生成AI(人工知能)の利用率が日ごとに高まっている。問いを投げれば整った文章や企画案が瞬時に示され、仕事が一段引き上げられたかのような感覚を覚える。利用者の意図に沿う回答は、完成度の高さゆえに説得力を帯び、短時間で一定水準の成果物を得られる安心感も広がっている。
その結果、自分の能力が補完されたと錯覚しがちだ。だがAIは必ずしも正解を示すわけではない。論理が整っていることと、妥当であることは同義ではない。前提条件が誤っていれば、導かれる結論もまた揺らぐ。
補完とは不足を埋めて完全な状態にすること。補助は不足部分を助けることにとどまる。現状のAIは後者だろう。効率を高める力は大きいが、最終的な判断と責任、そして価値の創出は人に委ねられている点を忘れてはならない。
今後、精度はさらに向上していくにせよ、道具であることの本質は変わらない。だからこそ自らの能力を磨き続ける努力を再認識すべきだ。便利な錯覚におぼれず、個の力を引き上げていく姿勢こそが、一層問われることになる。
(樹)
