叫び―国内縫製業の現場から⑤展望

2017/01/04 06:22 更新


創意工夫が人育てる

 逆風が強まる中、知恵を絞り、工夫を凝らす工場も目立つ。独自の手法で縫製技術を高め、人を育てる努力を惜しまない。


可視化の仕組み

 国内高級プレタを扱う辻洋装店(東京、辻庸介社長)。特徴は可視化にある。例えば、縫製グループと個人、それぞれの出来高を書いた紙を社内に貼り、全員が見られる。「名前を出すのは酷ではないかという意見や反発もあった」(辻吉樹専務取締役)が、今では効率を知る大事な役割として浸透している。

 縫製の出来高は1日、1週間、1カ月、半年、1年という形で、短期、長期の両方が分かるのがポイントだ。短期で見れば、効率が悪くても、長期では効率が上がっているケースもある。また、受注工賃が工程分析工賃に対して見合わない場合もあるため、工程分析指標でもチェックする。受注工賃が低くても、工程分析工賃をクリアしている場合は評価をする仕組み。

工場内にはタブレットが置いてあり、パターンや工程確認がいつでも出来る(辻洋装店)
工場内にはタブレットが置いてあり、パターンや工程確認がいつでも出来る(辻洋装店)

 

 パターンの概念、工程はタブレットで保存し、誰でも見られる。概念を理解しているか否かで縫製方法やアイロンのかけ方が微妙に変わり、商品の仕上がりに大きく影響するためだ。

 リーマンショック前後、受注減や低工賃から赤字決算もあった。しかし、工夫を凝らした成果が徐々に出て、苦しい環境ながらも黒字を確保している。

 

 

 香川県・小豆島に縫製工場を持つタカラ(岡山市、米倉将斗社長)の強みは人材育成。北は北海道、南は沖縄からも受験に来て、毎年新卒で約10~20人を採用する。入社後は小豆島の職業訓練校、タカラモードカレッジのOJT(現場教育)で洋裁を学ぶ。寮も完備している。

5 高い技術で難度の高い商品を生産する(タカラ)
高い技術で難度の高い商品を生産する(タカラ)

 

 キャリアプログラムが明確で、1年次に丸縫いに必要な技術の習得を目指し、2年次に主工程のパーツ縫い、中間アイロンの技術を身に付ける。訓練後の3年で2級技能士を受験し90%近くが合格している。5年を目安に1級技能士に受かり、その後指導員免許を取る人もいる。

 夏と冬の年2回、ファッションショーも行う。若手社員が自分たちでデザインして服を作り、演出まで行う。ここに学生を招待し、雰囲気を味わってもらう。社員のモチベーションを上げ、学生に夢を与える場だ。

 技術の蓄積には人材育成が伴う。生産するのはデザイナーブランド、高級プレタポルテであり、布帛、カットソーともに難度の高い商品に対応する。「うちのコアコンピタンスは何か。うちにしか出来ない〝顔〟の服作りをしていきたい」(米倉将斗社長)と力を込める。


ぶれない理念

 「洋服作りは人作りの道」「物作りは、人作り」。これは2社に共通する考え方だ。縫製業を通じ、豊かな人間性を磨くことが目的で、ゴールは無い。ぶれない理念は経営者の〝正しい努力〟とともに、社員の共感を生み、良い人材と高い技術を育む。今一度、縫製工場は立ち止まり、社会的役割と存在意義を自らに問いかける必要がある。=おわり

 連載中、たくさんの読者の皆様から賛同と応援のメールが届きました。「新しい市場を作り、働き方の改革で国内縫製業はまだまだやれる」「メイド・イン・ジャパンの良い物作りを追求したい」と前向きな意見が多く、「事業改革で低工賃、小ロットから脱却できた」などの声もありました。繊研新聞社は今後も、物作りの現場の取材を強め、報道していきます。(森田雄也)

(繊研 2016/11/21 日付 19594 号 1 面)

 生産の海外移転と低工賃、人手不足と後継者難…。国内縫製業は限界に近づいている。その課題と展望について取材した。この連載へのご意見・ご感想を、housei@senken.co.jpまでお寄せください。



この記事に関連する記事