24年9月、ニューヨーク・ブルックリンの住宅街にオープンしたメンズのセレクトショップVen.Space(ヴェン・スペース)が、ニューヨーク中のファッションコンシャスな消費者を引き付けている。
(リテールリサーチャー・江原理恵)
心地良い空間
丁寧にセレクトされた質の良いアイテムの数々、理想のシューズクローゼットを体現したかのように配置された靴、プリミティブなテイストの花器。それらがダイニングテーブルのように中心に設置された什器にセンスよく配置され、石の置物やイサムノグチのランプと一体化し、ギャラリーのような雰囲気を持つ心地良い空間を生み出している。
初めて店を訪れたのは、平日水曜日の午後3時ごろ。住宅街の角地にあるこの店にはすでに買い物客が数組いて、接客で声を掛けてきてくれた男性スタッフは自分の名を名乗り、同じようなセンスを持った服好きの仲間であるかのようなコミュニケーションを取ってくれたのが印象的だった。
ほどなくして先の客がうれしそうに靴を購入していくのを見て、この店は他の店と何かが違うと強く感じた。2度目に訪れた際も、オープンと同時に買い物客がやってきて同じように店を去った。
10年以上ニューヨークのリテールをリサーチしてきたが、これほど目の前でどんどん物が売れていくセレクトショップを見たのは初めてかもしれない。ウェブサイトもなく、観光客もいない。ニューヨーク中の服好きがこの店をはるばる訪れているのだ。
現在、「ジル・サンダー」「ザ・ロウ」「マーガレット・ハウエル」「ステューシーアーカイブ」などラグジュアリーからストリートまで40のブランドを扱っている。小さい店ながら小物類も充実しており、自分らしいエッセンシャルなスタイルが見つけられる。
多くの人気商品は店頭に出すとすぐ完売してしまう。例えば、人気の高いブランドの一つである日本の「コモリ」は、届いた段ボールを開封する間に完売してしまう勢いだったという。
適正なサービス
店を立ち上げたクリス・グリーン氏は、96年にバージニア州のメンズセレクトショップ「ニードサプライ」のストックルームでキャリアをスタート。やがてヘッドバイヤーへと昇進、さらにグループ店であるシアトル発のセレクトショップ「トトカエロ」のヘッドバイヤーも兼務するようになった。長年「オープニングセレモニー」や「バーニーズ」といったセレクトショップの台頭やECの普及、パンデミック(世界的大流行)など、小売り業界を取り巻く浮沈を業界の中から見てきた1人だ。
かつて隆盛を誇った店が市場から姿を消し、新たな買い場として存在感を持っていたECセレクトショップも統廃合が繰り返されているのが、今の現場だ。情報に精通した現代の消費者が、オンラインでもオフラインでも適正なサービスを受けられていないことに気付いたグリーン氏は、自分の店を持ちたいとの考えに至った。
そこで、住むエリアにほど近い場所に、自分の目が届く規模で、数人の信頼のおけるスタッフと実店舗を作る事にした。店頭にはベンチが設置されており、週末開かれるファーマーズマーケットの帰りにも寄れる、地域にも開かれた店でもある。これからまた起きるリテールの変化を予感させる店だ。
■江原理恵(えはら・りえ)
証券会社、ベンチャーキャピタルを経て、通販事業を自社で運営するリテールコンサルティング会社を設立。現在は拠点をニューヨークに移し、リテールビジネスリサーチャーとして活動中。