名古屋の老舗百貨店、丸栄には子供服の名物バイヤーがいて、アポイントなしでも時間があれば取材に応じてくれた。子供服に精通し、話し出すととまらない。子供服のMDだけでなく、七五三やお宮参りなどの年間行事や歳時の成り立ちを、売り場の奥の事務所で閉店時間も気にせず、教えてくれた。気さくな社風なのだろう、婦人服や紳士服にも気安く話をしてくれる課長や主任がいて、何も知らない駆け出しの記者を教育してくれた。
母体の十一屋は1615年の創業。大阪夏の陣で豊臣家が滅亡した年だ。先月末で閉店し、400年の歴史に幕を下ろした。閉店する1カ月半前、同店7階の特設会場に大きなボードが置かれた。
訪れた客がメッセージカードに思い出を書き込み、それをボードに掲示する。日を追うごとにボードは増えていき、閉店までに寄せられたメッセージは1000を超えた。「制服を買った」「プロポーズされた」「指輪を買った」など、大切な思い出が感謝のことばとともに書き入れてある。
百貨店は都市のインフラなのかもしれない。いつでもそこにあって、行けば何かある。「利用していない」という人も、なくなるとさみしいという。電気やガスのようにないと困るものではないが、誰でも迎え入れてくれる懐の広さは、社会に必要な基盤だからだ。