消費云々の前にファッションで時間を奪うには

2015/02/24 00:00 更新


 ファッション誌「エルガール」で雑誌とオンライン版の編集長を経験した澄川恭子(すみかわ・きょうこ)さん。2014年、ダウンロード数200万と急成長しているファッションアプリ「iQON」(アイコン)(運営ヴァシリー)に移籍した。

 エディトリアルプロデューサーを務める「アイコンマガジン」は、資本業務提携した講談社との協業により、今春にも大幅なバージョンアップを予定している。「女の子を可愛くしたい、ファッション情報を届けたい。この思いにずっと突き動かされてきた」という。自身の新たな挑戦を通して、現代女性の消費行動や嗜好性、ファッション業界の課題などを聞いた。(小平麻由)

 

 ”生活スタイルが一変。彼女達の時間を奪えなくなった”

-なぜファッション誌から新興アプリのアイコンに?

 前職時代からバズを生むことを意識していました。読者との交流企画「エルガールラボ」で、当時流行り始めたSNSの使い方を読者に教えながら、編集部と読者、読者と読者間のネットワークを作り、情報を投げ込めば一気に広がるコミュニティを作った。

 同時に、小型化、ポータブルもテーマだった。今では良く見るようになったファッション誌のミニサイズ。8,9年前、エルガールはこれを最初に取り入れた。欧州でトラベルサイズが人気を博していることを知り、日本でも広がると予測していた。サイズが規格外だから売り場に置けないとクレームが来て、書店と押し問答したこともありました。

 ただそれもここ2,3年を境に状況は一変した。以前は、多少減ったとは言っても、まだ電車で雑誌を見る女の子がいた。ところが最近は、女の子が見入っているのは四角い小さな箱(スマートフォン)。エルガールで、スマホ用にインターフェースを最適化したら、始めてわずか3週間で、スマホ経由のアクセスが全体の80%を超えた。この現実って何を表すのだろうか?と衝撃が走った。

 雑誌では(小型化しても)彼女達の時間を奪えなくなったのはこの頃。彼女たちにとって最も身近なツールを使う必要性に直面した。ファッション情報を伝える、女の子を可愛くする、これを適えるのに20数年前は紙でしたが、時代は変わった。

―雑誌による購買喚起は弱まったと言われるが、実際は?

 今の32歳以下は「直通電話しか掛けられない世代」と言われています。学生の頃から個人携帯が当たり前になり、連絡を取りたい相手に直接電話できたため、家庭の固定電話にかける経験が少ない。つまり友人の家族が出た時の挨拶とか、取り次いでもらうといった習慣がなく、よって固定電話にかけることを避けるわけです。

 雑誌の巻末には必ず、掲載ブランドやショップの電話帳がありますが、彼女たちは、欲しい物があったらインターネットで検索して直接サイトを訪れるか、安い物を価格比較して買う。ある時、クライアントから、電話を受ける回数が減った、とクレームを受けた。彼女達の行動パターンを考えると、雑誌は購入というプロセスから遠くなっていた。世間では、若者は買い物しなくなったなどと言われるが、彼女達は結構買っている。ただ買い方、買うブランドが分散し、さらにブランド数も増えているから、企業は実感を得られない。



女の子の最も身近なツールで発信する必要性を感じていた


―それで、インターネット。

 購買行動に直結するにはどうしたらいいか、と突き詰めて考え、答えがデジタル空間でECと連結することだった。今の時代はツールとしてデジタルが優位で、ECとリンクすることで購買行動と直結している。ただし、デジタル系企業は、システムは組めるがそこに納めるコンテンツを持たない。一方、出版業界にはコンテンツはある。この両者をミックスすれば進化すると思った。その土壌があったのがアイコンで、出版の中では割とデジタルに長けていた、という自負も背中を押してくれた。

 もう一つの理由は、出版社の頃からずっと持ち続けている、女の子にファッション情報を届けたい、可愛くしたいというパッション。出版社からIT企業と大きく変わったように思われるが、目指していることは変わっていないと思っている。

”DL数200万超、投稿数は毎日2000コーディネート”

―アイコン、アイコンマガジンの現状は?

