ファッションジャーナリストで東京成徳大学客員教授の織田晃さん(おだ・あきら)が3日に死去した。70歳。通夜は8日午後6時から、告別式は9日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20の桐ヶ谷斎場で行う。喪主は妻、輝美(てるみ)さん。
繊研新聞社で記者、編集委員、WWDジャパンのファッションディレクターを経て、05年にファッションジャーナリストとして独立。杉野服飾大学で特任教授を務めた。NPO(非営利組織)ユニバーサルファッション協会名誉会長、ユニバーサルファッション研究部会理事長、東京成徳大学客員教授を歴任した。
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日本におけるファッションジャーナリストの先駆けとして、コレクションを報道し続けた。プレタポルテの黎明(れいめい)期から取材を続け、日本のデザイナーのパリ・コレクション進出の過程を見届けた。
ジャンポール・ゴルチエやアントワープ6の台頭、トム・フォードをはじめとするクリエイティブディレクターの時代をさまざまな角度から切り取った。新しい才能を見いだす目も卓越していた。「ギ・ラロッシュ」「クリツィア・トップ」を手がけた当時無名のアルベール・エルバスを大きく取り上げた。
編集者としてだけでなく、イベントの企画立案でも才能を発揮した。繊研新聞社主催の東京新人クリエーターズコレクション、00年11月にはジャーナリストのスージー・メンケス氏を招いてのファッションシンポジウムなどを主導した。
服と時代の距離感を測り、服を通じて冷静な目で時代を語ろうとした。ランウェーだけでなく、ロンドン・パンクや竹の子族といったストリート・カルチャーにも目を向けて、時代と服のあり方を探った。近年はユニバーサルファッションやサステイナビリティーなど、ファッションの新しい可能性についても言及していた。
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ファッションに対する知識と時代を読む目が独特で、いつも考えさせられる問題意識を投げかけてくれました。同時に、普段は軽妙な語り口で、いつも周囲の人を笑顔にしてくれる先輩でもありました。織田さんが繊研新聞編集部デスク時代に、駆け出しの記者であった私にかけてくださった言葉を思い出します。それは「おまえは服にのめり込み過ぎるから、もっと服を突き放して書きなさい」でした。心からご冥福をお祈りします。(小笠原拓郎編集委員)