健康・子育てに悩む女性たちが作る「ナッツ」 1本の日傘を通じて笑顔を取り戻したい

2021/04/29 06:27 更新


 「1本の日傘を通じて、女性たちに笑顔を取り戻してほしい」。カラフルでポップなデザインの日傘「nuts」(ナッツ)は、病気や育児ノイローゼなどに悩む女性たちが、自宅で1本ずつ手作りしたものだ。数人でスタートした事業は、足掛け5年で25人までスタッフが増えた。当初は納品まで数カ月待ちという状況にもかかわらず人気を集め、有力百貨店などでの期間限定販売が続く。

(山田太志)

 ナッツのプロジェクトを立ち上げたのは兵庫県尼崎市の藤村絵理香代表。大手アパレルメーカーの販売スタッフとして抜群の成績も残したが、結婚を機に退職し3児の母になる。「実は孤独で、子供の声を聞きたくないほどの育児ノイローゼに陥った」。気を紛らわそうと手縫いのポーチなどをフリーマーケットに出店。人との関わり合いが増えるなかで、少しずつ元気を取り戻した。同じ思いの人も多いはずと、その後は自宅をショップ兼アトリエに改装、託児施設のような雰囲気でワークショップを重ねた。

 そうしたなかで出会ったのが日傘。自身がイベントで買った手作り日傘を「可愛い」と褒められたのがきっかけだった。すぐにその作家を訪ねると、「作るのも大変だし、利益も出ないよ」。この言葉が逆に発奮材料になる。200本近い傘を分解して構造を調べた。一方で、「それまでの日傘のイメージを変えるような商品を」と、アジアや欧米へ自ら素材を買い付けに行く。ユニークだったのが、一般的な日傘に使われる素材ではなく、テーブルクロス、カーテン、じゅうたん、古い服などのビンテージ素材を探し、これをカットして使ったこと。ボンボンや持ち手の天然木も含め、元気が出るような多彩な色やデザイン、ビンテージ生地特有の経年変化の楽しみも売り物にした。

 物作りにも苦労したが、家に引きこもりがちな地元の女性たちを探して声を掛けていくうちに、高い縫製技術を持つ人、ミシン修理まで可能なママも参画するようになる。デザインや材料手配は藤村さんが担当し、一人ひとりの女性と面談しながら生産を委託する。時給制でノルマ・納期は一切無しという働きやすさが評判を呼び、スタッフの母親が参加するケースも。今は30代後半から70~80代まで物作りに携わっている。

 販売は百貨店の期間限定店、自社ECサイト、大阪の婦人服専門店クォーターバックカンパニーなど。話し込みのできる対面販売が基本方針だ。今春は先に開いた阪急うめだ本店に続き、川西阪急、博多大丸、JR京都伊勢丹などとイベントが続く。顧客の90%がリピーターで、集客力は高い。1本1万6000円などの価格だが、商品の魅力だけでなく、ナッツの事業の成り立ちや枠組みに共感する顧客も増えた。阪急うめだ本店では平日の昼間にもかかわらず、顔見知りの顧客やカラフルな品揃えに関心を示す新規客が続いた。首都圏や東北など日本各地での開催を目指すほか、将来的には海外市場へも発信したい考え。アイテムも日傘に加え、雨傘、ウェア、バッグへと広がりつつある。

リピート客を集める期間限定販売(阪急うめだ本店うめだスーク)

 今も「やる気が起こらず元気がない、病気で家を空けられない女性を探し続けている。なかなかこんな募集はないですよね」と藤村さんはほほ笑む。もちろん、厳しい局面も当然ある。25人のスタッフの8割近くは、がんとの闘病をはじめ健康に苦しむ女性で、残り2割が引きこもりなどの問題を抱えた女性。ビジネスの関係以上に、精神的なケアが大事だ。ただ、「話はじっくり聞くけれども、深入りはしない。時には何もできずにお医者さんに任さねばいけないケースも出てくる。スタッフ間の人間関係も様々。アトリエに集まりたい人もいれば、1人で自宅仕事をしたい人もいる。このバランスが大切」。

 陣容が整ってきて、納期なども短縮できつつある。かつては藤村さんが留守にすれば、生産の仕事は一時休止していた。今は技術指導員に育ったスタッフもおり、後を任せられる。「次のステップにどう進むかが大きな課題。手作りだからといって消費者に1年も2年も待ってもらうわけにはいかない。応援をするには利益も大事。『心のこもったハンドメイドの商品を一定量産化できる仕組み作り』。難しいチャレンジになると思う」

藤村代表

(繊研新聞本紙21年3月5日付)



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