【幸せを生むテクノロジー】ザ・イノウエ・ブラザーズ㊤

2018/02/24 04:45 更新


 デンマークのコペンハーゲンから発信するファッションブランド「ザ・イノウエ・ブラザーズ」。現地で生まれ育った日系2世の井上兄弟が「誇りに思える仕事」を掲げ、04年に設立した。以来、南米アンデス山脈で上質なアルパカの商品を作ってきた。

 力を注ぐのは、先住民であるアルパカ飼育農家の生活が安定する仕組みを作り、彼らの文化と生活様式を守ること。人の幸せを目的にしたビジネスだ。ここでは、テクノロジーが大きな役割を果たしている。

(青木規子)

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父親からの教え

 兄の聡はグラフィックデザイナー、弟の清史はヘアデザイナー。ブランド設立前、それぞれが忙しく働くなか、社会の主人公が人間から企業に移っていくのを実感していた。

 大樹は風から動物を守り、水を蓄える。僕らは父からそんな教えを受けて育ちました。企業はある程度大きくなったら、社会に貢献することが大切だという考え方です。世の中の経済重視がどんどん進むなか、父が誇りに思ってくれるような仕事を始めたいと思うようになりました。

 当時はアートや音楽、レストランなどの分野でソーシャルムーブメントが始まった頃。デザインも弱いツールではなかったので、クリエイティブスタジオをスタートしました。重視したのは利益や知名度ではなく、ポジティブなデザインや誇りに思える仕事です。社会を変えるのは難しいけれど、家族や友人が幸せになるだけでもいい。透明で正直なビジネスがしたいから、僕ら自身を指すブランド名を付けました。とはいえ、何をやるべきか悩みました。

内から出るオーラ

 06年、アンデスに住む先住民を紹介された。明るく優しい彼らは、南米で最も貧しい。最高級のアルパカを育てているにもかかわらず、正当な報酬や仕事の仕方を知らないからだ。彼らが知識を持ち、自分たちのデザインの力と組み合わせたら、世界に発信できると考えた。

 仕事を与えるのではなく、時間がかかっても教育に投資しました。チャリティーではなくビジネスにしたかったから。周辺に住む人をセミナーに招待し、毛の正しい刈り方や整理の仕方を教え、良い素材を効率的に準備できれば収入が25%増えることを伝えた。技術が身に着いたら、その代わりに良い素材を僕らが優先的にプロパーで買い付ける。ウィンウィンの関係です。彼らは貧しいからといって見下されることが苦しいと言います。誇りを持てるかどうかがポイントなのです。

 そうしてできたアルパカのストールやセーターには、内から出るオーラがあってかっこよかった。ファッションを本当に理解できたのも、彼らに会ったからなんです。

アンデスのファクトリーで働く人々(写真=Andes Robert Lawrence)
アルパカのカーディガン(11万円)。立体的な編み模様が楽しい(写真=Isa Jacob)

ネット駆使し、大企業とも対等に

 清史がロンドンのサロンでそのセーターを着て仕事をしていると、ドーバーストリートマーケットのスタッフにぜひ仕入れたいと言われた。08年、「コムデギャルソン」と仕事をしたことで、知名度は一気に高まった。

 自信を持ち始めて、ペルーのアルパカセンターとともに仕事を始めました。でもこれだけでは世界に広げることはできません。大企業でもない僕らがムーブメントを起こせたのはテクノロジーのおかげです。

 今はインスタグラムさえあれば、世界に発信することができる。人と人とを直接つなぐから、お客との距離が近く、目当ての商品が完売していたとしても、みんな改めて買いに来る。オンラインセールスができるようになって、店を持たない人も簡単に販売できるようになりました。

 ECはパーソナルじゃないとかネガティブに考えがちですが、そうじゃない。これまで同じ土俵に立つことすらできなかった大きな企業とも、対等に戦えるようになったのですから。ファッション産業にとってインターネットは最もポテンシャルのあるテクノロジー。金がなくても戦えるツールです。うまく使えるかどうかが重要なのです。(敬称略)

 井上聡(いのうえ・さとる=右)1978年生まれ。コペンハーゲンを拠点にグラフィックデザイナーとして活動。清史(きよし)1980年生まれ。ロンドンでヘアデザイナーとして活動。それぞれの収入をブランドの運営に充て、体制を整えてきた。今年はブランドに全ての力を注ぐ構えだ。(写真=Andes Robert Lawrence)

(続く)

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