《センケンコミュニティー》わがFB業界のアスリートに注目
いよいよ始まる、リオデジャネイロオリンピックおよびパラリンピック。世界的なスポーツの祭典は、私たちファッションビジネス(FB)業界とも無縁ではありません。選手ユニフォームや開会式の制服のサプライヤーとしてだけではなく、普段企業に所属する社員が出場するなど、選手の日頃の活動をサポートしている一面もあります。今回のセンケンコミュニティーではそんなわが業界とゆかりの深い選手たちを一部紹介、地球の裏側で活躍する選手たちを一緒に応援しましょう!
★ミズノ 陸上、競泳の社員選手6人が出場
★旭化成 歴史を持つ陸上・柔道部 5選手が出場
★ミキハウス 過去最多の17選手が出場
★池崎大輔選手(三菱商事/ウィルチェアラグビー) 自在な動き、チームの柱
★ケンブリッジ飛鳥選手(ドーム/100メートル走) 足は速いがのんびり屋
★福士加代子選手(ワコール/マラソン) 創業者の思いも抱いて
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ミズノ 陸上、競泳の社員選手6人が出場
スポーツメーカーのミズノでは今回、社員選手としては6人が出場する。陸上の飯塚翔太選手、野澤啓佑選手、松下祐樹選手、荻田大樹選手、競泳の星奈津美選手、小堀勇氣選手の6人。
ミズノでは会社の陸上競技部として「ミズノトラッククラブ」、会社が運営するクラブチーム「チームミズノアスレティック」が活動している。ミズノトラッククラブは経営理念の「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献」の実現を目的に89年に設立。
在籍選手の活躍による陸上界の活性化、ウェアやシューズの開発へのアドバイスと情報提供、陸上教室などを通じて競技人口の拡大や普及発展に寄与している。競泳は選手のより良い練習環境を提供すると共に日本水泳界の発展に貢献することを基本方針に「ミズノスイムチーム」を組織している。
こうした選手は社員だが、まずは競技結果が求められるため、主な仕事内容としては競技が一番となる。半日ほど出社して資料作成や商品手配、個々の清算作業をしている選手もいるが、普通の社員のように1日中、会社にいることはまずないという。
旭化成 歴史を持つ陸上・柔道部 5選手が出場
旭化成は柔道で三つの階級に3選手が、陸上でマラソンと長距離に2選手が出場する。いずれも五輪メダリストを輩出する歴史と実績のある同社の運動部からで、リオでもメダルへの期待がかかる。
旭化成柔道部は1948年に設立され、76年のモントリオール五輪の無差別級で金メダルをとった上村春樹選手をはじめ、五輪メダリストを数多く輩出してきた。
今回、同部からリオに出場するのは男子73㌔級の大野将平選手(山口出身、24歳)、同81㌔級の永瀬貴規選手(長崎出身、22歳)、同100㌔級の羽賀龍之介選手(宮崎出身、25歳)の3人だ。いずれも15年に行われたアスタナ世界柔道選手権大会で金メダルを獲得しており、五輪でもメダルの呼び声が高い。
一方、陸上部は46年設立で、こちらも92年のバルセロナ五輪にマラソン種目で銀メダルを獲得した森下広一選手をはじめ、五輪出場選手を多数輩出する名門。84年のロサンゼルス五輪に出場した双子のランナー、宗猛(現監督)、茂兄弟が所属したことでも知られる。
リオ出場は男子マラソンの佐々木悟選手(秋田出身、30歳)と、男子長距離の村山紘太選手(宮城出身、23歳)。佐々木選手の自己ベストは、15年12月の福岡国際マラソンで出した2時間08分56秒だ。村山選手の自己ベストは5000㍍が13分19秒62、1万㍍が15年11月に出した27分29秒69で、これは日本記録を更新した。
同社では6月末に東京で壮行会を開き、出場5選手を激励した。
ミキハウス 過去最多の17選手が出場
子供服のミキハウスからは、過去最多で8競技17人の選手が出場する。その人数の多さとメダルの報奨金(総額3億円)で話題だ。
競泳では長谷川純矢、小関也朱篤、藤森太将、鈴木聡美、高橋美帆、清水咲子、松本弥生、シンクロナイズドスイミングでは三井梨紗子、飛び込みでは寺内健、坂井丞、柔道では山部佳苗、ユリ・アルベアル(コロンビア)、アーチェリーでは川中香緒里、永峰沙織、カヌーでは羽根田卓也、テコンドーでは浜田真由、テニスでは土居美咲の各選手が出場する。
スポーツ選手支援のきっかけは、女性社員が始めたソフトボールの試合を木村皓一社長が見にいったが弱かったため、応援しようと強化選手や監督を招いて実業団チームにしていったことだった。89年に「ご縁があって」、それまで企業による受け皿がなかった女子柔道を支援。これを機にトップ選手のサポートを本格化した。92年のバルセロナ五輪以降、6大会連続でメダリストを輩出している。
