縫製工場のオノギ 「縫えません」は言いません

2020/10/12 06:30 更新


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 オノギ(岐阜市、小野木博雄社長)は裁断に強みのある一貫生産の縫製工場だ。「縫えないは言わない」をモットーに高品質な物作りを追求。商社やアパレルメーカーから受注し、大手セレクトショップや専門店向けの商品を縫製している。昨年からは若手工員の採用をスタートし、日本人技術者だけで運営できる工場を目指している。

(森田雄也)

CAMで裁断内製化

 強みの一つは豊富な設備。ミシンは本縫い30台から始まり、2本針、3本針、ルイス、袖付け、電子ボタン付け、サージングなど様々な特殊ミシンを計30台配置する。「うちに縫製依頼が来るのは、技術力に期待してくれているから。『ミシンが無いから出来ない』とは言いたくない」(小野木社長)。要望があった商品を縫うためにミシンをそのつど購入するうち、ここまで増えたという。

 裁断は外注が主だったが、内製化するために、18年にCAM(コンピューターによる生産)を導入。取引先から提供されたパターンデータを転送し、即時に正確に裁断が出来るようになり、効率が大幅に向上した。

 採算が合いにくいため基本的にプレスは外注だが、人体プレス機、ボックスプレス機なども配備し、必要に応じて自社プレスも可能だ。

 工場は岐阜県池田町と岐阜市内にある。トップからボトムまで、布帛もカットソー製品もオールジャンル縫えるのが売りだ。

 池田町の工場は中国人技能実習生15人と日本人管理者2人で構成する。縫製レベルの高い技術者が揃っているため、数量や縫製難度に応じ、ラインは柔軟に構成する。ロットは100~1000枚まで対応可能。

昨年から新卒採用をスタートした岐阜市内の工場には日本人の若手が働く

HP立ち上げ応募増

 岐阜市内の工場は、4年前の本社移転を機に設けた。「技能実習生が集まりにくくなっているし、制度自体が不安定」と考え、将来的に日本人で運営できる工場を整備するためにスタートした。

 当初は採用がうまくいかなかったが、3年前にホームページを立ち上げたことで、応募が来るようになった。地元岐阜の高校や愛知県の専門学校から昨年2人、今年1人を採用し、現在は30代の中堅1人と3人の20代若手工員の4人体制。来年にはさらに2人が入社予定だ。

 池田町の工場とは違って、大きなロットには対応できないため、30~50枚の小ロット品の縫製を中心に担う。「若手だが縫製技術は高い」とし、小ロット、高品質な物作りができる工場として打ち出す。岐阜県既製服縫製工業組合が開いている縫製研修へ参加させ、より技術力の高い工場を目指している。

 コロナ禍にあって、現在は自粛しているものの、毎月小野木社長と息子の小野木裕介専務が東京や大阪に出向き、営業に回っている。「動かないと仕事は来ない」と意欲的だ。

 同社は1989年に裁断を事業として小野木社長が創業した。不景気で裁断ロットが小さくなり採算が合いにくくなってきた頃に「居抜きで入って縫製工場を運営しないか」との話があり、縫製工場に転業した。

「10年先を見据えて、日本人技術者を育てていきたい」と話す小野木博雄社長

(繊研新聞本紙20年9月16日付)


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