地方のセレクトショップのオーナーは個性的な人が多い。中には本業の洋服屋とは別の顔を持つオーナーも存在する。特技や趣味が高じてとことん突き詰めた結果、自分の新たな一面に気付き、自店の魅力の一つになることもある。ライフスタイルも多様化する中、個店と顧客の接点も多い方がいいはず。純粋なファッションだけでなく、おいしいコーヒーや職人技を極めたり、異業種から参入したりすることで、自店との相乗効果が発揮できる。
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玄人肌のコーヒー、週2で夜はバー
杉本征治氏(セドルクロージングストア)
神戸・元町の路地裏にメンズセレクトショップ「セドルクロージングストア」を構えて4年目となる杉本征治代表は、正面ウインドー内に設けたカウンターで来店客にコーヒーをふるまう。「コーヒーコーディネーター」という資格まで取得し、プロ顔負けの腕前を披露する。趣味で豆から手引きしたり、地元のコーヒー店とオリジナルブレンドを企画したりと多彩だ。
「基本的に洋服の購入頻度は少ないので、気軽にコーヒーを飲みに来てほしい。店内でゆったりとくつろいでもらい、信頼関係を築きたい」との思いは強い。さらに、おもてなしの気持ちが高まり、週2回、午後8時から常連客を対象に私的なバーを開き、お酒も飲んでもらっている。そこでは無理に服を進めることはせず、コミュニケーションを深める場と位置付けている。
「もっと気軽に来店してほしい」と考え、一昨年の冬から自店前の駐車場をスペース貸しした〝軒先ビジネス〟もスタート。この間、パンケーキ屋などが出店のためのリサーチを兼ねて利用してくれた。現在、常設してくれるキッチンカーも募集中だ。また、アパレル業界の端境期である2月と8月には店内でのフリマイベントの開催も計画している。スマホアプリでの売り買いを面倒に感じる大人の男性顧客の商品を預かり、販売することで客同士の交流も見込まれる。「間口は王道のファッションだけではないはず。小回りの利く個店だからこそ、様々な角度からのアプローチが可能だ」(杉本代表)と強調する。
製作意欲刺激され革小物オーダー開始
板倉憲一氏(フェティッシュ)
新潟市中心街の古町エリアでメンズセレクトショップ「フェティッシュ」を運営する板倉憲一代表は、革小物職人でもある。若い時に革小物とシルバーアクセサリーの製作を学んだ経験が生かされている。「扱いブランドのデザイナーから刺激を受け、物作りへの意欲が再燃」したため、数年前から自店で革小物のオーダーメイドを始めた。
売り場内に革小物を製作するスペースを設け、多種多様な革の素材や見本となる革製品も飾っている。そのスペースはどんどん拡大している。常連客を中心に口コミで人気が伝わり、注文が途絶えることはない。インスタグラムを通じてインドから注文が来たこともあった。
作るのは財布やポーチだけでなく、カービングや色付けなどの技術も駆使した革のアート作品まで幅広い。「自動車のひじ掛けや椅子を革張りにしてほしい」など、パーソナルな要望が多い。頼まれればどんなカスタマイズでも断らずに受けるようにしているという。少し前には扱いブランドのデザイナーから、ECサイトで販売するレザーグッズの製作を頼まれたこともある。今後、オーダーメイドだけでなく、買いやすい小物を量産化できればECでの販売にもチャレンジしてみたいという。
革小物製作のほか、飲食業の免許取得やDJも。3年前には友達の外国人を講師に英会話教室も開いていた。板倉代表は「洋服屋のカタチを変えたい」と新しいアイデアの具体化に意欲的だ。
本業は美容師、コアな商品に支持
岸上俊介氏(スカイニュータイプショップ)
神戸市西区の郊外立地の「スカイニュータイプショップ」のオーナー岸上俊介氏の場合は、特技ではなく美容師が本業。異業種からファッション分野へ参入してきた変わり種。「ヘアメイク以外の喜びも顧客に提供したい。そのためにも業界の常識を壊し、先駆者になりたい」との思いから、美容師仲間の宮竹賢示氏と一緒に美容室と洋服を売るセレクトショップを併設した店を開いた。
この複合ショップに挑戦した10年前は相当珍しい存在だっただろう。「当時は商慣習や在庫商売のノウハウなどが分からず、失敗もあり、試行錯誤した。二足のわらじは無理かと迷った時期もあったが、両方とも中途半端にしたくなかったので、本気で取り組み続けた」ことが今の成功につながった。
軌道に乗り出したのは岸上オーナーが登山やトレイルランニングにはまり、コアなブランドを集めだしてから。アウトドアの経験が接客でも生かせるようになり、今のスタイルが認知されるようになってきた。関西では同店でしか扱っていないニッチなガレージブランドも増え、コアなファンがついてきた。今春まで4年間は連続増収を達成した。
コロナ禍で美容室は4~5月は落ち込んだが、物販は希少性の高いブランドなどがヒットしECが大幅に伸びた。年間でも前年実績を上回る見込みだ。将来的には「もっと多くのジャンルをミックスさせ、家族みんなで楽しめる場を作りたい」と前向きだ。
(繊研新聞本紙20年12月17日付)