《服を作り、売るということ 次のビジネスモデルはあるか》
SPA手法にほころび
広がった消費者との距離
この20年間、SPA(製造小売業)はアパレルビジネスの主流を占めてきた。この構造は現在も変わっていない。しかし、そのほころびが目立ち始めた。日本でSPAが確立されて以降、特にここ数年で、マーケット、生産を巡る環境が大きく変化した。過去を振り返りつつ、今、アパレルビジネスに求められることは何かを探る。
■経験頼りから科学的予測へ
日本でアパレルメーカーなどのSPA化が進んだのは、ワールドのスパークス構想(92年)が起点になっている。それまで、経験や勘を頼りにしてきたため、作りすぎれば在庫ロス、足りなければ販売機会ロスを起こしてきた。長い間、この課題はアパレルビジネスの宿命とされてきた。この二つのロスを削減し、収益を大幅に上げる道筋を開いたのがSPAだった。
その基本はアキュレートレスポンスに基づく52週MDの確立にある。売れ筋が読めるシーズン初期商品はあらかじめ作り込み、実需期は店頭の売れ行きデータをベースにクイックレスポンスで生産する。これによって業界は初めて科学的手法=需要予測を組み入れた高粗利益率ビジネスモデルを手にした。
当初は百貨店市場を主力にブランド開発が進み、00年ごろからはSC時代に乗り、郊外市場も開拓していった。海外のSPAとは異なり、ターゲット、テイスト、立地に応じた超多ブランド政策を特徴とし、あらゆるマーケットにアプローチした。
流れが変わったのは08年のリーマンショックから。急速に価格志向が強まる中、海外のファストファッションが進出、低価格帯の市場を相当占めるまでになった。
日本のSPAは中国が世界の工場になる流れにも乗っていた。低コストで使い勝手の良い生産地があることがビジネスの前提で、長く続いた円高にも恵まれた。郊外中心にモール型SCが次々作られるようになったのも追い風だった。
■環境の変化に追いつけず
ところが、昨今は中国での生産コスト増に円安が加わり、収益が悪化した。海外のファストファッション、国内でもジーユーなどに代表されるバリュー型の大型SPAが台頭し、従来からの日本型SPAは苦戦を強いられるようになった。
生産コスト、競合ブランドの増加以外にも苦戦の理由はいくつかある。一つは00年代前半までSPAがあまりに順調に機能したことによる過信があったのではないか。業界が手にした初めての科学的手法のため、あらゆるマーケットに通用するとして、進化が止まったのではないか。
海外勢などとの競合が強まる中、原価率を徹底して下げる策が優先されたことも影響している。OEM(相手先ブランドによる生産)企業に対し、一定以下の原価率でないと取引しないというスタイルが広がっていった。かつてはデザイナー、パタンナーを抱え企画を内製化していたブランドも、外部に任せる風潮が強まった。これが店舗は全国にあっても顔がはっきりしない、魅力的商品がないと消費者に映ったのではないか。
消費者の変化もある。実質所得が減り続け、家計に占める衣料消費も回復しないままだ。ワーキングプアが1000万人規模となり、衣料は低価格のもので済ます層が増えた。選択的消費が強まり、たまらなく好きなブランドしか買わないという傾向も強まった。消費することの意味を考える層も増え、エシカル(倫理的)な消費につながっている。こうした変化にも既存のSPAは遅れたようだ。情熱を持って、社会に貢献する物作りをしているか、という点を消費者は敏感にかぎ分けている。
(繊研 2016/05/10 日付 19466 号 1 面)
企画・生産はアパレルの心臓部
■作り手もブランド開発へ
「デザイナーやパタンナーは不要」。こうした発言が、ある時期、アパレルメーカーの経営者から聞かれることが珍しくなかった。多くのアパレルがSPA(製造小売業)化に舵(かじ)を切り、かつて物作りの心臓部であったはずの機能がOEM(相手先ブランドによる生産)企業へ〝丸投げ〟されていった頃だ。しかし今、服作りの指示を待っていた工場が自前で企画・生産に乗り出し始め、小売りから出発した企業も、多くが物作りの機能を内製化しようと試みている。
■工場と共存共栄
