アウトドアウェアや傘、カジュアルウェアまで繊維製品に欠かせないのが水をはじく撥水(はっすい)加工だ。撥水加工には長年、フッ素化合物(PFC)が使われてきたが、近年は安全性に対する懸念の高まりから、より安全なC6フッ素系撥水剤やさらには非フッ素撥水剤に置き換える動きがグローバルアパレルを中心に強まっている。
しかし、代替撥水剤は撥水性能や耐久性が低下し、非フッ素では撥油性を持たないといった難点がある。薬剤メーカーやテキスタイルメーカーは、サステイナブル(持続可能な)と撥水性能を両立させた代替品の開発に力を入れている。
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◇世界で規制強まる
PFCを使った撥水剤への懸念が高まったのは00年代に入ってからだ。米国環境保護庁が06年に「PFOA(パーフルオロオクタン酸)自主削減プログラム」を発表し、世界の大手フッ素化学品メーカーに対して15年までにPFOAや関連物質の全廃を求めた。これにデュポン(当時)、3M、旭硝子、ダイキン工業など主要8社が賛同し、各社が自主的な撤廃を進めた。また昨年には、残留性有機物質の規制に関するストックホルム条約でもPFOAが廃絶物質に指定されるなど、国際的に規制が強まっている。
PFOAは自然界で残留し、人体にも蓄積されやすいことから、長期に摂取した場合の健康への影響が指摘されている。ただし、フッ素系撥水剤すべてがPFOAでできているわけではなく、構造が炭素数8(C8)以上のものに不純物として微量に混入している。以前はPFC撥水剤はC8タイプが主流だったが、PFOAを含まないC6、C4タイプへの置き換えが進む。
C8タイプは構造上、表面にきれいに結晶が並んで高い撥水・撥油性を発揮するが、C6以下では結晶せず、性能が低下する。つまり、環境対応として代替品への置き換えが求められるものの、以前のような性能が出せないという難点があった。
さらに最近は、C6のようなPFOAフリーであってもフッ素化合物自体を使わない動きも出ている。フッ素化合物の毒性は示されていないものの、「疑わしきは使わない」というスタンスからだ。例えば世界の大手アパレル企業が加入し、有害物質規制に取り組むZDHCは、規制物質の一つとしてPFCを挙げ、今年までに排出ゼロを目指している。
非フッ素撥水剤はシリコン系、アクリル系、ワックスなどあるが、加工剤メーカー各社は撥水性や耐久性を向上させた非フッ素撥水剤の開発に力を入れている。その一つで、日華化学の非フッ素撥水剤「ネオシード」は、生地表面で撥水剤自体が微細な凹凸構造になるようにし、空気層を含んで水滴の転がり性を高めた。
◇撥油性の追求が課題
C6や非フッ素の撥水剤を、水を弾きやすい生地や繊維と組み合わせることで撥水性能を高める方法もある。よく知られているのがハスの葉の構造だ。ハスの葉は水をよく弾き、少しの傾きで水玉がころころと転がり落ちる。ハスの葉の表面には細かな凹凸があり、この空気層によって撥水性が生まれる。
帝人フロンティアの「レクタス」はこれを模倣したもので、凹凸をつけた織り構造によって水を弾く。同じく同社が最近開発した「ミノテック」は、平織りの横方向だけを凸構造とし、点接触で水滴が溝を転がり落ちる。
ユニチカトレーディングの「タクティーム」は、マイクロファイバーに特殊な糸加工を施し、生地表面にマイクロサイズの微細な凹凸をつけることで撥水性能を高めた。東レの「ナノスリットナイロン」は繊維そのものに深い溝を作ったこれまでにないユニークな断面形状で、これが空気層を含むことで撥水性を持たせた。
今後は非フッ素での撥油が課題となる。撥水・撥油には表面張力(物質の持つ引力のようなもの)が関わっており、油は水より表面張力が弱い。表面張力が非常に弱いフッ素加工のフライパンなら水も油も弾くが、非フッ素撥水剤の多くは油をぬらしてしまう。これは例えば撥水製品を店頭で手で触った場合、手の油脂が付着し、撥水性能を低下させることになる。各社の開発努力が続いており、さらなる進化が期待される。
(この連載は、藤川友樹、三冨裕騎、小堀真嗣、中村恵生が担当しました)
(繊研新聞本紙20年3月27日付)