イオンモール岩村社長 内外で地域に価値を提供し成長

2020/05/07 06:30 更新


【パーソン】イオンモール社長 岩村康次さん 内外で地域に価値を提供し成長

 イオンの社長交代に伴い突然の就任となった。海外とりわけベトナムを成長エンジンにしようとしている折だけに、一気の攻勢に出られるように同国事業を固めた岩村康次社長にイオンモール全社が委ねられた形だ。海外事業の収益を高めることが自身も語る役割だが、厳しい環境下で成長性を維持している国内事業の今後の考え方、渦中の就任となり早速対応が求められる新型肺炎についてを含めて聞いた。

変化の早い国内市場、大変な時こそチャンス

 ――ベトナムに行く前の職歴は。

 開発コンサルタント会社から移ってきました。16年目に入り、イオンモールで仕事をしている方が長くなったところです。ベトナムに行く前は開発統括部長として全国を見ていましたが、ずっと開発本部に籍を置いていました。

 開発の仕事には既存の事業を伸ばすことと、次の事業を育てることの二つがあります。そうした意味でいろいろなことをやっています。オープンした施設でいえば、イオンモールつくば、多摩平の森、いわき小名浜などにかかわっています。それぞれ地域の方々と一緒に悩みながらつくりました。人と人の話ですから、本気で付き合わないと進めることができません。そうして付き合った方がベトナムに訪ねてきてくれたりしました。

 ベトナムに行くことになったのも急なことだったのですが、そのころ進めている話が成就する前に離れるのは、一緒にやっている地域の方を何か裏切るようで、抵抗感があり、「解決してからにしてください」と言いました。

 ――ベトナムで力を注いだことは。

 4年ほどいましたが、開発というより、会社の組織づくりに力を注いだ形です。

 着任したのはベトナム第4号施設のイオンモールビンタンが開いたころですが、実は当時、イオンモールベトナムとして一つになりきれないところがありました。ベトナムはハノイ、ホーチミンの南北に分かれているわけですが、うちは3施設がホーチミンにあって、ハノイには本社と合弁で運営する1施設という形になっていました。互いにプライドがあり、ほとんど連携や交流がない状況でした。ですが拠点意識は何も生みだしませんし、一つになって答えを求めなければいいものをつくれるわけがありません。

 〝ワンチーム〟は去年の流行語になりましたが、私は4年前から〝ワンチーム、ワンベトナム〟と言って意識改革を進めてきました。これから一気に攻めに出られる形に仕上がったと思っています。

 ベトナムに限らないと思いますが、海外に出るとイオンのブランドを実感します。木を植えるなどの環境保全や学校をつくる企業としていい印象があります。そこから始められるのは大切なことです。期待されて、地域に意味のある開発をしてそれに応えるといういい循環になっているのではないでしょうか。ただ、だからこそ裏切っては大変なことになります。いい加減なことは絶対にしてはいけないというプレッシャーはありました。

 そうしたグループとして一体で進出したこともあって、政府ともいい関係を結ぶことができています。私のベトナムでの最後の仕事は、グエン・スアン・フック首相に面会したことでした。そこで将来について話し合えたことは大変よかったと思います。

19年12月にオープンしたベトナム5号のイオンモールハドン

 ――戻ってきて、日本市場はどう見えるか。

 人口動態など、厳しいことは周知のことです。ですが、大変な時はチャンスであるとも思っています。

 そして消費や購買動向の変化が早いとは感じました。デジタル化や物を持たない、車に乗らないといったライフスタイルの広がりなど、ベトナムに行く前に予測できたことでだからこそ開発部門で新しいことに取り組んでいたのですが、それがこんなスピードで進むとは思っていませんでした。

 しかし、海外はもっとすごい。ベトナムは4年間で劇的な変化がありました。日本はそこまでではありません。

長期的視点の開発で追随許さない海外事業

 ――今後の国内事業は。

 私たちの価値は何かといえば、それぞれの地域に拠点を持って、マーケットに価値を提供することです。この間、増床や改装などで地域で一番になる、地域で一番価値を提供する場所になろうとしてきました。厳しい環境の中で成果を出しているわけですから、価値を提供できていると思います。この3年間やってきたことを続けます。

 ――ECや競合など課題は小さくない。

 ECはもちろん大きな問題ですが、リアルのモールと対極、競合する関係にあるとは思いません。単にモノを買う場所であれば利便性だけで見られますが、私たちは時間を提供、地域のコミュニティーセンターの役割もあります。テナントがECを拡大するといったこともありますが、恐れるのではなく、私たちがあるべき姿に向けてちゃんとできているかです。一方、オペレーションなどのデジタル化は進めなければなりません。

