繊研新聞社は6月に第14回「ファッションECサミット」をオンラインで開いた。ECの優秀・注目のサイトと支援ツールを選ぶ第7回「ファッションECアワード」の表彰式と受賞企業による記念講演を開いた。エクセレント賞を受賞した「オンワード・クローゼット」(オンワードデジタルラボ)、「ドットエスティ」(アダストリア)、「パルクローゼット」(パル)の3社がトークセッションしたほか、「アークネッツ」(リストリクト)、「古着屋JAM」(JAMトレーディング)の2社が対談。サポート賞のビジュモ、チャネルコーポレーションや、同賞殿堂入りの特別プレゼンテーションとしてバニッシュ・スタンダードも講演した。注目のサービスプレゼンテーションも開かれた。一部を抜粋して紹介する。
エクセレント賞 基調講演
- アダストリア執行役員マーケティング本部長ドットエスティ事業本部長 田中順一氏
- オンワードデジタルラボ 代表取締役社長 山下哲氏
- パル取締役専務執行役員 プロモーション推進部長 堀田覚氏
ファッション業界のOMO(オンラインとオフラインの融合)の次のステップに、ECとリアル店舗のほか他社商品や他業種との「共創」がキーワードとして挙がっている。「OMO理想のサイクルとは~魅力を引き出す仕組み作り~」と題したトークセッションでは、アダストリア、オンワードデジタルラボ、パルの担当者が、共創の狙いや自社のEC事業の展望などをテーマに対談した。
消費者中心の新サービス 田中氏
コロナ下のEC利用の急増を経て客は実店舗に戻り、リアルとデジタルから便利な購買方法を使い分けるようになった。「利用しやすさを軸にサービスを磨き、消費者同士のつながり作りや楽しめる施策の提案をしていきたい」と話すのはアダストリアの田中氏だ。
OMO推進には「店舗スタッフの力が重要」と強調した。デジタル活用では、制度設計やルールなど全てを押し付けるのではなく、スタッフの個性や考えを発信できる余白を残す。
ドットエスティはオープンモール化して他社商品も売っている。EC会員を喜ばせる品揃えの考えが、取り組みの軸という。田中氏は「ECサイトで得られる数字や会員の声といったデータを会社の価値創造に生かしたい」とし、新たなAI技術の活用にも積極的な姿勢を示した。
ECでも接点強め顧客理解を深める 山下氏
オンワード・クローゼットは、リアル店舗での接客と同じようにECでも顧客理解を深めてきた。自社サイトから商品を取り寄せて試着できる「クリック&トライ」の実装につながり、デジタルとリアルの双方で客との接点を増やしている。山下氏は「顧客理解を深め、心地よく買い物ができるようにしたい」と話す。
オウンドメディア「オンワード・クローゼット・マグ」はほぼ隔週で配信しオケージョンなどのユーザーの悩みに着目。日本の物作り支援プロジェクト「クラハグ」は個人や企業に注目して週に数本を発信している。コンテンツ制作には外部の編集経験者を招き、EC経由売り上げは気にしすぎない。次の段階として、外部との共創により新たな価値創造を見据える。
最後は人が考えていい物が出来る 堀田氏
価格や販路が多岐にわたり多くのブランドを抱えるパルは、EC上のコンテンツを多く作り、得られたデータから取捨選択して質を高めていく方法を取る。データは情報発信や写真の撮り方、商品企画のヒントを得る方法と位置付ける。堀田氏は「最後は人が創意工夫した方がいい物ができる」と断言する。
スタッフを中心としたサイト作りを進めてきた。抱えるブランドも社員提案から始まった等身大の感覚が魅力だ。SNS活用のモチベーション作りには、評価制度を作ることやコンテンツの良しあしをデータ基準で判断することなどを挙げた。テックカンパニーなど他業種との共創を見据え、「ECを日本全体で盛り上げていき、良い方向に進めていきたい」と意気込む。
フォーカス賞 販売員がブログやユーチューブで活躍
- JAMトレーディング代表取締役 福嶋政憲氏
- リストリクト システムソリューション部ゼネラルマネージャー 綱川弘人氏
「古着店と地方セレクト店に学ぶ、販売スタッフと作るOMO施策」をテーマにした対談は、実店舗の販売員の能力をECでどう生かすかが主題となった。
JAMトレーディングは海外仕入れ古着の販売が主力。ヤフオクからスタートし楽天、自社ECと販路を広げ、現在は約30の実店舗を構えている。福嶋氏は「EC販売が祖業なのが自社の特徴」とし、リアル接点である店舗と、悪天候や深夜でも売れるECの相互作用を長く重視していると話した。
リストリクトは北関東を中心にメンズ主力のセレクトショップ18店を持つ。ECは01年からスタートし、自社ECとモールを販路としている。綱川氏は「スタッフのスター化を目指し、早い段階からECでのコーディネート提案を取り入れた」と説明した。
福嶋氏は「最近は販売員がSNSへの投稿に対してポジティブだと感じる」とする。自社公式と個人の両方のアカウントが活発に動いているという。また、販売員による店舗ブログに外部講師によるSEO対策を取り入れ、狙ったワードでグーグル検索の上位に入れる体制ができてきたとも話した。
