (Go-Go Dancing Platform)1991は小さな四角形のステージに1日5回、本物のゴーゴーダンサーが突然現れ、踊り出し、不意に去っていく。

本物のダンサーがステージで踊る
Felix Gonzalez-Torres, Untitled(Go-Go Dancing Platform), 1991 ⒸEstate of Felix Gonzalez-Torres

Dominique Gonzales-Foerster のビデオ作品 '' OPERA ''(O.M.15)ではマリア・カラスに扮したアーティストがアリアを歌いながら、仕舞いにはマリア・カラスに同化してしまう。

ギャラリー2(展示室)のFelix Gonzalez-Torres / Roni Horn 、このふたりのインスタレーションは、アイデンティティ、マイノリティー、エイズなどに対する社会的暴力への抵抗しながら、新しい風景や想像の空間を試みる。

Felix Gonzalez-Torres / Roni Horn の展示室

ギャラリー4ではRudolf Stingel の作品に、見学者が自由に描き込むことができる。

わたしもこの壁に愛犬の絵を描いてきた
Rudolf Stingel, Untitled, 2001 ⒸRudolf Stinge

ロトンドのスペースでは、Philippe Parrenoのビデオのプロジェクションに映されたキャラクターAnnleeと、本物の俳優たちが演じるTino Sehgalのパフォーマンスを同時進行させ、ノンフィクションとフィクションを境界線をあやふやにしていく。

Philippe Parreno のもうひとつの作品、'' Quasi Objects '' 2014 はフィッシュボールルームに置かれた自動演奏のピアノ曲にのり空中に泳ぐ魚(風船)を直接手で弾きながら、想像との戯れを体験できる。

Philippe Parreno Quasi Objects My Room is a Fish Bowl, AC DC Snakes, Happy Ending, Il Tempo del Postino, Opalescent acrylic glass podium, Disklavier Piano, 2014-2022 ⒸPhilippe Parreno
以上展示室の写真
ⒸTadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, agence Pierre-Antoine Gatier. Photo : Aurélien Mole
Courtesy Pinault Collection

日仏の視点を交えて

開館から1歳の誕生日を迎えたブルス・ド・コメルスーピノーコレクションを会場に、ケリングの協賛で日仏経済交流委員会の25周年記念が開催された。

パリ・イルドフランス商工会議所会頭兼日仏経済交流委員会会長のドミニク・レスティノ氏の挨拶、ケリングのマネージングディレクター、ジャン=フランソワ・パリュ氏による日本文化と「イヴ・サンローラン」「グッチ」「ブシュロン」をはじめとするグループ傘下メゾンやフランス人作家たちとの繋がりを引用したスピーチ、伊原純一駐フランス日本国大使の祝辞に続き、同館のゼネラルディレクター、エンマ・ラヴィーニュ Emma Lavigne 氏のトークが開かれた。

写真中央モデレーターの藤原淳さん、左にエンマ・ラヴィーニュ氏、中央右から伊原純一駐フランス日本国大使、ドミニク・レスティノ氏、ジャン=フランソワ・パリュ氏
ⒸMarc Piasecki / Getty Images for Kering

そのテーマは「都市空間・自然環境の再活性化に向けて_文化と建築の潜在力」。ここでまず語られたことは、安藤忠雄×フランソワ・ピノーの両氏による時間を視点にした建築のあり方。

そしてここ、ブルス・ド・コメルスが現代アートの新しい見学者だけでなく、戦争などで厳しい環境下にあるアーティストたち、公共の文化施設と連帯したこれまでにないエコシステムを生み出していると指摘。

コロナ下での開館、数々の衛生規制が続いた1年間の来館者数は73万人超、1500のグループが訪れた。

ラヴィーニュ氏は、環境における建築、「アートは自然の新しいコンセプションとのハーモニー」と語る。そのパイオニアと仰ぐのは、ベネッセ・アートサイト直島。ここを手掛けた建築家の名を記する必要はないだろう。

広義における環境とアート、このふたつの施設に共通するものを探っていくことは大変興味深い。

それではみなさん、ア・ビアント(またね)!

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松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。



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