キャットウォーク展を見に北イングランドへ(若月美奈)

2018/08/02 15:00 更新


30年近くに渡り、繊研新聞にロンドン・コレクションの写真を提供してくれているキャットウォークフォトグラファーの世界的な第一人者、クリス・ムーアの展覧会を見に、北イングランドのバーナード・キャッスルにあるボウズ博物館に行った。

*若月美奈の過去のレポートはこちら

英国各地のカントリーサイドには、古城を改装した立派な博物館がある。実際に行くまでは、ここもその1つだと思い込んでいた。1892年に完成したフランスのシャトー様式の巨大な館、街の名前もバーナード・キャッスルとあれば、ここがバーナード城で、そこにある博物館がボウズ博物館であると信じて疑わなかった。

ところが、バーナード城は現在は崩壊して街の高台に枠組みだけが残されている。そしてこのボウズ博物館は、両親が結婚する前に生まれたため貴族の家系の後継者になれなかった富豪で、アートコレクターとして知られるジョン・ボウズが、収集した美術品、とりわけ英国で1番と言われるスペインの絵画などを展示するために建てたものだそうだ。

つまり、もともと博物館として建造された。妻のジョセフィーヌがフランス人であることから、フランスの古城様式が採用され、完成したときにはともにこの世を去っていたのだが、ジョセフィーヌ自身のドレスを始めとするコスチュームやテキスタイル、家具など貴重なコレクションも一般公開されている。

話題の企画展も多く、これまでもイヴ・サンローランの展覧会やヴィヴィアン・ウエストウッドの靴の展覧会をなど、ファッション展も開催されてきた。

イングランド北部の城下町とあって、昔の市場の跡などもある可愛らしいところだが、30分も歩けばすべて見終わってしまう小さな街。その中心街以外は、羊があちらこちらに放牧された牧草地が延々と続く典型的な英国のカントリーサイドで、ボウズ博物館はそこに突然のごとくドーンと登場する。

国の重要保存建築物になっているボウズ博物館。撮影=斎藤久美
博物館から見下ろす前庭。撮影=斎藤久美
館内に展示されたジョン・ボウズとジョセフィーヌ・ボウズの肖像画
ファッション&テキスタイルギャラリーに展示されたジョセフィーヌのドレス(中央のライラックのドレス)。とても小柄な人だった

「大好きな博物館で展覧会ができて本当に嬉しい」とクリスは言う。クリスは4歳からロンドンに引っ越したが、出身は北イングランド。現在もロンドンの自宅の他に、北イングランドにコテージと、教会を改装したアーカイブ室(60年代からの膨大な数のショー写真が揃っている)を所有している。

展覧会「キャットウォーキング:クリス・ムーアのレンズを通したファッション」の内容については、7月12日付本紙をご参照いただきたいが、購読していない方のためにざっと説明すると、60年代後半から現在まで、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークで撮影してきたファッションショー写真240点と、そこに映し出された実際の服40着が展示されている。単なる写真展ではなく、ファッションショーの歴史を振り返る見応えのある展覧会である。

入り口に飾られたコムデギャルソン(17年春夏)の写真とドレス。この写真は展覧会のメイン写真としてパンフレットの表紙など様々なところに使用されている。撮影=斎藤久美
アレキサンダー・マックイーンの写真のコーナー。左上の2枚はマックイーンが制作中に亡くなった2010〜11年秋冬コレクション。ほんの一部の人々に見せたこのショーを、クリスは記録フォトグラファーとして、ただ1人撮影した。撮影=斎藤久美

朝9時ロンドンのキングス・クロス駅を出発。大掛かりな再開発が進められ、裏手にはセントラル・セントマーチン美術大学の新校舎もそびえるキングス・クロス駅は、ぐっとモダンになった。そこからスコットランドのエディンバラ行きの特急列車で2時間半。ダーリントンという駅で下車する。

やったー。ヴァージントレーンデビュー! と喜んだのも束の間。チケットの予約をした時、その列車はヴァージン・エクスプレスだったのだが、その後6月24日にこの北路線はロンドン・ノース・イースタン・レイルウエイ(LNER)に譲渡されたとのこと。列車にはいまだに「Vargin」の文字が走るが、もうヴァージントレーンではないという。スピードもサービスもヴァージン時代と変わらないというので、まあいいか。

