映画『レッツ・ゲット・ロスト』のリマスター版が、初公開から40年近くを経て再上映された。写真家のブルース・ウェーバーが脚本と監督を手掛けたジャズ・ミュージシャン、チェット・ベイカーのドキュメンタリーだ。
叙情的なトランペット奏者にして、中性的な声が魅力のボーカリストでもあったベイカーは、端正なルックスも相まって20世紀半ばにアイドル的な人気を誇った。一時はドラッグに溺れ、保護を受けるにまで落ちぶれたが復活し、58歳でこの世を去るまで演奏活動を続けた。
ウェーバーがこの作品を撮影したのは87年。キャリア最晩年、57歳のベイカーは長年の荒れた生活で肌には深いしわが刻まれ、若き日の美貌(びぼう)は見る影もない。
だが「ラルフローレン」「カルバンクライン」の広告で名をはせた写真家が撮った、老いたミュージシャンの姿は不思議と魅力的だ。作中で披露するトランペットの音色や歌声も、全盛期のキレやハリはないが、肩の力が抜け、枯れた味わいがある。
「アニエスベー」が提供した衣装も見どころだ。フリンジ付きのブルゾンにローゲージのセーター、ピンストライプのスーツなど、どんな服もしわくちゃな顔のベイカーに似合う。味のある演奏のためだけでなく、服をスタイリッシュに着るためにも、若さや見た目の良さ以外にある程度の年季が必要なことがよくわかる。
