会社の近所に週1回やってくるフードトラックによく通っていた。一番人気はジャークチキンだ。スパイスに付け込んで焼いた鶏肉をターメリックライスの上にかけた弁当は、ボリュームがあって味が良く、価格も手頃なため人気があった。トラックが来る日には近所に勤める会社員たちが買いに訪れ、長い列ができた。
行列に並ぶうち、切り盛りする夫婦と言葉を交わすようになっていたのだが、今年に入ってすぐ「3月で廃業する」と告げられた。コロナ禍以降、ガソリンや鶏肉の価格が上がり採算が厳しくなっていた。ここ数年はやむなく何度か値上げをしてしのいできたが、4月から米の仕入れ値が2倍になると業者から聞き「力尽きた」。
トラックで自分の料理のファンを増やし、お金をためていずれは常設店を出す考えだと聞いた記憶があったが、止まらないインフレに米不足が追い打ちをかけた格好だ。「やめてからしばらくはゆっくり過ごし、夏には夫婦揃って日本を離れタイの日本料理店で働く」と教えてくれた。
フードトラックを始める前からの知己の飲食店に料理人としての技量を買われ、声がかかったらしい。所得水準が一向に上がらない日本で良い物を安価に提供し続けるより、腕に覚えさえあれば、経済成長が続くアジアなど海外で働くほうが稼げる時代なのかもしれない。