【SDGs~ジェンダー平等・多様性を求めて】促し、育み、サポートする

2022/03/29 10:58 更新


 多くの女性が働く繊維・ファッションビジネス業界。その課題の一つが、経営の意思決定に関わる女性の少なさだ。SDGs(持続可能な開発目標)でも「ジェンダーの平等」が掲げられ、女性の働き方や登用への関心は急速に高まっている。この課題に早くから取り組んできたウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション(WEF)の創設者で名誉会長の尾原蓉子さん、ファッション業界は女性販売員の存在も大きいことから、小売企業でも先進的な3社に現状と今後をどう見るか聞いた。

(若狭純子)


WEF名誉会長 尾原蓉子さん 管理職ではなくリーダーを目指せ

尾原蓉子WEF名誉会長

世界に比べ見劣り

 繊研新聞のアンケート結果を見ても、明らかに前進していると言える半面、まだ前途遼遠(りょうえん)とも思う。ファッションビジネスの世界で重要なポジションについている女性は増えており、女性が仕事でリードすることに抵抗感が減ったことは間違いない。ただし、世界に比べると見劣りする。世界のスピードが速いからだ。それだけ日本が遅く、他が急ピッチという現実がある。

 コロナ下の大きな変革の中で、生活すること自体がいかに大事か気づいた人は多い。仕事やキャリアというのは狭く捉えられがちだが、ビジネスだけではなく、生きる根幹にある。自分の人生を主体的に生きることそのものであり、これを受け身で過ごせるだろうか。今、女性には追い風が吹いている。社会の意識が変化し、リモートワークを含めて働き方も変わっただけでなく、ソーシャルなテクノロジーが活用できるからだ。

 多様な働き方が認められるようになったのも、女性にはチャンスだ。人材不足が言われるが、人の手が足りないという水準にとどまらず、「必要な仕事内容にふさわしい人材」が求められるジョブ型雇用への移行が進んでいる。従来の「人に仕事をつける」メンバーシップ型雇用や働き方は、長時間労働や職務内容・評価の不明確さなど問題が多い。もちろんリスキリング(職業能力の再教育・再開発)が重要になるが、社会の進歩をチャンスとして生かしたい。

自然増では進まない

 女性の活躍を阻む課題に、ロールモデルの不在が挙がり続けている。しかし、ロールモデルは一つではない。富士山だけでなく、小さな山がたくさんあるし、高度な専門職のロールモデルもある。女性たちには、「もし、いないのなら、自分がロールモデルになればいい」と伝えたい。著書『Break Down the Wall ~環境・組織・年齢の壁を破る』でも強調したが、誰もが自分の分野で主体性を持って仕事をすることが大事だ。管理職ではなく、真のリーダーを目指してほしい。仕事とは自分の一生涯の時間を費やし、社会的な意味で貢献すること。個人としてより良い生涯を送るには、自分のしたいことをした方がいい。

 企業が、よそ(他社)に勝つとは、よそと違うことをすること。男性・女性も関係なく一人の個人として考え、最大の資産である「人」の活用が欠かせない。ここで企業は存在価値を果たすべきだろう。まだ、自然増で女性活躍も進むといった考えがあるなら、「本当にそれでよいのですか」とうかがいたい。

リシュモンジャパン 三木均社長 「がんばれ」だけでは足らない

三木均リシュモンジャパン社長

 20年8月にリシュモングループの核であるカルティエのジャパンプレジデント兼CEO(最高経営責任者)に宮地純さんが日本人で初めて起用されたことも記憶に新しい。日本企業の女性管理職比率が約10%である一方、同社は42%。ジャパンのプレジデントマネジャー16ポストのうち、女性CEOは5を占める。

 日本社会全体でいえば、20~30年前に比べて働く女性の比重が高まっているのは明らかで、決して後退はしていない。一方、男女雇用機会均等法が制定され37年経つが、今、やっとそのフェーズに来たと感じている。

 次に意識するべきは、ジェンダーを超えておのおのの特性や能力をいかに透明性高く公平に判断し、個が自分の力をきちっと発揮していける企業や社会を作っていくことではないだろうか。

 グローバル化が進み、世界基準で競争していくことが問われている。そうしたなか、リシュモンジャパンは社長レベルの女性比率がグローバルで掲げている指標と同じ50%になって初めて、女性活躍の一つのベンチマークになると考えている。

 その目標を達成する上で、女性自身の意識の問題は大きい。社長になることが全てではないが、社長になりたいかとの質問に「なりたい」と答えるのは男性が圧倒的に多いだろう。