 アイコンは、ダウンロード数が200万を超え、コーディネートは毎日2000枚が投稿されている。それとは別に、自ら投稿はしないけれど、純然たるECとして楽しんでいるユーザーもいる。気に入った商品につくライク(お気に入り登録)は、月間で500万回以上になる。

 アイコンマガジンはアイコン内のオリジナルコンテンツとして配信している。2014年5月にVol.1を出して、購読者数はまだ多くない。ただし、無料購読期間を設けていて、その利用率は200万DLに対して40~50%で見られている。配信頻度は、今のところ月一回で、2015年2月までに10号まで出した。



ユーザーが気に入った商品の写真を、コラージュ風にコーディネートして投稿するのがアイコンというアプリだ

 

―アイコンマガジンは、まとめサイトや一般のスマートフォンアプリにはないクオリティーを感じさせる。製作体制は?

 作り方は大きく分けて2通り。まずモデルカットは、雑誌の時と同じ手間隙をかけています。スタイリスト、カメラマン、モデルを手配し、商品をリースして撮影する。完全にオリジナル。もう一方は、設定したテーマに沿って、アイコンの中にある在庫データから引き出し、編集する。



アイコンマガジン最新号の表紙。雑誌制作と変わらない手間隙をかける


 今、商品情報を共有しているアライアンス企業は、約80社。ECに誘導し、購買が成立したら成果報酬を受け取る仕組み。ユナイテッドアローズやベイクルーズなどセレクトショップ、セレクトスクエアやマガシークなどのECモール、フォリフォリ、グッチといったハイブランドなど幅広い。画像は無尽蔵にあるため、できない企画はないくらい自由な発想でチョイスすることが可能です。

 見せる時は、ハイブランドとロープライスの商品をミックスで、コーディネートしています。ユーザーは、コンテンツを楽しむ過程で、気になる商品をライク(お気に入り登録)しておけば、後々、在庫が少なくなった時、値下げした時に、通知を受け取ることができる。買いたい気持ちが高まっている時に通知を受け取れる仕組み。

 アライアンスは無料(タグを埋め込んでもらい、アイコン経由で買ったとわかるようにするだけ)なので、自身では集客に限界がある小規模なブランドやサイトも参加しやすい。画像データを共有してもらうだけで、初期投資なく送客できる。アイコンは自身では、商品を販売していないが、ある意味で、巨大なセレクトショップだと思う。

”購買と距離が近い。7万円のワンピースが在庫切れになる”

―コンテンツ制作で、気をつけていることや、紙にはない面白さは?

 アイコンの基本サービスは、提携ブランドから集めてきた豊富な商品写真をユーザーに開放し、それぞれのセンスでコラージュを制作してもらうこと。それが最大のコンテンツだが、ともすれば、商品や物の羅列ばかりになり、情報が単調になりがち。顔が見える人が実際に着用している様子やそのシーン、また人が着ることによる躍動感など、情報に幅を持たせることで、ユーザーのインスピレーションが広がり、モチベーションも高まります。

 なので、アイコンマガジンでは、モデルさんやブロガーを出して“人感”をだすことが大事。加えて、コレクションに基づくトレンド情報やプロのスタイリストによるスタイリングなど、ファッションの一次情報を正しく伝えて、ユーザーの興味を引き付けていきたいと考えています。

 面白さは、やはり購買と距離が近いこと。ユーザーの嗜好にマッチした商品をプッシュできるため、7万円もするワンピースが在庫切れになったりする。

 


好き嫌いを○×で答えていくセレブタイプ診断。結果をシェアするとより深い情報が得られるなど、デジタルならではのコンテンツだ


 またデジタルならでは、で言うと、ユーザーがイエス、ノーを判断していくと、着こなしの参考になるセレブのタイプを診断してくれるコンテンツを作った。診断結果をSNSでシェアすれば、もっとたくさんのスナップ写真が見られる、という風にした。こういったユーザーの蓄積データは、マーケティングにもつながるため、タイアップを組んだ企業にフィードバックしている。意外なことが見えたり、世代別の嗜好がわかったりする。今後は、デザイナーのアイディアの一つになるだろうし、生産量を決める材料としても使えるのではないか。

―逆に、見せ方や表現で紙にはない難しさはなかったか? 

 サイズに関しては、雑誌もミニ版で出していたからスマホが小さ過ぎるとか、大きな差は感じなかった。逆に、デジタルはインタラクティブなコンテンツや動画配信など何でもできて、選択肢があり過ぎることに苦労した。本は右開きが左開きかで決まっているし、残りのページ数も視覚的にわかるが、スマホは違う。見方、触り方、使い方は千差万別で、どうとでも使えてしまう。何が大衆的に正しいのか、楽しいのかが、雑誌のように一通りではないのが一番苦労した。

 その点をクリアにするために、とにかく多くの女性や企業に協力してもらって、黙って差し出してまず使ってもらった。仕様が不適格とわかれば、一からシステムを組み直した。人の動きを予測するのは本当に難しく、立ち上げてから半年くらいは、これを徹底的にやりましたね。

 


マガジンをスタートしてからの半年間、スマートフォンの使い方、触り方を徹底的に研究した


”ゲームではなくファッションに時間を使ってもらうアプローチを”

―今後の展開は?