ヴァージン・アトランティック航空も15年に日本路線を廃止してしまったので、ヴァージンの名前は以前ほど日本では身近ではないが、英国では速さにかけてばヴァージンなのである。列車はもちろん、ブロードバンド(ヴァージン・メディア)も英国最速を誇る。

ダーリントン駅からバスで40分、タクシーで30分のところにボウズ博物館はある。

こんな不便なところに、と思ってしまうが、クリスの展覧会は翌日からの開催でまだ公開されていなかったが、常設展を見に、それなりの数の人たちがやって来ていた。この博物館でウェディングを行う人も多く、カフェやミュージアムショップも充実している。

1時15分から記者会見開始。今回の展覧会は17年11月に出版されたクリスのアーカイブ写真集「キャットウォーキング:フォトグラフス・バイ・クリス・ムーア」を出発点に、同博物館のファッション&テキスタイル部門のキュレーターであるジョアナ・ハスハーゲンが、クリス、そして多くのブランドの協力を経て、写真と服を同時に見せる展覧会として実現させた。

会見では、「60年代のファッションショーってどんなだったのですか」という質問に、「音楽はなし。その代わりに作品の番号と内容を説明するアナウンスがあり、最初から最後まで、うんざりするくらい同じ人の声を延々と聞くんだよ」と答えるクリス。

「ショーで大切なものは」には、ストレートに「ライト」。どんなに素敵なショーでも、ライティングが悪ければいい写真は撮れない。

カメラのメーカーについては、「ニコンで撮りり始め、その後、キャノンがオートフォーカスを出し、キャノンに乗り換えた。その後、ニコンがいち早くデジタルを開発し、再びニコンに。それにしても、これまで何が一番画期的だったかというと、それはオートフォーカスの登場だね」と言う。

フィルムからデジタルへの変化が画期的だったのではないかと思われがちだが、オートフォーカスが歴史を変えた。その登場と同時にスーパーモデルブームが巻き起こり、それまで30人程度だったフォトグラファーの数は、多いときには400人まで膨れ上がったという。

「キャットウォーク写真は単なる記録ではなく、コレクションのコンセプトとエモーションを伝えるもの」というクリス。涙が溢れ出しそうに感激したショーもたくさんあるという。

展覧会場の写真のクレジットには、デザイナー名、シーズン、発表都市とともに、そんなクリスの思い出が綴られたものもある。

バーナード・キャッスルの街。撮影=斎藤久美
街のいたるところに飾られた展覧会のバナー。撮影=斎藤久美

展覧会場を見て、一度博物館から退散し、街を歩く。あちらこちらに、展覧会のバナーが飾られている。

まだまだ昼間のように明るい夜7時半からオープニングレセプション開始。どこからこんなにたくさんの人々がやってきたのだろうかと思うほどの盛況ぶりだ。

クリスの親友であり、24年間に渡って一緒に仕事をしてきたファッションジャーナリストの第一人者、スージー・メンケスは、ドルチェ&ガッバーナのアルタ・モードの取材があり残念ながら来場できなかったが、同世代の著名ジャーナリスト、ヒラリー・アレキサンダーや、展覧会にドレスも出展しているデザイナーのジャイルズ・ディーコンなどの姿もあった。

パーティーでは、地元のノーザンブリア大学の卒業コレクションのショーも開催された。クリスはカメラなしで、最前列に座ってショーを見学。その中頃、花束の贈呈が行われた。

ノーザンブリア大学はもちろん、クリスは長年、英国の数多くの大学の卒業ショーも撮影して来た。

パーティーの盛り上がりも冷めない8時15分、会場を後にしてタクシーでダーリントン駅に。列車で帰路につき、予定時刻の午前1時3分より10分近く早くキングス・クロス駅に着き、タクシーで帰宅。

重厚な絵画に囲まれたビュッフェ形式のパーティー。撮影=斎藤久美
ノーザンブリア大学の卒業ショー。撮影=斎藤久美
花束を受け取るクリス。右隣はキュレーターのジョアナ。撮影=斎藤久美

展覧会をじっくり見るなら2時間は欲しい。常設展示も見るとなるとさらに2時間。とはいえ、街をぐるりと回って、パブで食事をしたりする時間を入れてもロンドンから十分日帰りで行ける。

夏の英国のカントリーサイドは素晴らしい。暑過ぎず、夜9時ごろまで明るい。でも、これといった理由がないとなかなか行く機会がない。そんなファッション関係者にこの夏オススメの小旅行である。




あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員



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