ミキハウススポーツクラブには15競技38選手が在籍。今年4月には、柔道五輪3連覇の野村忠宏さんがゼネラルマネジャーに就任した。五輪競技以外も含めてマイナー競技への支援が多いことで知られる。世界レベルで戦える実力がありながら、環境に恵まれず、競技が続けられない選手も多い。同社が少しでも支援することで、選手が結果を出すことができれば、競技も注目され、子供たちの夢が広がると考えている。
「選手には競技に専念する環境を提供し、広告塔に使わない」ことが基本方針。子供たちの夢や希望につながること、世界の舞台で戦う選手と社員が食事会や壮行会などでできるだけ交流する中で、互いのモチベーションが上がることに期待している。
池崎大輔選手(三菱商事/ウィルチェアラグビー) 自在な動き、チームの柱
パラリンピックにもFB業界にゆかりのある多くの選手が出場する。中でも四肢に障害のある選手が車椅子で行うウィルチェアーラグビーには、三菱商事所属の池崎大輔選手と今井友明選手の2人が出場する。
ウィルチェアーラグビーは別名、車椅子ラグビーとも呼ばれる競技で、77年にカナダで考案されたスポーツ。1チーム4人で、バレーボールほどの大きさの専用のボールを使い、パスやドリブル、ボールを膝の上に載せるなどしてゴールにボールを運び、得点を競う。
守備をする際には車椅子ごと相手にぶつかるタックルが許されており、まさにラグビーさながらの激しいスポーツ。選手は障害のレベルによって0・5から3・5まで7段階のクラスに分かれており、障害のレベルに応じたポイントが、4人合計で8点を超えてはいけないというルールもある。
7月に三菱商事に入社した池崎選手は、09年に北海道Big Dippersに入団し、10年に3・0クラス日本代表に選出、数々の国際大会でベストプレーヤー賞を受賞し、チームの中心選手として活躍してきた。4年前のロンドン五輪にも出場経験があり、五輪には今回で2回目の出場。車椅子を自在に操るスピード感のあるプレーに注目だ。
ケンブリッジ飛鳥選手(ドーム/100メートル走) 足は速いがのんびり屋
6月の日本選手権後、一躍注目選手となったケンブリッジ飛鳥選手は、「アンダーアーマー」(UA)の日本総代理店、ドームの社員。彼の代名詞とも言える鍛え上げられた肉体は、在学中から通っていたドームのアスリート向けトレーニング施設で作り上げられた。ドームは多くのアスリートやチームと契約するが、「スポーツを通じて社会を豊かにする」という企業理念に共鳴するアスリートとは、サポートだけでなく対等なパートナー関係を築く。もちろん、ケンブリッジ選手もその一人だ。
普段のケンブリッジ選手は、話しやすくて優しい人物。同期社員によれば、マイペースで、周囲の人のほうが本人の予定に詳しいなど、のんびり屋の一面もあるとか。所属は業務本部人事部だが、リオ五輪まではトレーニングを中心とした社員生活を送っていた。UAやサプリメントの「DNS」といった自社商材を体感し、パフォーマンスを通じてその効果をPRする役割だ。日本選手権に優勝した直後は、関連グッズがECで完売するなど、さっそく売り上げ増にも貢献した。
UAは1996年の創業以来、驚異的な成長を続けている。ケンブリッジさんのこの間の躍進ぶりはUAの歩みとも重なる。この勢いで、ぜひとも日本人初の9秒台を出してほしい。
福士加代子選手(ワコール/マラソン) 創業者の思いも抱いて
青森県の工業高校卒業後にワコールに入社。高校までほとんど無名だったが、その後トラック競技や駅伝で頭角を現す。
3000㍍、5000㍍の日本記録を持っており、五輪出場はアテネ、北京、ロンドンに次ぐ4度目となるが、過去の五輪はいずれも1万㍍までの距離だった。
08年にフルマラソンに挑戦、ペース配分の難しさなどから試行錯誤した時期もあったが、13年、そして16年1月の大阪国際女子マラソンに優勝し、見事切符をつかんだ。
持ち前の明るさだけでなく、レース後のインタビューでのユニークな〝名言〟〝迷言〟も話題を集める。代表決定後のコメントは素直に「金メダルが欲しいので、何があろうとあきらめずに覚悟を持って走ってきます」。
今年ワコールは創業70周年。福士選手の所属するスパークエンジェルスは、創業者で京都商工会議所会頭だった塚本幸一氏の「京都から強いチームを世に出したい」という考えから創設したもの。チームも今年が30周年、創業者の思いを乗せたレースにもなる。福士選手の出場する大会には、毎回多くの社員が応援に駆けつける。「選手が走る姿は、まさに当社のチャレンジ精神を体現している」(ワコール)。