次のビジネスモデルはあるかⅠ

2016/09/29 06:13 更新


《服を作り、売るということ ~進化する次世代型スーツ専門店》


「社会現象」 都心のスーツ市場を席巻

時代に合わせMD、販路変化


 紳士服専門店によるツープライススーツ業態は登場した当時、社会現象となり、00年以降の都心のスーツ市場を一変させた。多店舗化するとともに、時代の変化に対応して商品・売り場も進化を遂げ、主力の郊外型店舗に次ぐ柱事業に成長している。人口減や少子高齢化、クールビズの定着などスーツ需要の減少が見込まれる中、次世代型スーツ専門店としてビジカジ、レディス、オーダーなどを切り口に新需要の創造を目指す。

 当初から新業態「ザ・スーツカンパニー(TSC)」を担当していた青山商事の水谷修TSC事業本部長は「初年度の60回近い東京出張のほとんどにマスコミの取材が入っていた」と振り返る。大手数社がツープライススーツ業態を同時期にスタートさせたことで、都心の若いビジネスマンへの認知度が一気に高まった。これまで郊外型紳士服専門店では取り切れてなかった客層の獲得に成功した。TSCは初年度から全店黒字の好調な滑り出し。3年で20店100億円という目標を達成した。


おじさんとは一線

 

スーツ専門店① クールビズ対応や女性の代理購買も狙いシャツ売り場を強化する「オリヒカ」
クールビズ対応や女性の代理購買も狙いシャツ売り場を強化する「オリヒカ」

 

 ツープライススーツ業態はオンリーが東京・日比谷に出店した「ザ・スーパースーツストア」が先行した。当初の特徴は①都心の20~30代男性にターゲットを絞り込み②1万9000円と2万8000円の二つの均一な価格設定でバーゲンをしない③わかりやすい身長別陳列で半セルフ販売。従来の〝おじさん向け〟と一線を画したスタイリッシュなスーツが安く手に入り、若い世代の心をつかんだ。立ち上げ当初はスーツ生産の転換期でもあり、中国の縫製工場の技術が飛躍的に向上し、高品質でコストパフォーマンスの高い商品を提供できるようになったことも成長の背景にある。

 この影響は紳士服を扱う他業態へもすぐに広まった。都内百貨店では「5万円台のPBスーツでは勝負にならない」とスーツ平場の低価格化を促すことになった。当初は若い世代でスーツのシェアを高めていったが、最近では40代以上まで顧客層は広がった。さらに「都心のセレクトショップのスーツ需要を奪い取ってしまった」とみている。はるやま商事の「P・S・FA」(パーフェクト・スーツ・ファクトリー)でも、新社会人と年配の男性が同じスーツを購入するのも珍しくないという。登場から数年で、価格の幅も広がり、3万円台、4万円台のスーツのシェアも高まった。

 ただ、首都圏で店舗が拡大したところで、各社は一時、踊り場を迎えた。東京など大都市圏での出店が難しくなり、当時、開発ラッシュが続いていた郊外の大型SCに活路を求める企業も出てきた。AOKIは04年に前身の「スーツダイレクト」から「オリヒカ」へ転換、SCでの出店を拡大した。P・S・FAも08年までSCを中心に出店を加速させることとなった。

 


平日の女性獲得

スーツ専門店① 今年からレディスの単独店もスタートした青山商事の「ザ・スーツカンパニー」

今年からレディスの単独店もスタートした青山商事の「ザ・スーツカンパニー」

 

 SCのマーケットで成長するには平日の女性客の獲得が不可欠となる。そのため、両社ともレディスアイテムを加えることになった。一方、コナカは07年にクリエイティブディレクターに佐藤可士和氏を起用し「スーツセレクト」へリニューアルした。都市型店舗でスタイリッシュなイメージを強めた。

 スーツを軸にした業態だからこそ、オフィススタイルの多様化への対応も避けては通れない。05年から始まった「クールビズ」の影響から、ドレスダウンしたカジュアルアイテムまで品揃えが広がった。東日本大震災直後の「スーパークールビズ」で、ジャケットを軸としたビジカジスタイルは市民権を得て、今後、伸び代のあるカテゴリーとして注目されている。

 今年から青山商事はTSCから派生したレディス単独店「ホワイト・ザ・スーツカンパニー」を出店、主力アイテムの紳士スーツではオーダー事業も開始した。各社とも未来を切り開くための新たな挑戦が始まっている。

 

次世代型スーツ専門店の変遷

  • 99年 ・オンリー「ザ・スーパースーツストア」日比谷に開店
  • 00年 ・青山商事「ザ・スーツカンパニー」1号店を日本橋に開店
    ・AOKI「スーツダイレクト」1号店を池袋に開店
    ・はるやま商事「P・S・FA」(パーフェクト・スーツ・ファクトリー)赤坂に開店
  • 01年 ・コナカ「スーツセレクト21」を横浜市に開店
  • 04年 ・AOKI「スーツダイレクト」を「オリヒカ」に進化
    ・青山商事、一格上のセレクト業態「ユニバーサル・ランゲージ」渋谷店開店
  • 07年 ・コナカ「スーツセレクト」にリニューアル
  • 12年 ・コナカ、タイ・バンコクに「スーツセレクト」開店
  • 16年 ・青山商事、レディス単独店、オーダー事業スタート

