【繊研新聞社創業75周年】繊維・ファッションビジネス産業の08~23年 国内外の経済変動に直面 構造改革、業界再編が進む

2023/05/03 06:30 更新


 繊研新聞社は今年7月20日に創業75周年を迎える。時代の節目ごとに、日本の繊維・ファッションビジネス産業が直面する課題や解決の方向を業界のみなさんとともに考え、その道筋を探る報道に取り組んできた。08年には、創業60周年の記念事業として、本紙で半年にわたって繊維・ファッションビジネスの60年を振り返る連載を掲載し、『繊維・ファッションビジネスの60年』(繊研新聞社刊)として発行した。75周年にあたり、その後の15年あまりの産業の変化を振り返る。

 まず経営環境を見ると、08~23年は国内外の経済や社会の大きな変動に何度も直面した。米国の金融機関、リーマン・ブラザースの経営破綻に端を発し、09年にかけて発生した「リーマンショック」と呼ばれる世界同時不況。そこからの景気回復が進みつつあった11年には、宮城県沖を震源とする巨大地震と津波が襲った東日本大震災。そして、19年に中国・武漢で新型コロナウイルスの最初の感染が発見され、20年からはパンデミック(世界的大流行)が引き起こされる。さらに、22年にはロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まり、現在も続いている。

 この間は2度の消費税の税率アップが行われ、14年には17年ぶりに税率が引き上げられ5%から8%へ、19年には10%になった。その都度「買い控え」など消費に大きな影響を及ぼした。対ドルの為替相場も大きく変動し、調達構造に大きな影響を与えた。08年当時の年平均レートは1ドル=103円台で、その後は円高傾向が続き、11~12年当時は80円前後に。その後は円安傾向に移り、15年には120円台をつけ、22年には130円台に急上昇している。

縮小する日本市場

 日本は少子超高齢社会に突入し、人口減少が現実のものとなった。労働力不足が顕在化し、生産現場を中心に外国人技能実習制度も広がった。経済成長は止まり、賃金も上がらないデフレ経済が続いたことで、消費行動は価格指向に傾いた。リーマンショックの世界同時不況のなか、ファストファッションが市場を席巻する。「H&M」「フォーエバー21」「ザラ」などグローバル企業が相次いで日本市場に進出。国内市場を舞台に「価格競争」が繰り広げられた。その一方では、所得の格差が拡大し、ラグジュアリーブランドなど高級・高額品と低価格への二極化も進んだ。

 15年以降は、SDGs(持続可能な開発目標)への消費者の関心が高まった。特に、ファッション産業の環境への負荷の高さが注目され、カーボンニュートラル、生産地での人権保護、サーキュラーエコノミー(循環型経済)への取り組みが広がっていく。

構造改革、大型再編

 こうした経済や社会の変化に対応するため、業界は文字通りの構造改革に取り組んだ。川上から川下まで、多くの企業が不採算な事業の縮小・撤退、あるいは人員の削減を実施した。それでも業績の悪化に歯止めがかからず、レナウンのように経営破綻に見舞われた企業は少なくない。

 業界再編も進んだ。倒産まではいかなくとも業績悪化や、後継者不足に悩む企業が増え、大手の事業会社やファンドによるM&A(企業の合併・買収)が相次いだ。なかには、マッシュホールディングスのように海外の大手ファンドから成長性を高く評価されたケースも生まれた。業界団体も再編を余儀なくされている。

越境ECに軸足

 事業活動では、実店舗からECへの流れが始まり、コロナ禍で一気に加速した。現在はOMO(オンラインとオフラインの融合)が重要視されている。また、アパレルや服飾雑貨を中心とした事業構造を、飲食やインテリア、ホテルなどを含めたライフスタイル型に転換する動きも進展した。海外市場開拓の必要性も高まった。アジア、特に中国市場への直接投資はリスクが発生したため、近年は越境ECに軸足が移りつつある。

 調達構造も変化した。中国のコストアップからチャイナプラスワンとして、東南アジアでの生産が拡大。中級品はベトナム、低価格な製品はカンボジアやミャンマー、さらにはバングラデシュといった地域にまで生産地が広がってきた。

 業界はこうした事業構造の変革を進めてはいるが、持続可能な産業構造の再構築とデジタル技術による変革は、まだ課題が残る。繊維・ファッションビジネス産業に限らず、日本の産業界全体の課題であろう。次回からは川上、川中、川下の各段階のこの間の動向を見ていく。

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(繊研新聞本紙23年4月21日付)



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