 ただ、一方で、女性にがんばれというだけでは話にならない。企業も女性の主体性を促していくために何をするべきか考えなくては。自社の場合は、人生の一つのタイミングで仕事をやめずに済むように、産休・育休の制度を充実している。さらに、周りのサポートも必要で、その体制作りも不可欠だ。

 色々なキャリアパスを提示できることも大事だと思う。カルティエジャパンの宮地純プレジデント兼CEOをはじめ、女性のロールモデルが多くいるが、幼い子を持つ母親であったり、独身であったり環境は様々だ。他業界の人材も積極的に採用しており、あらゆるキャリアの形や考え方を若い世代に共有している。ほか、フォーラムやパネルディスカッションなどを定期的に開催し、社内に埋もれている芽を一つずつ拾う。

 そのような取り組みを通じて多様なキャリアの可能性を示す。そして、一人ひとりに自分がどうしたいのかを考えてもらい、その意思を会社に主張してもらう。面談による評価のフィードバックも参考に、時期が来たらチャンスを与える。

 加えて、注意しなければいけない重要な問題は、2000人以上の社員の半数を占める販売員たちのことだ。マジョリティーであるその人たちが幸せでない限り、自社の幸せもない。

 とりわけ、ジュエリーやファッションの業界は女性の活躍がプラスになる。販売員が仕事に喜びと誇りを持ち、長く働ける環境の整備も女性活躍の推進に大きく貢献するだろう。本社との垣根なく、各々の能力や適性を柔軟に生かせる仕組みを整えている。

バロックジャパンリミテッド 村井博之社長 女性の民意は反映すべき

村井博之バロックジャパンリミテッド社長

 全従業員の87.4%が女性のバロックジャパンリミテッド。様々な働き方やキャリアで自己実現している女性が多い。「エンフォルド」「ナゴンスタンス」クリエイティブディレクターの植田みずきさんや、「スタッフスタート」を提供するバニッシュ・スタンダードによる「スタッフオブザイヤー2021」で2位に選ばれた「マウジー」ルミネ立川店の田中梨花さんなど、子育てしながら第一線で活躍する女性も目立つ。

 私自身、キヤノンなど異業種でキャリアを積むなかで、産休・育休も含めたジェンダーに対する考え方が欧米や他のアジアの国々に比べて先進的ではないと肌で感じてきた。16年前にバロックの社長に就任した時、ジェンダー差別のない公平な環境作りをまず考えた。

 女性特有の出産などのライフイベントに配慮は必要だが、個人の意思を尊重することが何よりも大事だ。産休・育休の使い方も会社都合ではなく、本人が最も良い選択をできるようなサポートを会社全体でいかにしていくのか。実際、従業員それぞれの人生設計に沿って、育児に専念する選択も、子育てしながら仕事を続けたい人も会社として尊敬し、支援してきた。

 コロナ禍で他社から販売の現場に転職する人が多いが、うちの働きやすさを聞くと、働きやすいと答える人が結構いる。

 この要因の一つは、女性中心に物事が進んでいるということ。例に、人事部の管理職は全て女性で、人事に関する施策は女性が考えている。事業部長や役員を見れば男性が多いが、適性を見極めた結果であり、実質面で実務の素案や方向性を考え、会社を動かしているのはやはり女性だ。社員の約90%を占める女性の民意は反映されるべき。

 もう一つは、世代交代がうまくできているということ。従業員の平均年齢は20代で、Z世代の考え方がバロックの常識になっている。世代交代が進んだのは、どれほど有能な人材でも次に行きたいならばその意思を尊重してきたためで、逆に会社に良い循環が生まれている。

 若い世代にはできるだけチャンスを与え、そのなかで経験と学習を積み、研鑽(けんさん)してほしい。会社は研修プログラムやイベントを企画することはできるが、最後、実力を本当に身に着けられるかは個人の考え方次第だ。

 従業員たちが自ら働きやすい環境を作り、企業はそれを守っていく。その態度がジェンダーレス社会のなかで求められる。活躍している先輩たちの姿を下の世代に見せつつ、自分自身を見つめる意識を促していくことも必要だ。

 年功序列を排除し、どの世代にもチャンスを怠らず与え続けることが、バロックの女性活躍推進だ。今の女性活躍やジェンダー平等の社会的なムーブメントの最終目標は、全ての人が性的差別なく、公平に活躍できることで、それが真の平等社会を作る。誰もが働きやすく、満足度の高い生活を送るため、企業は何ができるかが問われている。

アダストリア 障壁は自分の中にある ロールモデルも多様性

 多様な個性を尊重し、従業員の幸福を追求してきたアダストリア。3月1日には女性従業員が多い自社の実態に合わせた単一健康保険組合を本格的に始動した。女性管理職の2人にこれまでのキャリアや気づきを、木村治社長に女性活躍推進への考えを聞いた。