 

 

「立地が岐路」 郊外SCに活路求める

 次世代型スーツ専門店の中で、現在、店舗数が一番多いのが、コナカの「スーツセレクト」だ。連結ベース(フタタ運営29店、タイなど海外8店含め)で計185店。ここ数年出店を加速、今期(16年9月期)の出店計画も34で推移している。同社は12年にスーツセレクトでいち早く海外に進出した。タイの大型ショッピングセンターに1号店を出店後、スーツの着用率の低い東南アジアで新たな需要喚起を続け、順調に店舗を増やしている。国内での出店は今までと変わらず、駅前の路面店をはじめ、駅ビル、地下街、百貨店、郊外の商業施設などを対象とする。


急速に多店舗化

 今、郊外SCなど大型商業施設は海外カジュアル専門店チェーンやアパレルメーカーのSPA(製造小売業)ブランドなどの撤退が見込まれ、テナントの再編が進みそうだ。SC市場にはカジュアルウェアがあふれているため、今後はビジネスウェアを軸とした次世代型スーツ専門店がそれぞれの特徴を生かせればチャンスになるはず。

 長期的な目標として300店体制を掲げるAOKIの「オリヒカ」では郊外SCを中心に出店を拡大してきた。現在、145店のうち、SC内が約7割。標準店舗は約264平方メートルでファミリー層を主対象に週末集中型の購買に対応する。とくにSCの場合、来店頻度が高い女性客を取り込めるかがカギを握る。オリヒカではレディスの売り上げ比率も20%弱と安定し、スーツなどにはOL・キャリア層を中心にリピーターもついている。最近はカットソー・ニットアイテムや単品ボトムで主婦層まで獲得している。同時に、平日の女性客による代理購買を狙いドレスシャツ売り場を拡大中。今春から「ザ・シャツショップ」と目立つサインを付け、女性客はもちろん、夏のクールビズ対応としても力を入れる。

 はるやま商事の「P・S・FA」も当初は東京を中心に路面店とSCの両軸で出店戦略を組んでいたが、08年まではSCが約8割を占めていた。リーマンショック後にコスト構造の見直しに着手し、店舗のスクラップ・アンド・ビルドをしてきた。11年の東日本大震災で踊り場を迎えたものの、その後のリブランディングを経て、この2年半で45店を出し、97店(派生のシャツ業態含む)となった。


都心の一等地へ

 一方、青山商事の「ザ・スーツカンパニー」(TSC)は都心の一等立地の大型店(約660平方メートル以上)にこだわってきた。そのため、TSCは45店強で、複数の派生業態を含めても約70店。郊外SCへの出店も検討したが、バーゲンしない価格設定の立地を考えると都心のビジネスマンを狙うことを優先した。「1ブランド1ポリシーで運用」を基本に、TSCの卒業生を主対象としたセレクト業態「ユニバーサルランゲージ」を立ち上げ、一格上の顧客を開拓していった。数年前から大型商業施設内への出店、小型店での都心攻略にも挑んでいる。現在、顧客層が上の世代へシフトしていることが課題となっており、若い世代を再び攻略するために自由なビジネススタイルを提案する新たなコンセプトの店も立ち上げた。

 

一番店舗数の多い「スーツセレクト」

 

 


「MD多様化」 ビジカジの可能性大

 スーツ市場全体が縮小するなか、生産・販売の両面に強みがあり、圧倒的な品揃えを誇る次世代型スーツ専門店に都心の需要が集中している。ここ数年、弱体化した他業態からシェアを奪い、ビジネスウェアを購入する場として完全に定着した。


やっぱりスーツ

 都心でファッションと品質を重視してきた青山商事の「ザ・スーツカンパニー」(TSC)は価格帯を上に広げ、客単価アップを続ける。イタリアの高級素材をふんだんに使ったスペアパンツ付きスーツやスリーピースなどの企画は他業態に比べコストパフォーマンスも高く、ビジネスマンにとっても欠かせない売り場になった。

 シンボルマークの4本ラインに象徴される「2プライス×2ライン」で整然とスーツが並ぶ店作りが基本のコナカの「スーツセレクト」は生産から流通まで徹底した合理性に貫かれたSPA(製造小売業)システムが特徴だ。業態刷新後は当初に比べ、男性客の年齢の幅が広がり、女性客の来店も増加した。

 各社の屋号にもある通り、主力アイテムのスーツが軸であることは変わらない。ただ、「クールビズ」の定着後、オフィススタイルの多様化に拍車がかかった。上着を脱いだ夏のビジネスマンにとってはシャツとパンツが仕事着で、主役が入れ替わってしまった感がある。