 今春から、資本業務提携している講談社と、現場でのアライアンスが本格化します。それに伴い、アイコンマガジンもリニューアルし、コンテンツがリッチになる。これまでは月一配信でしたが、デジタル時代にそれは少ないと思っていた。配信頻度を上げ、スピード感を出す。そして一回一回を、現状のようにここまで作りこむのではなく、もっとライトにして、明日すぐ使えるような情報をより気軽に出していく方向です。現状の月額300円を、思い切って無料にする可能性もある。



引っ越したばかりの新オフィス。広い空間はスタジオとしても使え、マガジンの物撮りや自撮りを行うことも

エンジニアの作業スペース。オフィスはどこも開放的な造り


 もう一つ、温めてきたことがあります。アイコンには、毎日膨大な数のコーディネートを投稿するユーザーがいて、これが財産。人気ユーザーの投稿には、1700ものライクがつく。これを最大限生かしたい。そこで、デジタル空間でありながらリアルな体験を提供していく。



センスのある個人と企業を結ぶ足がかりとして「アイコニスタ」を始めた


 そんな中、今年始めたのが「アイコニスタ」です。定期的にスタイリングコンテストを実施し、実力のあるユーザーをアイコニスタとして認定します。5回選ばれると、ブランドアンバサダーとしてブランドの商品のスタイリングに関われたり、アイコンマガジン内のスタイリストとして活躍したりする機会を提供する。第1回のテーマは「アレクサ・チャンをイメージしたコーディネート」で、ライク数やPV数、エディターの評価を総合して、15人のアイコニスタを選出した。

 ユーザーは、自分が投稿したコーディネートを通して、自身のセンスが評価されることでエキサイトしていきます。ただ今はデジタル空間上の仮想体験。飽きが来たらいずれ離れていってしまう。そこで仮想体験からリアル体験に移していくことで、定着をはかる。雑誌が読者モデルやブロガーを生んだのと、同じことを考えています。ユーザーが自分のコーディネートを投稿し、そこにファンがつき、私達マガジン側が取材することで、コンテンツが出来上がっていく、といったような。

―スタートトゥデイのファッションアプリ「WEAR」(ウェア)と真っ向勝負?

 外から見ると、ウェアが競合と思われるのですが、ウェアは本人のスナップ・自撮りで、アイコンは商品のみのコーディネートで、全く別物。エディターまではいかないけれど目利きで、読者モデルやブロガーのように自分は表に出なくてもセンスは生かしたい、という人たちのための場所を作る。本当にプロのスタイリストになれる人は、多くはないだろうけれど、才能を閉ざしてしまうのではなく、彼女達のセンスと企業をマッチングする役割を担っていきたい。

 アイコンのユーザーは、学生~40代と幅広く、第一回のアイコニスタ受賞者は30代が多かった。例えば主婦だったとして、子供が居て家にいながらにしてセンスを生かすことが可能になる。アレクサ風のセレブなスタイリングを組めるセンス集団をこれから先、出していき、ユーザーにそういった体験をさせながら、エンゲージメントを深めていく。今はブランドにとって、センスを磨いたり、教育したりするのが難しい時代のため、センスや才能を提供していくことができたら、ウィンウィンのはず。今年中にはトライし、ゆくゆくは、アイコンを飛び出して、リアルショップのショーウィンドーをアイコニスタがジャックする企画なんかできたら、と思う。

-2014年秋冬商戦は、ファッション商品が売れなくて、業界全体が苦戦した。



ファッションに時間を使ってもらうための努力がファッション企業には必要という


 実店舗は売れなくなっているというが、アライアンス企業とミーティングしていると、ECは伸びている。当社の売り上げも、大きく伸びている。アイコン経由の売り上げが月間2億5000~3億円いくことも。

 2013年は、消費者はまだまだECに消極的で、失敗のないVネックセーターやあったかインナーなどベーシック品や日用品は売れても、ファッション商品は売れにくかった。2014年はECに積極的な企業が増え、ファッション性の高いものや高単価なものが売れていっている。リアル店舗の方は弱くなっているが、逆にECは信頼性が高まっている。アイコンがスタートして3年を超え、アライアンス企業も20、50、60、80社と年々増えてきた。

