岡山県民が「パン好き」というイメージは世間一般にあまり知られていませんが、実は世帯当たりの購入量は全国ナンバーワン。省庁のデータでも無類のパン好きということが裏付けられています。そんな岡山県から、パン業界へ新しい価値観を持ち込む企業が現れました。今回は、ベーカリー「メルシーライフオーガニックス」を展開するメルシー(岡山市)をご紹介します。
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アパレルのスキルで
21年9月、東京・練馬にメルシーの第1号店がオープン。その後、岡山県内を中心に出店を進め、24年4月30日開設の店舗で10店目を数えます。同社の代表取締役会長で、マーケティング戦略を手がけるのは、アパレル大手ストライプインターナショナル(岡山市)の創業者でもある石川康晴氏。パン職人歴20年のベーカリーシェフ渡邊大氏とタッグを組み、天然由来の原材料にこだわった健康志向のパンを提供しています。
食感を追求して12層重ね(27層が一般的)を実現したフランス産発酵バター使用のクロワッサンが看板商品。オリジナル商品を数多く開発し、常時50種類以上の商品を展開しています。開発にあたっては、パリや韓国といったトレンド発信源の食の流行を現地で調査するほか、SNSに投稿されるパンやスイーツの傾向まで商品に反映する徹底ぶり。また、店舗内装から包装紙に至るまで、ブランディングに欠かせないクリエイティビティーを隅々まで導入しています。こうした戦略が完売を連続させ、営業時間を待たずして早々と閉まることも少なくない人気店となりました。
さらに、バックオフィスのDX(デジタルトランスフォーメーション)化、教育のIoT(モノのインターネット)化、営業時間の設定によってパン業界で常態化している長時間労働の是正に向き合うことを重視。需要予測と実購買のデータをもとにした食品ロスの改善、「こども食堂」へ定期的にパンを提供するなど、創業時からSDGs(持続可能な開発目標)を意識した取り組みも続けています。
商品開発やブランディング、マーケティングから社会貢献活動まで、町のパン屋さんとは一線を画す経営計画は、アパレルに精通したものであり、私には既に大手企業のいでたちをほうふつとさせます。
リテール×テックで
24年1月から、同社は岡山で、3社協業によるサブスク型のパン早朝宅配サービスを開始しました。焼いたパンを翌朝に届けるのは国内初。アプリの開発・運営は「デジタルアート」でも知られるチームラボが手がけ、地元新聞社が配達網を生かして各家庭へのラストワンマイルを担います。
「岡山発、日本初の業態で、パンが朝自宅に届く新たなライフスタイルを提案していきたい。リテール・ベーカリーにテックを加え、全国30万会員、国内500店を目指していきます」(石川会長)。
スタートアップ企業を後押しする機運が高まる中、同社のアントレプレナーシップ(起業家精神)には、特に地方が参考にすべき点が多いのではないでしょうか。〝ガチガチ〟のビジネスに欠けてしまいがちな「ファッションの感性」がいかに応用可能で有効であるか、その好例だと思います。ぜひ、おしゃれでおいしいクロワッサンを一度ご賞味ください。