パリの美術館事情(松井孝予)

2021/02/10 06:00 更新


ボンジュール、パリ通信員の松井孝予です。

10、9、8…3、2、1

2月から第3回目のロックダウンが(ほぼ)確定と報道されていたフランス。

ところが、経済や教育(特に幼児期)の問題、国民の精神的疲労が限界に達する一歩手前で、政府がロックダウンのカウントダウンにストップをかけた状態が続いています。

それがどのような状態かというと、ロックダウンを避けるためのオプションとしての夜間外出制限。

18時〜翌朝6時まで外にでられない(いくつか例外あり)。

国民みんなが門限18時を目指すと、どうなるか?

17時頃には道路は渋滞、自転車族は暴走族に、スーパーのレジは年末状態…

時間が不便であれ、お店が開いているだけでもありがたいと思う。

そしてフランスのお家芸、カフェ、レストラン、シネマ、テアトルは昨年3月から(ほぼ)閉鎖されたまま。

そして美術館も_

≫≫松井孝予のレポートはこちらから

パリ 美術館事情

美術館へ 愛を込めて

まずは1冊の本のご紹介から。

『美術愛好』(L’AMOUR DE L’ART / ラムール・ドゥ・ラール)

フランス人社会学者のピエール・ブルデュー Pierre Bourdieu(1930ー2002) と、同じく社会学者で国立統計経済研究所(INSEE)の要職を務めたアラン・ダルベル Alain Darbel(1932ー1975)の共著で、レゼディション・ドゥ・ミニュイ LES EDITIONS DE MINUIT から1966年に出版され、現在も重版されています。

その中身は美術館の来場者を分析した「報告書」。

フランスだけでなく、スペイン、ギリシャ、イタリア、オランダ、そしてポーランドの大中小の美術館の来場者を徹底的に調査。

表、とか、グラフはもちろん、たまに数学や物理の黒板でも見ているような方程式がでてきたり。

堅苦しそう?だけど、兎に角すごーく興味深いのです、これが。

さてさて、ブルデューたちはこの膨大な調査から、個々の社会的環境による経験で美術の趣味が形成される、というような結論をだしています。

そういえばフォンダシオン ルイ・ヴィトン で一度、小学生グループを対象にした展覧会ガイドに参加したのですが、「あたしも小さい頃、こんな風に絵を見たかった」と目から鱗が落ち続けたっけ。

フランスでは昨年3月から2度のロックダウン、その他諸々の規制で美術館と縁のない生活が続いたまま。

美術館体験を失った子供たち。

ヴァーチャル展覧会を見て育つ子供たちは将来、どのような美術愛好者となるのだろう?

すぐ大きくなってしまう子供たちが、1日でも早く「IRL」(In Real Life)で絵に触れる環境になることを祈る。 

ル・フィガロがデジタル版で2月初旬、美術館についてこんなアンケートを実施しました。

「美術館を再開すべき?」という質問に対し、「ウィ」がなんと79・34%。(サンプル数13万777人)

美術館再開の署名運動も現在どんどん拡大しています。

Musée du Louvre  ルーヴル美術館

東京の友人から、「Bunkamuraで、『ルーヴル美術館の夜ーダ・ヴィンチ没後500年展』を見たよ」とメールが届いた。

エッ。フランスではルーヴルも映画館も閉まっているので、「羨ましい」、とつい思ってしまいました。

昨年、約6か月間も閉館を強いられたルーヴル美術館の来場者数は前年比72%減の270万人(うち3月のロックダウン前に終了した企画展「レオナルド・ダヴィンチ」だけで110万人)、9000万ユーロの減収。

ちなみに仏政府の同美術館に対する補助金は4600万ユーロ。

外国人旅行者の来場が通常75%を占める世界の美術館だけに、ロックダウンのダメージが大きい。

しかしやはり世界一の美術館です。

ソーシャルネットワークのフォロワーは93億人(前年比+1億人超)、オフィシャルサイトの訪問回数21億回!(まだまだ増え続けている)