綱川氏は「若い世代には活字より動画が有効」という考えで21年に始めたユーチューブ施策を説明した。専用のスタジオを作り、本格的に撮影している。販売員の新たな活躍の場として機能しており、「将来的にはEC全体を動画化する」構想もあると話した。
両者に共通する今後の課題はOMO推進だ。福嶋氏はアプリを活用した会員情報とポイントの統合、店舗受け取りサービスなどを軸に進めていると説明。綱川氏は店舗会員制度を廃止し、LINE会員でECと一元化し、今後は会員グレード制でロイヤル顧客を増やす考えを示した。
サポート賞に選ばれた2社が講演
コンテンツ活用を支援 ビジュモ代表取締役社長 井上純氏
各企業が制作したコンテンツの効率的な活用を、それぞれに合わせた形で支援する取り組みを紹介した。近年、SNSやオウンドメディアなど各社のコンテンツ作りが活発だ。OMOの一環として、接客の質のばらつき、商品情報の不足など店舗での「不便さ」を補う、デジタル接客の重要性が高まっている。
ティンパンアレイ(東京)が運営するユーズドセレクトショップのラグタグは、「ラグタグTV」と題した商品紹介のショート動画や販売員のスタイリングなどのコンテンツをビジュモのサービスを使ってサイトに掲載している。EC在庫を店頭に取り寄せるサービスなどと連携し、オムニチャネルのスキームの効果を最大化する同社の狙いをビジュモが支えている。
ベイクルーズとの取り組みでは、40以上のブランドが各自で運営するSNSのコンテンツを統合管理し、ブランド横断での特集などの際に簡単に使用できるようにしている。新着商品を紹介する特集の中で、インスタグラムでのライブ配信動画のアーカイブを差し込むなど、動画コンテンツの効率的な使用も支援する。
AIと人手を使い分け チャネルコーポレーションCEO 玉川葉氏
「アパレルの顧客コミュニケーションは今後どうなるか」をテーマに、自社サービスの紹介やAIの導入について解説した。同社が提供する「チャネルトーク」は、電話やSNSでのやり取りも含めた接客チャットを一元管理する「BtoBtoCプロダクト」だ。通話の文字起こし機能へのAI使用や、テキストを認識して最適なリアクションを自動で行う自社開発の生成AIエージェント「ALF」などの事例を取り上げつつ、「AIの導入が進んだ上でも人間ならではのコミュニケーションが必要とされる場面はある」と述べた。
現状のEC業界では、全体の問い合わせのうち、配送処理や交換、キャンセルといった、いわゆる「よくある問い合わせ」が70%を占めている。そこで、よくある問い合わせについてはAIに対応させ、残り30%の重要、複雑な問い合わせに人手を集中させることでサービスの向上を図る考えだ。また、少子高齢化が進み、人手不足が問題視される近年では「労働集約型であるビジネスの崩壊は時間の問題」として、現場におけるオンライン強化の必要性についても呼びかけた。
サポート賞殿堂入り特別プレゼンテーション
ファンや元社員がEC参画 バニッシュ・スタンダード代表取締役 小野里寧晃氏
新サービス「ファンバサダー」を紹介した。ブランドのファンや元社員がUGC(ユーザー生成コンテンツ)機能などを通じ、ECサイトにスポットで参画することができる。将来的には雇用に結びつけることで、販売現場の人手不足解消を目指す。
「スタッフスタート」を利用する企業は、インスタグラムのアカウントから自社の商品を着用しているユーザーを検索し、投稿内容を自社ECにひも付けることを依頼できる。今後は掲載による効果に応じて報酬を支払い、雇用オファーもできるようにする予定だ。
このほか、ECの購買体験のサービス向上の一環として、スタッフスタートのモデルやスタッフのコーディネート画像に客自身の顔写真を差し替える機能の追加も紹介した。
注目サービスのプレゼンテーション
外部委託で人手不足解消 AMS常務取締役・古田俊雄氏
AMSは07年に設立し、アパレルのEC事業に特化して支援している。「アパレルECの人材不足を解決するアウトソーシング方法」をテーマに、AMSの企業への支援事例を紹介した。アルページュが導入する「客注サービス」は店舗スタッフが店頭に在庫の無い商品を倉庫から販売でき、店頭在庫の欠品による売り逃しを防ぐのに役立つという。ほかには、コロンビアスポーツウェアジャパンが導入するECサイト上のささげ(写真撮影、採寸、原稿作成)業務の代行サービスやささげ業務を管理できるツール「ピコ」、ムラサキスポーツへのECサイト上の商品情報登録業務の支援の事例、西川へのEC物流業務の支援の事例を紹介した。
顧客視点のマーケティング TISデジタルイノベーション事業本部デジタルイノベーション営業統括部デジタルイノベーション第2営業部チーフ・井澤剛士氏
顧客視点で統合・統一された消費体験を考えるマーケティング手法「ユニファイドコマース」を提唱。その実現のため、データを施策に利活用できるECプラットフォームサービス「セールスフォースコマースクラウド」の提供を進めている。個別のサービスと連携しやすく、標準的な機能が整っているなどが魅力。TISではグループ会社との協力でセールスフォースの様々なサービスをつなぎあわせ、既存システムと融合することで、顧客接点全域のカバーが可能。ワコールをはじめ、全14件の大型プロジェクトの実績がある。