《私のビジネス日記帳》失ったら取り戻せない技術 佐藤繊維社長 佐藤正樹

2026/08/13 06:25 更新NEW!


 今年に入り、日本の工場がものすごい勢いで倒産しています。5月には、愛知県一宮市のある紡績工場が廃業したのですが、そこでしか紡げないような特殊な糸を作る工場でしたので、自社で買い取ることにしました。自社の従業員5~7人が一宮市に3、4週間泊まり込み、機械を山形県寒河江市にある私たちの工場に移設しました。直近では、新潟県見附市の整理工場と山形の染工場の機械を受け継ぎ、それぞれの社長に山形の工場まで来てもらい、設備や技術について教わりました。

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 50年前、全国に1万910社あったニット工場は、今では約1200社まで減りました。紡績、撚糸、染色加工、丸編み、横編み、機屋など工場の横のつながりが大事な時代になると感じます。自社ブランドでは、米沢織で知られる山形、桐生、浜松、新潟、大阪の産地と組み、独自の生地を作っています。

 30年前は山形のとても小さなニット工場でした。当時、技術力は全くありませんでしたが、どうやったら生き残れるかを必死に考えました。物作りの現場には、失ったら取り戻せない職人の技術がたくさんあります。自社では設備増強を繰り返し、糸から最終製品までを一貫生産できる環境を整えました。機械はこの10年で17、18社の工場から運んだでしょうか。布帛から編み地、インナー、靴下、アウターまでウールに関わるものなら何でも、変態的と言われるほどにこだわり抜いて作ることで、存在感を際立たせていると思っています。

(佐藤繊維社長 佐藤正樹)

 「私のビジネス日記帳」はファッションビジネス業界を代表する経営者・著名人に執筆いただいているコラムです。

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