《連載 次代への襷》⑤ オイカワデニム (本紙1月22日付け)

2013/06/18 21:08 更新


 「今回ばかりは地域にこだわろう」。東日本大震災から5カ月余り経った11年8月下旬、宮城県・気仙沼市にある縫製加工業、オイカワデニムの及川洋常務は海を見渡せる工場でこう決め、新ブランド「シロ0819」を立ち上げた。

 例に漏れず、地震と津波で同社も大きな被害に遭った。高台にある工場は難を逃れたが、20メートル超の津波が商品倉庫を破壊し、出荷を待つ1万本のジーンズは海にさらわれた。瓦礫(がれき)で道路が不通になったため、工場が周辺住民の避難所になった。工場に寝泊まりした避難住民150人のうち9割が漁業関係者。生活時間が異なるため、それまでほとんどなかった漁師たちとの間の接点が、被災したことで生まれた。

 縫製加工の経営は厳しく、創業30年余りの同社の経営にも危機が2度訪れたが、早世した創業者である夫の後を継いだ秀子社長と3人の息子とで踏ん張ってきた。今は独自のやり方でOEM(相手先ブランドによる生産)の仕事が安定し、「何とかご飯を食べていけている」(及川常務)。外国人実習生制度を利用せず、地元雇用でこの地でビジネスをやれてきたのだから、こんな時こそ地域に恩返しをしなければとの思いに駆られ、新ブランドの立ち上げにつなげた。

 つくる仕事に興味のある被災者を雇い、まずは直線縫いでできる簡単なバッグからスタート。大漁旗の一部をあしらいに使った手提げバッグなどを商品化し、ネットを通じて販売している。今後は、気仙沼の名産であるフカヒレのヒレ以外の皮や漁網も商品のあしらいに使う予定だ。ヒレを取ったサメはこれまで産業廃棄物として有料で処分していた。

 及川洋常務は、「材料の地元調達を増やしたい」とし、他にもジーンズづくりに必要な素材の調達を探っている。お金を払って処分していたものをお金に替えたり、新しい加工技術の開発で雇用を生むことができれば、と期待している。

 震災を機に地元・気仙沼で縫う意味を改めて考えさせられた同社。新たな商品開発は、これから何年かかるかわからない地域の復興につなげる襷(たすき)でもある。

 

【企業メモ】創業=1981年▽所在地=宮城県気仙沼市本吉町▽業種=ジーンズの縫製委託加工業



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