90年代初めと記憶する。取材の合間に中国・武漢の市内を歩いていると、不用品を売る露店街があった。店先で一際目立つのが山積みの「毛沢東語録」。毛沢東が主導し、「文化大革命」と呼ばれた権力闘争の間、聖典に近い扱いをされていた赤い小冊子である。同行の氏が「毛沢東の時代が終わったことを象徴するような風景ですね」とつぶやいたことを思い出す。
文化大革命ののろしが上がったのも武漢。既に70歳を超えていた毛沢東だが、市内を流れる長江を泳ぎ自らの存在感を誇示した。遊泳する写真は新聞の1面トップを飾り、中国全土に発信される。その後、毛沢東は北京に戻って再び権力を手にする。いまだ議論が続くが、文化大革命は中国の経済発展を20年、30年遅らせたとも言われる。
文革が終わり、鄧小平が主導した改革開放路線は、中国を世界の大国に押し上げた。何よりもその成長の速さは群を抜く。残念ながら、日本は米国と中国という大国の間で、日に日に存在感が薄れている感だ。
世界が少し落ち着けば、ウイルスの発生源を巡り武漢に焦点を当てた議論が始まるだろう。米中の応酬も激しさを増す。ただ、良くも悪くも中国抜きに日本の経済成長が語れないのが現実。感情論に流されることなく、中国という国の歴史と現実を冷静に捉えていかねばならない。