閑話休題。

コロナによる減収を世界のルーヴルファンで挽回を試みたのが、Bunkamuraでも上映されたこの「映画館限定」フィルム、"Une nuit au Louvre : Léonrad de Vinci"(原題)。

ツーリストを迎える代わりに、このフィルムがワールドツアーを開始したわけです。

ルーヴル美術館とユニクロ

UT「ルーヴル美術館コレクション」が発売になりましたが、その第1弾のメンズコレクションを手掛けたのが、英国人グラフィックアーティスト、ピーター・サヴィル Peter Saville とは驚き。

New Orderのアルバムジャケットをデザインしたあの人です。

同コレクションもさることながら、4年にわたるパートナーシッププログラムがいいですね。

毎月第1土曜日夜に同館が無料で開放される「フリー・サタデーナイト」、そして水曜日と土曜日に開かれる教育プログラム「ミニ・ディスカバリー・ツアー」。

専任スタッフによる解説で、家族連れを対象に美術に親しんでもらおうというのが、このツアーの主旨。

こうした文化施設と企業のパートナーシップが広がりるといいですね。

UT「ルーヴル美術館コレクション」

Phantom Exhibition ?

幽霊展覧会 ?

ロックダウンでプログラム変更の渦に巻き込まれてしまった展覧会。

開催中にロックダウンで中断された展覧会は会期を延長できるのか?

それとももう見れなくなるのか?? 

開催が予定されていた展覧会はロックダウン後に開幕できるのか???

展覧会実現に向け何年もの歳月をかけてきた関係者の気持ちを思うと、言葉がありません。

例えば開催直後にロックダウンで見れなくなってしまったポンピドゥセンターでのマチス展。

延長できず今月で終わってしまう。

フォンダシオン ルイ・ヴィトン La Fondation Louis Vuitton のモロゾフ・コレクション展

“La Collection Morozov. Icônes de l’art moderne”は昨年10月開催が、今年2月に、それがまた5月に延びてしまった。


秋からサイコーの企画揃いだった写真展。

マン・レイのファッション写真展、フォンダシオン ルイ・ヴィトンでのシンディー・シャーマン…

そしてとてもとても期待されていたグラン・パレでの BnFフランス国立図書館所蔵の写真展、

“Noir & Blanc : une esthétique de la photographie”は開催が昨年4月から11月、そして12月に延期。

残念なことにグラン・パレ大改装工事が始まる都合上、ついに幻になってしまった。

せめて同展のライヴヴィジットを見れただけでもありがたかった。

リプレイはこちら。

幸いにも「鑑賞」の期待が残されている写真展

Sarah Moon PasséPrésent

サラ・ムーン 「パッセプレザン」

Musée d’art moderne de Paris

パリ市立近代美術館 5月2日まで

ファッションフォトグラファー、サラ・ムーン自らが写真、フィルム、本をインスタレーション。

https://www.mam.paris.fr/fr/expositions/exposition-sarah-moon

サラ・ムーンの展覧会

David Zwirner

THOMAS RUFF  tableaux chinois

「美術館」は閉館を強いられているのですが、アートギャラリーは「営業」可なのです。

ドイツ人写真家、トーマス・ルフ Thomas Ruff(1958ー)。

名門デュッセルドルフ美術アカデミー Kunstakademie de Düsseldorf の写真学科で、かの有名なベルトン&ヒラ・ベッシャー夫妻 Bernd & Hilla Becher の元で学んだルフの写真展 tableaux chinois (2019ー)が、パリ・マレ(3区)のギャラリー デイヴィッド・ツヴィルナー David Zwirnerで開かれています。

日本からはこちらのオフィシャルサイト、Instagram davidzwirner で!