 はるやま商事の「P・S・FA」は13年12月、シャツを軸とした派生業態「パーフェクト・シャツ・ファクトリー」を立ち上げ、6店まで増やした。計画通りの売り上げで推移している。SC内では40平方メートル前後と小型で場所を選ばずに出店できるメリットがある。はるやま商事としてのカジュアル化への対応は別のセレクト型業態「トランスコンチネンツ」などで新たな市場を開拓しており、あくまでP・S・FAはビジネスウェアに特化する。

 

スーツ専門店③ シャツ中心の派生業態も出した「P・S・FA」
シャツ中心の派生業態も出した「P・S・FA」

 


働き方にも変化

 次の成長戦略としてビジカジを前面に打ち出すのがAOKIの「オリヒカ」。ジャケット・パンツの売り上げは年々伸び、スーツを一気に2着購入する必要がない客層にオン・オフ着回せる提案が受けている。昨年秋には、新たなビジネスウェアとして「サードスーツ」の販売を開始した。在宅ワークなどのライフスタイルとともに多様化する働き方に対応し、ビジネスシーンでもスーツやジャケット・パンツスタイルに限らなくなってきたことが背景にある。

 

スーツ専門店③ ビジカジスタイルを強化する「オリヒカ」
ビジカジスタイルを強化する「オリヒカ」

 

 ストレッチ、防しわ、軽量などの高機能素材を使ったコンフォートでリラックス感のあるセットアップスーツはメンズ市場全般にも人気が広がっている。ジャージーのジャケットのように今後もビジネスウェアの新定番になりそうだ。合わせるアイテムが増え、着回しの幅が広がるビジカジスタイルはスーツ以上にコーディネートが難しいため、セルフ販売では限界がある。店頭スタッフによる接客力がますます重要になる。

 

 

成長の武器 軸ぶらさず進化続ける

課題は若い世代

 「これからは次世代型スーツ専門店が郊外型のシェアを奪う時代になる。スーツを販売する業態としては一番可能性がある」と強調するのは、はるやま商事の「P・S・FA」。今の若い世代は車に関心がなく、テレビや新聞も見ないので郊外型紳士服専門店とは接点がないという。

 コナカの「スーツセレクト」は主力業態「紳士服のコナカ」(203店)と「紳士服のフタタ」(55店)と同程度の店舗数、売り上げ規模への成長を目指している。

 AOKIの「オリヒカ」は都心から始まり、郊外SCで拡大してきた。今後、300店体制を実現するには小型店(約180平方メートル)での都市部の駅ビル、ファッションビルへの出店が欠かせない。大都市の大型商業施設内に期間限定店を開くなど、柔軟な姿勢で新規顧客の開拓に力を入れる。同時に約570店ある主力業態「AOKI」とのすみ分けを進める。就活やフレッシャーズ需要と中高年に強い主力業態とは、一線を画したビジネスマンを狙う。

 〝ツープライススーツブーム〟当時、20代後半~30代半ばだった男性が40~50代となり、今は第2世代まで顧客層が広がった。半面、今はそのブームを知らない学生もおり、若い世代の取り込みが各社の課題でもある。それを解決するには新たな業態開発が必要なのだろう。

 

今春からオーダー事業を開始した青山商事の「ザ・スーツカンパニー」

 

オーダーに挑戦

 今春からオーダー事業に乗り出した青山商事の「ザ・スーツカンパニー」(TSC)。オーダーに特化した新業態「ユニバーサルランゲージ・メジャーズ」もスタートした。すでに10店以上の売り場を開設し、予約待ちが出るほどの好調な滑り出しを切った。オーダースーツでは後発だったため、新たな買い物体験として自分の顔を3D撮影して仮想試着ができる「バーチャルフィッティングアバターシステム」を導入。

 オーダー未体験の若い世代のカスタム心をつかんだようだ。オーダースーツの生産には中国・上海の自社グループの縫製工場を使い、高品質・高コストパフォーマンスを実現している。フル稼働状態が続く国内の生産能力には限界があると見ており、「当社グループの上海工場を国内外のスーツブランドやショップと業務提携するなど他社にも活用してもらうことで、オーダー市場全体を活性化したい」としている。

 青山商事では今後の成長分野であるオーダー事業とレディス単独店をそれぞれ100億円規模まで拡大するとともに、既存店を300億円まで伸ばし、将来的にTSC全体で500億円の売り上げを目指している。

 マイナス要因が山積のスーツ市場でも進化した次世代型スーツ専門店なら成長は可能。あくまでもビジネスウェアに特化した業態として、ビジカジ、レディス、オーダーなど新たな強みに磨きをかけることが未来を切り開く。(大竹清臣)=おわり

(繊研新聞 2016/06/28~2016/07/04 日付  1 面連載)

 

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