私たちの暮らしに身近なコットン(綿)。衣服やタオルなどたくさんのコットン製品に囲まれている。そんなコットンが自然環境への負荷が小さい素材として、SDGs(持続可能な開発目標)の潮流のなかで改めて価値が見直されるようになってきた。最近はオーガニックコットン(OC)を含む〝サステイナブルコットン〟という言葉を耳にしたことはないだろうか。サステイナビリティー(持続可能性)の文脈で語られるコットンについて深掘りしてみよう。コットンも含めて、植物系および動物系の天然繊維は原料自体が土に返る生分解性を持つ。その点を自然環境中で分解しない石油由来の化学繊維と比べると、コットンの方が環境負荷は小さいと言えるだろう。それなのにサステイナブルコットンとして、通常のコットンと区別されているのはなぜだろう。サステイナブルコットン事情に詳しい稲垣貢哉さんにコットンを取り巻くアレコレを聞いてみた。
ブラジルが圧倒的
――サステイナブルコットンって何?
綿花栽培における自然環境への負荷や、携わる人を取り巻く労働環境は全てがサステイナブルとは言い難い。サステイナブルコットンは、OC、フェアトレードコットン、BCI(ベター・コットン・イニシアティブ)コットンなど、環境や人権に配慮された方法で生産されたコットンを指す。
生産状況を国別に見ると圧倒的にブラジルが多い。その理由は、農家1軒当たりの生産規模が巨大だから。わずか390軒の農家で290万トンを作っている。一方で中国は10万軒で92万トン、インドは100万軒で122万トンだ。なお、ブラジルは290万トンのほとんどがBCI。
BCIは綿花栽培における水、化学薬品の使用削減や、児童労働・強制労働の禁止といった労働条件の改善など持続可能な綿花栽培の普及を目指すNPOベター・コットン・イニシアティブのプログラムのことで、定められた基準に則って栽培することが求められる。
BCIが短期間で普及した要因の一つは、最初に市場を押さえたこと。ナイキやH&Mなどグローバルな巨大ブランド・小売業をメンバーに引き入れたので、そこに売れるとなったら農家は積極的にやる。それでどんどんBCIの生産量が増えていった。
――OCの品質は特別?
OCとは遺伝子組み換えでない種を、化学農薬・化学肥料を3年以上使っていない土地で有機栽培して収穫した綿花を指す。このため、BCIなどと比べると栽培のハードルが高く、供給を一気に増やせない。だから通常の綿花より高値で取引される。現状は全ての綿花の生産高のうちわずか1%程度。
OCは通常のコットンと比べて「肌に良い」とか「柔らかい」など性質が違うと勘違いしている人がいる。種の種類や栽培する土地、管理方法によって品質が異なることはあるが、「有機栽培だから繊維が長い、柔らかい」ということは全くないし、肌に良いなんてことはない。「手摘みだから柔らかい」とPOP(店頭広告)でうたっていた著名な小売業もいたが、それも事実ではない。
農薬の使用は減る
――農薬の話題もよく出る。
綿花栽培について「枯葉剤を使っている」という話をする人がいるが、枯葉剤が使われていたのは80年代のことで、今は誰も使っていない。また、綿花栽培自体は30~40年前と比べると人体に悪影響のある農薬の使用量は大幅に減っている。
綿花栽培は大別すると、〝機械化された大規模農業〟と〝手摘みの小規模農業〟。特に大規模農業は農薬の使用量が激減している。理由は簡単で、それは農薬が高価だから。連作(同じ土地で同じ作物を連続して栽培すること)を大規模にやるには土壌を大切にしないといけない。補足すると、東京ドーム200個分の広さの農場を1人か2人で管理するため、そもそも強制労働も考えにくい。一方、小規模農業は農家の知識が乏しく環境や貧困、人権に関わる問題が多い。コットンに関するネガティブな印象はほとんどが小規模農業のことだと思う。
――結局何を選べばいいの?
コットン自体は繊維の長さとか色とか以外は品質に大差がない。あなたの会社がどういう理念、方針を持っているか、どういうブランドなのか、何を作るのか、などによって変わってくる。例えば、ジーンズに使われるデニムを作る時、その素材にすごくこだわるケースは少なくない。そのこだわりと同じような感覚で選べばいいと思う。
公正な取引をしたい、そのために農家には最低賃金じゃなくて生活賃金が保障できるようにしたい、長く付き合いたい、というならフェアトレードかもしれない。数量を一定以上やりたいのなら、フェアトレードやOCはボリュームが不足しているのでBCIを選べばいい。ブランドや商品構成によって組み合わせて使ってもいいと思う。
強調したいのは、まず自分たちが使う素材に使われている原料に必ず関心を持ってほしい。どこで誰がどのように作っているのか。消費者はすごく関心を持っている。その上で不当な労働によって栽培された綿花は最低限排除しないといけない。
使う原料に関わる歴史も少しくらいは学んでもいいかも。コットンなら枯葉剤の使用による環境問題とか、農薬の使い過ぎで井戸水が使えなくなったこととか。悪い過去にどうやって向き合って今があるのか。その上で使う原料を選び、自分たちの仕事を正当化し、堂々と自信を持って作り、売ってほしい。
■稲垣貢哉氏 甲南大学マネジメント創造学部講師。87年に興和入社。03年にOCのタオル主力ブランド「テネリータ」立ち上げ。07年に米NPO(非営利組織)オーガニックエクスチェンジ(現テキスタイルエクスチェンジ)の業務執行理事に就任。現在はアジア地区アンバサダー。インドの綿作農家を支援するPBPコットンの理事、繊維製造中小企業が結集したSTジャパンの代表、甲南大学マネジメント創造学部講師なども務める。
(繊研新聞本紙22年4月28日付)