https://www.davidzwirner.com/exhibitions/2021/thomas-ruff-tableaux-chinois

Thomas Ruff tableau chinois_09 2019 Ⓒ Thomas Ruff/VG Bild Kunst, Bonn/Artists Rights Society (ARS), New York Courtesy the artist and David Zwirner 

世界3大ギャラリーのひとつ、David Zwirner(ニューヨーク、ロンドン、香港、パリ、そしてオンライン)。

ニューヨークのギャラリーではジョルジョ・モランディとヨゼフ・アルバースの夢のような展覧会

“Never Finished” 開催中。

https://www.davidzwirner.com/exhibitions/2021/albers-and-morandi-never-finished

ANTIDOTE

STATEMENTS ISSUE

10 YEARS ANNIVERSARY

マテリアルな媒体で写真を見るのもいい。

時代へのコミットメントとしてヤン・ウェバー Yann Weber が2010年に立ち上げたヴィジュアルマガジン(年2回発行)ANTIDOTE が10歳のバースデーイシューを出版しました。

見応えバッチリ。

マガジンだけでなくファッションアイテムもあります。

https://magazineantidote.com/shop-antidote

Naomi Campbell photographiée par Jan Welters ⒸMagazine Antidote

LA BOURSE DE COMMERCE - PINAULT COLLECTION
ラ・ブルス・ドゥ・コメルス ピノーコレクション

現代アート界2020年世界最大の出来事となるはずだったピノーコレクションのオープン。

昨年4月の開館が10月に延期され、今度こそ2021年1月23日と期待されていたのですがまた延期。

フランソワ・ピノー氏のキュレーションによるオープニング展覧会。

待ちくたびれず、待ち遠しいテンションを持続させたまま、わたし「待つわ」。

ピノー氏とイタリアのプンタ・デラ・ドガーナ保存改修計画を成功させた安藤忠雄氏が、今度はパリで、このピノーコレクションのために18世紀の歴史的建造物、ラ・ブルス・ドゥ・コメルスを蘇らせた。

何度も何度も聞きたい、安藤忠雄の語り。

https://www.boursedecommerce.fr

Instagram : boursedecommerce

Bourse de Commerce — Pinault Collection © Tadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, Agence Pierre-Antoine Gatier Photo Maxime Tétard, Studio Les Graphiquants, Paris

移動美術館?

アートよ、みんなに会いに街へでよう!

スーパーに大根を買いに行ったら、野菜売場にピカソの本物の絵が飾られていた。

いくら芸術の国フランスでも、そんなことはまだ起こっていない(だって警備が大変)。

でもちょっと似たようなことが、実現されています。

例えば地方都市のスーパーで。

夕食の買い物に行ったら、レジ隣「特設コーナー」に詩人アルチュール・ランボーのコレクションが展示されていた_なんてことが。

その都市にある現在閉館中のランボー美術館が、せめて買い物客に見てもらおうとスーパーに企画展を移動させちゃったのです。

これだけではありません。

ルーヴルがパリ郊外のショッピングセンター内にレプリカを展示したり。

そういえば年明け、ブルターニュの親戚に家に行った時のこと。

海っぱたの公園の松の木の間でアウトドア写真展が開かれていました。

パリのメトロ、オテル・ドゥ・ヴィルのホームでは、グラン・パレの幻の写真展の何枚かが展示されています(これはコロナ下が理由ではないのですが)。

ある意味、美術館の長期閉館は、美術館が生活には欠かせない場所であるということを私たちに教えてくれると同時に、美術館のアウトワークは民主化にも繋がっていくので。

冒頭のピエール・ブルデューたちの調査が示すように、社会的環境によって『美術愛好』が育っていくように。

ブレスト(ブルターニュ) 日出と写真展 Pierre Gély-Fort  “The Dark LOVE BOAT”
メトロのホームで写真展

それではまた。

A bientôt ア ビヤント!

前回までのレポートはこちらから


松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。



この記事に関連する記事