 自店競合が指摘されますが、日本全国をみれば出店余地はまだあります。もちろんこれまでの10年とこれからの10年が同じということはありませんが、安定的に投資するつもりです。

 名古屋で21年開業を目指して準備しているノリタケの森プロジェクトは、SCの上にオフィスが乗ります。イオンモールが複合開発することで驚かれますが、車が止められて、子供が預けられて、帰りに買い物ができるオフィスにニーズがあるのは当たり前です。広島に続き北九州で開発中のアウトレットもそうですが、地域が求めるそうした当たり前に、シンプルに応えようと思います。ドメインを変えるということはありませんが、もっと驚くようなことが起きるかもしれません。

 ――アパレルが厳しい。

 弱い感じがするのは確かですが、すべてが売れていないわけではありません。イオンモールに限らず同じような店揃えになっているといわれたりもします。そのあたりのことは、ベトナムから戻ったばかりですので、もう少し見たいところです。ただ、イオンモールはやる気のある人が挑戦できる場所であってほしいと思っています。

 ――海外はベトナムなど急拡大を見込んでいる。

 この3年間で最も成果を出したのが海外事業です。まいた種がすべて芽を出し、実を結びました。私に期待されるのも海外の収益化だと思っています。25年度の〝めざす姿〟があります。進め方はいろいろあるかもしれませんが、出すべき答えは決まっています。

 ベトナムでは、マンションに投資すれば3年で倍の利益が出ます。そこで長期的な視点を持ってSCに投資する不動産会社はありません。しかし私たちは、効率は悪いのかもしれませんが、利益率ではなく地域に何を提供するかを考え、地に足をつけて30年運営する物件を開発します。未来への投資です。ですから本気で営業しますし、リニューアルもかけます。長期に運営するつもりですから立地を間違ってはいけないという目も厳しくなります。短期的な視点のところでは追随できないでしょう。

 中国は、これまでのペースで出店することはないかもしれませんが、成長期にあるのは間違いありません。着実な成長を見込んで投資を続けます。

 ――新型肺炎は事業に大変な影響を与えている。

 近く発表する19年度はいい数字を示せるでしょう。ただ本格的に反映する20年度は、現在分析していますが、グローバルに事業展開しているだけに影響が大きいのは間違いありません。しかし25年度という見方ををすれば、戻す自信はあります。

 国内で営業時間をいったん戻しました。これは対策が完成、ニーズに応えるとともに、地域経済への影響を考えたものです。イオンモールが営業時間を短縮することは、地域の雇用を奪いかねません。

 暗く考えても、複雑に考えても始まりません。もちろんリスク予測はちゃんとしながら、早く評価をして、シンプルに考え、プラスにしていくことです。

いわむら・やすつぐ 05年開発コンサルタント会社から転じ、イオンモールに入社。以降、開発本部で09年関東・東北開発部長、13年開発本部開発統括部長に。16年にイオンモールベトナム社長、19年5月からはイオンモール取締役ベトナム責任者。54歳。

■イオンモール

 日本最大の商業ディベロッパーとして地方の広域型SCを中心に150施設を運営する。都市型のOPAは子会社。さらにこの間は中国、東南アジアでの開発を進めており、合計で30施設に達し、収益化している。営業利益620億円を目指す19年度連結決算は近く開示されるが、順調とみられる。さらに25年度の〝めざす姿〟として成長戦略を描いており、目標の営業利益は1000億円。国内が増床や改装に軸足を置く中で、その達成は海外事業の急拡大を見込んだもの。19年度75億円計画の海外営業利益を350億円にするという。施設数でみても70に増やす想定で、とりわけベトナムを現在の5から20へ一気に拡大する。平均年齢の若い1億人の人口、分厚い中間層の成長に期待しているものだ。

【記者メモ】

 19年12月に開業したベトナム5号店のイオンモールハドンに訪れた折、自身に施設内を案内していただいた。市場の将来性とともに、スタッフが元気なところを探したという店揃え、これまでにない設備の仕上がりに胸を張る姿が印象的だった。

 今回の取材でも、前任の吉田昭夫氏がイオン社長に就いたことからの就任は「まさか自分がとは思わなかった」と笑いながら、海外事業を伸ばすことをはじめとして、自身の役割を熱く語っていただいた。国内で開発に携わっていたころの話もうかがったが、その中で大事にしてきた「地域に価値を提供する」ことはベトナム事業にも通じたようだ。

 目下、新型肺炎への対応、影響に頭を悩ませる。あいさつ回りや視察に出ることが制限されることも悩ましいが、「暗くなっても仕方がない」。収束後、変化に対応して取り戻す戦略を考える時間に充てているという。

(田村光龍)

(繊研新聞本紙20年4月3日付)

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