「パリって、そう言えばファッションの都だったよね?」
近い将来、こんなことにならないように、2016年は仏政府が産業としてのモード/ファッションに力を注いだ年だった。モードと経済の関係を数字で見ると、「ファッションの都パリ」を繁栄させなければいけないことがよく分かる。
仏国立モード研究所の調査結果によると、
ファッション産業の年間売上 1500億ユーロ(うち輸出額330億ユーロ)、国民総生産の2・7%
仏経済にとって自動車や飛行機よりも、モードが大切なことを納得させる。
この数字を発表するために、10月のファッションウィーク中にクチュール連盟と婦人プレタポルテ連盟が合同でカンファレンスまで開いたほど。国の動きとしては、仏文化・通信省が南仏イエール国際モード&写真フェスティバルの展覧会をパリで開いたり、同省が経済・財務省と協業でキーパーソンを招きファッションフォーラムを立ち上げた。
ラグジュアリーの停滞に危機を感じているこのセクターの大企業は、仏経済委員会と共同でラグジュアリーフォーラムを創設。雑誌『ヴォーグ』も業界の新しいチャレンジに向けたフォーラムを開いたりと、おかげさまで取材の数が今年はどーんと増えた。
「クリエイションの国際都市パリ」のために
フォーラム創成期2016年(と勝手に呼んでいる)に、クリエイションのインキュベーターとして10周年を迎えたのがパリ市が運営する Les Ateliers de Paris / レザトリエ・ド・パリ(パリの工房)。
これが持つ機能は、一言でまとめれば、若手クリエーターに格安の家賃で仕事場を、そしてパリ市の持つリレーションでビジネスコーチを提供する。
このパリ市の工房から、モード、デザイン、クラフトの分野で、これまでに100人以上が巣立ち、現在クリエイティブの第一線で活躍している。
インキュベーターとしてのアトリエ
Les Ateliers / レザトリエ、とフランス語で複数形になっているのは、パリ市内に3つのアトリエがあるから。
バスティーユ(12区)とヴォルテール(11区)のアトリエでは独立3年未満の33人のデザイナー(モード、オブジェ)とアーティストたちがプロジェクトの創作に励み、もうひとつ12区のアトリエでは会社を立ち上げ2~5年の手工芸の5ブランドが活動している。
アトリエを使用できる期間は最長3年間。家賃は年間で(税抜き)、1年目150ユーロ/1平方メートル、2年目180ユーロ、3年目200ユーロ。
レザトリエ・ド・パリでは、インキュベーターだけでなく、会社設立から設立後に必要な様々なサポートを行なっている。企業へのコンサルタント料金は1時間25ユーロ、と 0の数がかなり少ない。
レザトリエ・ド・パリのディレクター、フランソワーズ・サーンスさんは、「私たちは貴重で有効的なアドバイスをしているので、価値があることだと分かってもらうために、一応少額ですが有料にしています」と囁いた。
アトリエに空席ができると、レザトリエ・ド・パリのHPとニュースレターを通し公募が始まる。パリ市民でなくても、世界中の誰もが応募できる(言語は英仏)。11年、14年には日本人デザイナーもここで創作活動を行った。
候補者は、ブランドや会社としてのプロジェクトとブックなど必要書類を提出。第1次審査を通過したら、今度は審査員たちとの面接で決まる。アトリエに入ったら、1年後の結果について話し合い、続けるかどうかは本人次第。
レザトリエ・ド・パリは京都、大坂、シカゴ、ブエノスアイレス、モントリオールとクリエイターの交換や、協業商品を企画したりと、国際プログラムを積極的に行っている。また年6回無料の一般に無料の展覧会を催し、そこでアトリエのクリエイターたち、アトリエ出身者たちの企画した製品を披露しながら販売。展覧会には年間2万5000人以上が来場するそうだ。
パリ市内のブティックなどでポップアップも開設し、セールスにも力を注いでいる。これだけでなく毎年、仏婦人プレタポルテ連盟、ギャラリー・ラファイエットをパートナーに、デビューしたてのクリエイターを対象に、パリ市クリエイショングランプリを選出し、奨学金として8000ユーロとビジネスサポートを与えている。
例えばデザイナーのクリスティーヌ・フング。彼女は11年に独立。同年にこの賞のモード部門を受賞後、レザトリエ・ド・パリからオフィス兼アトリエの物件が提供され、アタシェ・ド・プレスもつけてもらい、独立の基盤を固めていった。
バスティーユのアトリエへ
オペラ・バスティーユからちょっと歩けば、レザトリエ・ド・パリのひとつ、ラ・レジダンス・デザトリエ・ド・パリがある。
ジャンポール・ゴルティエの店舗ビルを改装した面白い作りで、ここにはデザイナーズ・アパートメント展で名前が売れて来たコラリー・マラベル、テキスタイルデザイナーのローランス・アゲール、今注目のペーパーデザイナーのアリーヌ・ウデ=ディボルトら12人のクリエーターが活動している。
ここの総面積は5フロア800平方メートル。1階は、おやっ!ブティックみたいな展示スペース。このフロアで年6回の展示販売が開催される。
モード、テキスタイル、オブジェとそれぞれの分野のデザイナーが日常的に情報交換できる場は他にあまりないでしょ。こうしたカルチャーミックスされた場から、いろんな発想やインスピレーションが生まれてくるのだろう。
アトリエでは毎月ミーティングを開き、プロジェクトの進行具合を報告しながら、グッドニュースやそれぞれが抱えている悩みを語り合うそうだ。
実際、アトリエのクリエーターたちは本当にオープンで、パリ特有の閉塞感を吹き飛ばし、「ここってニューヨーク!」と錯覚を起こしそうだ。
ディレクターのフランソワーズさんは、「オープンなアトリエなので、「私が私が」という自己顕示欲の強い人には難しい」と話す。17年1月で4年目を迎える京都市とレザトリエ・ド・パリのプロジェクトのためにも、フランソワーズさんは毎回勢力的に動いている。
このプロジェクトでは、アトリエの選ばれたクリエイターたちが京都の伝統企業のために欧州市場で売れる商品をコレボレーションする。
この1月から、バスティーユのアトリエでその商品たちが展示販売される。
10年前にはクリエーター6人でスタートしたレザトリエ・ド・パリ。「クリエーションの国際都市パリ」のミッションために、これからもプロジェクトはどんどん大きくなる。
30, rue du Fbg Saint-Antoine 75012 Paris
松井孝予
(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。