過去1年間に英国内に完成した醜い建物大賞に、「ウォーキー・トーキー」の愛称をもつオフィスビル「20フェンチャーチストリート」が選ばれた。
テムズ河対岸から望むシティの真ん中にドーンと構える巨大なトランシーバーこと「20フェンチャーチストリート」
そう、最も美しいのではなく、最も醜い建物。
王立英国建築家協会(RIBA)は毎年、過去1年間に英国の建築界に最も偉大な貢献をした建造物を設計した建築家にスターリング賞という名誉ある賞を贈っている。
それを皮肉って、ビルディングデザイン誌がワースト建築を選ぶカーバンクルカップなるものを主催しており、見事(?!)今年の大賞に選ばれたのがこの建物というわけだ。
「ウォーキー・トーキー」とはトランシーバーのこと。頭でっかちでわずかにカーブしたシルエットがトランシーバーを思わせるこの建物は、ロンドンの金融街、シティにある。
ちなみに建築家はウルグアイ出身でニューヨークを拠点に活躍するラファエル・ヴィニオリ。2014年4月に完成し、34階建てで高さ160メートル。
「なんで、かっこいいじゃん」という声もあるので、デザインに対しては賛否両論ということかもしれない。
ロンドンにはニューヨークや東京のような高層ビルが立ち並ぶ光景は見られないが、ぽろぽろとモダンな高層ビルが点在している。
石造りのクラシックな建物の中に突如現れるそんなビルは、地震のない国とあってガラス張りのものが多く、デザインやシェープはかなり大胆。ロンドンの街の新しいランドマークとなっている。
近くで見ると迫力のザ・シャード。34階から52階にはシャングリ・ラ・ホテルが入っている
今一番新しいランドマークはロンドンブリッジ駅に隣接する「ザ・シャード」。
氷山が天に突き抜けるような凛々しいこの建物はレンゾ・ピアノによる設計で、2012年に完成した。87階建て310メートルというEUで最も高いビルとなっている。オフィス、レストラン、ホテル、マンションが入った複合ビルで、展望台にのぼることもできる。
完成した時に友人と前を通りがかり、「一度はのぼってみたいよね」といいながら展望台の料金を見てそのまま退散した記憶がある。30.95ポンド(約5800円)、シャンペン付き40.95ポンド(約7800円)也。
もっとも、最近は「ザ・シャード」に話題を横取りされているが、今なおロンドンを訪れる外国人が、「あの建物なに!」と指をさすロンドン一のランドマークビルといえば「ガーキン」だ。
40階建て、180メートルのガーキン。丸みを帯びた独特のフォルムで、他の追随を許さない存在感をアピールしている
ガーキンとはピクルスに使う小ぶりのキュウリのことで、先頭が尖った丸みを帯びたフォルムがそれを彷彿とさせることから、そんな愛称がついている。
正式名称は建物の番地である「30セント・メリー・アクス」。再保険会社のスイス・リー本社の建物のため 「スイス・リー・ビルディング」と呼ばれることもある。ノーマン・フォルター率いるフォスター&パートナーズの設計で2004年に完成。もちろんこの年のスターリング賞に選ばれている。
「ガーキン」はオフィスビル。だから、「ザ・シャード」のように一般人が入れる展望フロアはない。しかしこれはちょっとした自慢話なのだが、なんとこのてっぺんにのぼったことがある。
14年春夏のロンドン・メンズコレクションで、「ハーディ・エイミス」がこの展望階でプレゼンテーションを行なったのだ。発表の日が日曜日だったため、無人化したオフィスビルでのプレゼンが実現したというわけだ。
その様子は下の写真のとおり。思っていた以上に狭く、キュウリのてっぺんは下から見上げる通りのガラス張りのドームとなっていた。
高層ビルだけでなく、完成後間もない話題のオフィスビルやショッピングセンターにはよく伺わせていただいている。
「クリストファー・ケイン」や「プリーン」、「ジョナサン・サンダース」など、無機的なムードの会場を好むデザイナーたちが好んでそうした場所でショーを行なっているからだ。
ガランと広い室内はショー会場にはばっちり。もっとも、大勢の人々を同時に移動させる施設として作られているわけではないので、エレベーターが混み合い大変なことになるという欠点はある。
ショーではそんな近代的な建物だけでなく、見事な内装や天井の絵画に見とれてしまう歴史的な場所へも行く。ロンドンだけでなくパリも同様だが、「こんなところでファッションショーをする許可が降りるなんてすごい!」と驚く場所も多々ある。
例えば、「ジャイルズ」や「ヴィヴィアン・ウエストウッド・レッド・レーベル」のショー会場となった王立裁判所。ヒストリカルなスタイルをエッジーにひねった作風にぴったりの重厚な建物である。
前を通りかかるけれど中に入る機会のなかった教会や、日本語のガイドブックには載っていない知る人ぞ知る博物館など、振り返ってみると本当に様々な場所を見学させていただいた。
9月18日から開催される16年春夏ロンドン・コレクションは、メーン会場がこれまでのテムズ河沿いのサマーセットハウスから、ソーホーのブリューワー・ストリート・カー・パークに移る。
サマーセットハウスは18世紀に建造された美しい新古典主義建築の建物で、その中で展示会を、中庭に特設されたテントでショーが行なわれていた。そんな広々とした心地いい空間から、繁華街に位置する立体駐車場への会場変更。正直、前評判は悪いが、どうなることやら。
どちらにしても、また様々な外部会場も回るわけで、思いがけない素敵な場所に出会えるかもしれない。
ちなみに今から12、3年前、故アレキサンダー・マックイーンにロンドンで一番好きな場所を聞くと「金融街のシティ」という意外な答えがかえってきた。
「週末、誰もいない閑散としたシティへ行き、歴史的な建物を見て歩くんだ」そうだ。それにしても、今のシティはどこを歩いても、工事の音があちらこちらから聞こえてくる。建設ラッシュが延々と続いていることを印象づける。
マックイーンが「ウォーキー・トーキー」を見たら、どんな反応を示したのだろうか。
追記:コレクション開始直前情報で、クリストファー・ケインのショーが「ウォーキー・トーキー」最上階のスカイガーデンで行なわれるそう。めっちゃ、楽しみ!
あっと気がつけば、ロンドン在住が人生の半分を超してしまった。もっとも、まだ知らなかった昔ながらの英国、突如登場した新しい英国との出会いに、驚きや共感、失望を繰り返す日々は20ウン年前の来英時と変らない。そんな新米気分の発見をランダムに紹介します。繊研新聞ロンドン通信員