海外ファストファッションなど大型SPAの台頭に象徴されるように、市場にはモノがあふれ、商品の同質化も進んだ。その反動か、希少性の高いメード・イン・ジャパンが最近、注目されてきた。
アイテムを絞り専門性を極めた国産SPAもある。紳士シャツ中心のメーカーズシャツ鎌倉は国内の縫製工場数社とパートナーシップを組み、業界の常識とは逆の〝少品種大ロット生産〟で共存共栄の関係を構築した。規模は決して大きくなく、国内で30店未満だが、米国にも直営店を出している。「良いものを安くだけでなく、良いものを供給し続けられる力があるから、安定した売り上げを維持できる」と強調する。
今、国内生産比率は3%を切り、国内工場は〝絶滅危惧種〟に近い存在になった。しかし、極小ながら「作ることと売ること」の機能を一体化させようと、地道にファンを増やすファクトリーブランドがメンズ分野や革製品では増えてきた。まだまだ限られた市場だが、支持を広げる商品は生まれている。数十年にわたり蓄積してきた技術力と生産ノウハウを背景に、自社ファクトリーブランドを立ち上げる企業も増え始めた。
■〝ソフト〟面も磨き
「編み立てや縫製など、作る過程を全く知らないデザイナーがほとんど」。そう嘆くのは、あるニット工場の社長だ。かつては、東京や大阪のアパレルメーカーのデザイナーが産地や工場を訪れるのは、仕事の一部だった。作り手側と密なコミュニケーションを取ることで、新たな価値を生み出していたからだが、「今は現場に来ることもない」という。この企業はコストダウン要請の多いアパレル大手のOEMをやめ、下請けからの脱却に乗り出した。
5年前の東日本大震災以降、消費者の意識は大きく変化し、作り手の顔が見え、ストーリーのある商品が支持されるようになってきたことも大きい。昨秋からスタートした純正国産表示制度「Jクオリティー商品認証事業」による需要喚起の後押しも期待される。
ファクトリーブランドの多くは、品質は高いものの、企画・クリエーション力が弱く、マーケットに受け入れられるのは容易ではない。しかし、外部のデザイナーと協業したり、小売業と組んだり、新進クリエーターを支援したりすることで〝ソフト〟面を補い、磨きをかけている。かつてのアパレルの役割を担うような意欲ある工場も現れつつある。
(繊研 2016/05/11 日付 19467 号 1 面)
見抜かれる原価率
■過去データは通用しない
「今から見れば、リーマンショックは津波だったのかもしれない」。服作りの根幹を改めて見直す契機になったのは、08年の金融危機による景気低迷だった。それまで、うまく機能していたのが、売れ筋商品をクイックレスポンスで店頭に投入する〝SPA(製造小売り)〟手法。しかし、この仕組みが急速に神通力を失った。あらゆる面で〝従来型の踏襲〟と決別する起点となったのが、この時だ。
■体力勝負は続かず
この後、日本で大勢力となったのはファストファッションなどグローバル展開する大手ファッション小売業だ。所得低下で急速に低価格志向が強まるなか、トレンド感ある売れ筋を廉価でタイムリーに供給する仕組みでは、H&Mやザラ、フォーエバー21など売上高が数千億~数兆円の大企業に優位性があった。こうした海外企業やユニクロ、しまむらなどで構成される「バリュー分野」の小売業の売り上げ規模は今、日本の衣料消費市場の47%近い。彼らが台頭し始めた頃、日本のアパレルメーカーのSPA型ブランドは、オリジナリティーの追求よりはむしろ、商品価格を引き下げて対抗しようとする動きが顕著だった。しかし、体力勝負は続かなかった。
そして、日本流SPA型の仕組みを活用する主役は、SCを主力販路とする専門店に移った。百貨店での販売を主力とするアパレルメーカーに比べ、商品の仕入れ原価を低く抑えることができたからだ。小売価格に占める原価率が20%前後の商品と40~45%の商品では、〝価値の差〟が消費者の目にも明白だったと言える。
■思惑超える情報
中~大規模の専門店にとっても、現在、SPA型の仕組みは万能とは言えない。過去のデータに基づいた前年踏襲型MDが通用しないからだ。ネットの普及で消費者の情報伝達のスピードは、もはや売り手の思惑や仕掛けを超えている。昨年のヒットが今年も売れる確率は、SPA手法が重宝され出した90年代半ばより低くなった。