 業界共通の課題は、SNSで承認欲が満たされてしまい、消費欲が後退していることでしょう。若年世代へのケアというのは大人たちがして来なかったというのがあり、例えば雑誌社はバブル世代を追うあまり、彼女達にファッションの憧れを植えつけてこなかった。ファストファッションを卒業後、高い物に憧れない世代を作ってしまっている。

 その後、四角い箱(スマートフォン)が台頭し、何をしているかと思えばほとんどゲーム。ファッション消費を活性化していこうと思ったら、彼女達から時間を奪わなければならない。ゲームではなくファッションに時間を使ってもらうためのアプローチが必要です。そこを刺激する努力をファッション企業に求められる。

 年齢をある程度重ねれば、社会的に認められる機会は増えるけれど、若い頃は仕事でなかなか評価を得にくい。その分、見かけで認められたいというのは根強いと思う。今はSNSが主流なので、自分や自分の話題を投稿する。よって、おしゃれになることに貪欲な世代であるはずで、そこへのアプローチが必要。30,40代にそうだったように、改めてファッションの憧れを見せることから始め、一から作り上げていかないといけない。

”やっぱり皆認められたい。そこを刺激しながらリアル体験をちゃんとやる”

-今時の女の子達をどう捉えている?

 若い女の子の心理として、「誰かに認められたい」「何者かになりたい」という承認欲求があり、今も昔も変わっていないと思う。コンテンツ制作は、承認欲求を刺激できるかに尽きる。雑誌時代からずっとそれを考えてきた。やっぱりみんな認められたい。よって30歳前後までは「何者かになれる」「誰かが価値を見出してくれる」、そういったきっかけを見せると引き込める。だから、アイコニスタでセンスを生かす場を提供する。

 デジタルコンテンツは、現実の生活と結びついていかないと、ユーザーとの関係性が継続するとは言えない。ユーチューブは、再生回数に応じてお金が入るというリアルがあるから、ユーチューバーという職業が話題のように、参加する人が増え、ますます広がっている。よって、リアル体験に落とし込むことが何より重要で、それが私達の今の課題。ただしSNSは強みがあり、そもそもリアル体験と密接だから、リアルに返る流れを作ることは比較的やり易いはず。

 アイコンは承認欲求を満たす仕組みを作りながら、アイコンらしいリアル体験をちゃんとやる。リアル体験がないと読者やユーザーとのエンゲージメントは深められない。だからリアルイベントをしたい。すると、女の子はもっと集まってきて、実際の行動や購買につながっていく。

―メンズはやらないのか? 

 アイコンの特徴は、商品をコラージュ的に見せるコーディネートなのですが、男子ってそもそも、コラージュしないんですよね(笑)。それと、女性と比べて男性は、購買欲求が低いので今のところ予定はありません。直接的にECに参入することは全く考えにないので、女性にとっての引きがコラージュだったように、男性版の引きの強いコンテンツが見つかれば、その時考えます。

 


リアル体験までコンテンツを広げ、ユーザーとの関係を深めようとしている


―これからのファッション編集者で、澄川さんのような動き方は増えていく?

  増えていくのではないかしら。否が応でも、デジタルという流れに飲み込まれていくでしょう。情報が有象無象にある時代において、編集者は一つの目利きだと思う。情報の真偽に対して編集者一人ひとりがフィルターになるような、確かな情報発信源として機能や価値が求められていく。

 「出版社や新聞社=正しい情報を持っている」という構図があったと思うが、「これからの編集者はいろんなものを見て、たくさんの人と会っている=正しい情報を発信する目利きの人」。例えばファッションブランドは、EC運営しながら、多くはコンテンツがなくて困っている。紙媒体で編集者があぶれた時、コンテンツメーカーとしての強さを発揮できる場所は、デジタルにある。

 今の若い子達を見ていると、「ブロガー兼○○」とか色んな肩書きがありますよね。アメリカ版エルのスタイルディレクターは複数の肩書きを持っていたり、ハーパスバザーの編集長が自分の個人的なサイトを立ち上げていたり、ここ1,2年は世界でそういった動き進むのでは。目利きだからECが売れて、自身のサイト立ち上げて、とか。

-元々、SNSやデジタルは得意?

 私自身は実はアナログで、巻き込むのが好きなだけ。ツイッターも最初はよくわからないながらいじり始めて、不特定多数の読者が反応してくれて、深いエンゲージメント生まれていくのが楽しかった。大衆の目を持っているのがラッキーなのかも。自分自身が巻き込まれやすく、それを客観視してコンテンツやサービスに生かしているため、巻き込むことができているのだと思う。

 


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