■伊藤啓子(左) エルーラ営業部長。97年ファーストリテイリングに新卒で入社。ジーンズなどアパレル企業でキャリアを重ね、アダストリアは5社目。19年から現職。40~50代向けの「エルーラ」を立ち上げる。
■風間陽子(右) 広報部長。06年に当時のポイントに新卒で入社。販売員、店長、複数店舗のマネジャー職を経て、13年に経営企画部門に広報担当として異動。21年より現職。

 ――アパレル業界の女性活躍をどう見る。

 伊藤 比較的、アパレルって女性が経営に参画していないと言われますが、それが真実かというと少し違う。実際、これまで、活躍されている方を多く見てきました。アパレルだからこそ女性の良さや強みが生かされると思っています。

 ――障壁の乗り越え方は。

 伊藤 「エルーラ」立ち上げの話をもらった時、うれしい半面、やりきる覚悟が私にあるのか悩んだ部分がありました。最後に背中を押したのは、2回目の面談で上司に言われた言葉。アダストリアで10年、20年、30年目をがんばろうとしている女性社員の受け皿になるブランドを女性に作って欲しいと聞いて覚悟が決まりました。

 風間 これまで、やり続けたい仕事と会社の期待がどうも違うようだと気づかされる瞬間が何度かありました。もともと洋服と、人と話すことが好きで販売の現場で働いていたので、本部への異動を言われた時はすごくショックでした。障壁は自分の中に生まれるのですが、それを乗り越える勇気は一緒に働く仲間からもらえることがとても多かった。本部へ異動する時は、異動先の上司が「その転換が自分の視野ややれることを広げられるチャンスなんだよ」と言ってくれました。

 ――ロールモデルは多様な方がいい。

 伊藤 信じて突き進むのは自分でやらないといけない部分もあるけれど、決して自分だけでがんばってと言っているわけでもない。悩んだ時に、同じような経験をしたことがあって同じ目線で答えてくれる女性が身近にいることも大事です。

 風間 アダストリアは販売職の人数が一番多い。私もそうでしたが、店舗にいると店長になって、マネジャーになって…と一本の道しか見えていないこともあるんです。なので、販売職出身の私の経験から、色々なキャリアの形があるよと伝えていけたらと考えています。

 伊藤 ロールモデルは1人じゃなくて、できれば1000人いると良い。その方が、下の世代が目指したい人を選べられる。ロールモデルって全員が強くある必要はなくて、誰でもなれるって思っています。

 風間 職種を変えたり、職位を上げたりすることだけがキャリアアップではない。働き方を多様にしていこうという時代の中で、自分が納得いく働き方ができているロールモデルがたくさん増えたらいいなと思います。

木村治社長 男性も学び社風を作る

木村治アダストリア社長

 女性の活躍推進には〝自然さ〟が大事だと思う。世界に遅れているからと言って無理にスピードを上げようとし、女性の意思を無視して責任ある仕事に就かせることは、果たしてその人の幸せなのか。女性リーダーを自発的に増やしていくためには、自分もやってみたいと思える社風と、失敗してもいいよ、次がんばってごらんというチャンスを作ることが肝要と考える。

 トップがメッセージを伝えていかなければ、日本の社会では女性活躍が進まないだろう。自社では福田三千男代表取締役会長がダイバーシティー(人材の多様性)経営を訴えてきたことで、従業員自ら動いてくれている部分はあると思う。あとは経営陣や責任者がひと言、女性を育ててみようよとの感覚を持つこと。

 店舗は女性店長が多く、女性の強みが発揮されているが、本部は男性が多い。このため本部がよりオープンになり、他社の事例も参考にしながら勉強していかないと社内の雰囲気は変わらない。20年の女性上級管理職比率は16%だが、社内取締役や執行役員に女性がいないことは課題としてみている。



《取材を終えて》透明さと公平さ

 3社の取材では、「女性」を強調するのではなく、個々の能力を発揮できる環境が大事との考えが共通していた。一人の個としてあらゆる場所や立場で〝生き生き〟働けることが重要な視点になっている。

 女性活躍は往々にして従業員や管理職の割合で語られる。経営課題では一つの必要な指標だが、その数字を達成することだけが目的になっていないだろうか。キャリアを含めて人生を自ら設計していく主体性が問われる時代において、互いに企業と個の両者が幸せになる形を考えたい。

 企業は女性が自ら働きかけてくれることを期待して待つのではなく、一人ひとりの声に耳を傾けること。秘められた可能性に気づかせ、「あなたはどうしたいか」と問い、公平にチャンスを与えることが、真の女性活躍につながると感じる。

(関麻生衣)

繊研新聞本紙22年3月8日付

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