例の一つが昨年春夏売れたレディスのトレンチコート。今年は売れなかった。ユナイテッドアローズは16年3月期に増収ながら減益を強いられたが、理由の一つに第4四半期(1~3月)のスプリングコートの売れ行き不振を挙げる。
秋冬の話題をさらったコーディガンも、従来の商品区分のままの対応では生まれないヒットだった。商品の分類は単品管理や工場への発注で欠かせないが、逆に言えば、その〝際〟を超える商品を生まず、際に近づかない慣習を作る面もあった。
トレンドだけではない。気温の変化も、消費者の何を着る(着たい)か、という気持ちを大きく左右する。暖冬の結果、冬物がユニクロだけでなく、しまむらでもH&Mでも、大手のセレクトショップでも販売が鈍かったことからも分かる。
トレンドや気候の変動にかかわらず、消費者の心をいかに動かすか。次のビジネスモデルへの課題が明らかになってきた。
(繊研 2016/05/12 日付 19468 号 1 面)
客の喜びを追求し続けた先に
■大手でなくても
需要予測に基づく52週MDと売れ筋の追加生産の積み重ねが、〝日本型〟SPA(製造小売業)の基本だ。消費の低迷と市場への供給過多が止まらず、この手法が消費者の目には、どこも同じことをしていると映るようになってしまった。
■垂直でなく円環
ファーストリテイリングは過去の成長を支えたSPAの仕組みを新しい次元へ進化させようとしている。企画、生産、マーケティング、店頭そして消費者へとつながっていた垂直的な流れを、円環に組み替えるという。円心は消費者であり、その周囲に物作りの各段階が位置する仕組みだ。
情報を店頭から生産へと段階的にフィードバックするのではなく、物作りの各段階が同時に把握できれば、商品が店頭に並ぶまでの時間に起こり得るトレンドや天候の変化に対応できる。売り手と買い手の間に情報入手のタイムラグがない時代、IT(情報技術)の活用で、今までより効率的に服を作り、売る仕組みにしようという試みだ。
こうした動きは、H&Mやザラなどグローバル大手の中にもある。今後ファッション産業全体に広がっていくだろう。ただ、仕組みの高度化の流れに乗るだけでは、規模で劣る企業は、ニーズに対応するスピードもコスト面でも太刀打ちできない。
■情緒も生かして
しかし、消費の二極化の中間であえぐ企業にもチャンスはある。客観的な材料を元に論理的な仕組みで臨むだけでは、ニーズを満たせないのがファッションビジネスだ。主観や情緒的な感覚をうまく生かし、大手企業と違う形で消費者に響く価値を生み出すところに可能性がある。
例えば「エシカルファッション」。倫理や道徳にかなったファッション製品を作り、売ろうとする動きでは「ステラ・マッカートニー」などが先行、日本のセレクトショップでもユナイテッドアローズの「テゲ」などがあるが、消費者のエシカルな意識の高まりに応えるほどの大きなうねりは、日本ではまだ作れていない。
消費者の求める今のライフスタイルに応える点で、サザビーリーグの手がける「ロンハーマン」も好例だ。単純に服を売るのではなく、米・西海岸のサーフィン文化やオーガニックな暮らしを背景に作り上げた「空気感」とでも呼ぶべきものが、店に客を引き寄せている。
同様にジュンの「メゾンドリーファー」やベイクルーズグループの「プラージュ」など、モデルや女優をディレクターに据えたショップも、芸能人効果ばかりに目が行きがちだが、実は梨花さんや辺見えみりさんの女性そして母親としての生き方に、消費者が共感できる市場性があったからこそ、店が増えている。
服を作り、売ることで、客に喜んでもらう。それを追求し続けた企業と、そうではなかった企業の間に、業績だけでなく消費者の認める価値という点で大きく差が開いたのが、この20年だったのかもしれない。過去に成功したことを繰り返すのではなく、日々変化する消費者の気持ちに寄り添い続けようとする姿勢が、次の成長につながるビジネスモデルを生み出す。(古川富雄、大竹清臣、高沢徹、柏木均之、若狭純子)=おわり
(繊研 2016/05/13 日付 19469 号 1 面)