販売現場、いまここにある危機

2016/11/18 16:58 更新


小売業の現場が危機に瀕している。慢性的な長時間労働や人手不足に加え、昨秋からの深刻な衣料消費の低迷が現場に暗い影を落とし、販売員を疲弊させている。本部と現場のギャップは広がり、店長とスタッフとの溝も埋まらない。

セレクトショップやSPAの臨店指導等を請け負っている各人に、今現場で起こっている問題とその解決策について語ってもらった。

 

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“本部からの指示書は答えではない”

 

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ふじながこういち 52年生まれ。上智大学卒業。鈴屋に入社後、店長、エリアマネ-ジャーを経て本部事業部長、商品部長などを歴任。その後、2000年に有レックスを立ち上げ、独立。「すぐに売場で使える」オリジナルの接客研修、マネジメント研修などを企業、商業施設に提供。「男の理屈、女の論理」(繊研新聞社刊)のほか、「ファッション販売」執筆。2015年、自主学習システムとして、ウェブサイトライブラリー=レックス・タッチをリリースする

―いま現場に起こっている問題とは。

藤永 現場のスタッフはみんな頑張っているが、そのことと本部が求めること=売り上げ予算にギャップがあり一致していない。自分が現場にいた頃のように、頑張ればできた時代とは違う。いくら頑張っても数字に届かない。となると、何をどう頑張っていいかわからない。現場がダメなのではなくて、環境自体が今と昔とは全く変わっている。

—業界のビジネスモデルが変わった。

藤永 SPAと言うビジネスモデルの功罪がある。売れるモノづくりをしているわけだから、販売現場の創意工夫が軽視されてきた面がある。商品は本部が決める、現場は売ればいいという風になり、仕入れや本部と店頭の交流が雑になってきたことも背景にある。

—SCなどの出店増の影響もあるか。

兼重 そもそも店長が居ない店も増えており深刻だ。複数店舗を任される「巡回店長」がいるだけで、アルバイトだけでまわしていたり。となると、そもそも店のことは誰が分かっているのだろう、となる。運営そのものが危ぶまれており、店の役割ってなんだろう、と考えざるを得ない日々だ。売り上げではない、現場の位置づけや役割を見つけて伝えていかないと、疲弊する一方だろう。

森下 本部サイドと店サイドの2つの問題がある。本部は現場のリアルな実態を把握していない場合が多いから、現場への指導や要請を強める。結果、現場の付帯業務(作業)が増え、接客ではなく付帯業務がメーンになってしまっているケースも。一方の店サイドも問題がある。スタッフ側に学ぶ姿勢があるのか疑問に感じることも少なくない。今は教育制度が整っているため、「教えてもらえるものだ」というスタッフが多い。教えてもらっていない事には興味がなく、簡単に「わからない」と言ってしまう。

藤永 本部と現場、現場内、スタッフ間、様々なところでコミュニケーションが欠けている。一例に過ぎないが、企業理念一つ取っても店頭現場が共有できていない所は少なくない。指導時に理念を共有することから入ると、パートさんが多い店ですら、目の色が変わって仕事に好影響をもたらした事は意外によくある。

 

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イラスト:喜多桐スズメ

 

森下 店に指導に入る時には、アルバイトには「仕事、楽しい?」と聞いている。社員の販売員には、「誰のために働いているの?」だ。多くの社員は「会社のため」と答える。間違いではないのだろうが、小売業であれば「お客様のため」が正解だろう。会社に言われた通りにやって1日の大半を過ごすのは面白いのだろうか。どうせならお客に喜んでもらって楽しい方がいいよね、と言っている。

兼重 問題の答えが「指示書」になっているから、自分で考えない。弊社は「質問」を教えている。時代や環境で答えは変わるが、質問の本質はいつも同じだからだ。「あなたのお店のお客さんは誰ですか」。これは変わらない。質問を繰り返して答えていれば、自分で考える力を養えられる。こうしなさい、という指示書だけではスタッフも店長も成長しない。指示書に頼りすぎるとコミュニケーションも疎かになる。

【ひとり悩む店長】

 本部からの高い予算や若いスタッフとのコミュニケーションに苦慮する店長。最近は店長になりたがらないスタッフも多い。

―店長は孤立しているようにみえる。

兼重 店長が悩んでいることは、実は、店長の頭の中だけで起こっていることが多い。例えば、「あの子、たぶん苦手だろう」と、失敗を恐れて店長がやらせていないだけとか。自分の経験を踏まえて、「普通、こうじゃないですか」という言葉がすごく多いが、それは今言っても通用しない話。「スタッフはこうあるべき」など、考える「幅」が狭くなっている。

—若い世代とのコミュニケーションに苦慮するケースもある。

兼重 若いスタッフは学生の時からスマホで黒板を撮影してノートは取らない。後で見ればいいという情報の取り方だから、一度で見て覚えてね、と言ってもダメ。「何で、1回で分からないの」と店長がストレス抱えてもいいことはない。そもそも違う世代の人間、と理解するだけで両者の摩擦は軽減される。スタッフも得意なやり方や覚え方はあるはず。だから、まずは勉強とかアルバイトとか、どうやってきた?と最初に聞いてあげればいい。そういうコミュニケーションを通じて、「意外にこういうのが得意です」と最初にわかったりする。その子にあったやり方を見つけて、あとは褒めて、認めて、ねぎらってあげるのが大事だ。

 

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イラスト:喜多桐スズメ

 

藤永 単純なコミュニケーションを疎かにしている。例えば、朝の出勤時に、自分が作業に集中していて、挨拶に対して「はあー」と気のない挨拶しか返さない。スタッフにすれば、朝の挨拶返してくれないじゃないの、となる。帰りも大事。その日数字が行ってなくても、「一日大変だったよね」「あの時頑張ってくれていたね」など、それを言うだけで大分違う。それなのに、「今日も予算いかなかったなあ」で終わってしまう。

森下 店長に、スタッフのいいところを書いて、と言うと書けない店長が多い。コミュニケーションが圧倒的に足らない。ミーティングする時間がない、というのも良く聞くフレーズだが、ミーティングが大事という認識が薄いからだ。本当に大事なら時間をとるはず。何のために、コミュニケーションをとるのかが分からないのかもしれない。

 

“売り場ですいません、は間違い。ありがとうを増やす”

—そういう意味では店長も勉強が足りないように映る。

森下 自分自身が勉強する店長の店は、スタッフも勉強する空気がある。逆に店長が悩んでいるとスタッフも一緒に悩んでしまう。

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かねしげひなこ ねぎらいカンパニー代表。アパレル店長時代、6年連続年間予算達成、6人の店長を育て、エリアマネージャーに。独立後、研修企画会社「ねぎらいカンパニー」を立ち上げ、「思わず涙がこぼれる、ねぎらい研修」をスタート。「全員が元店長」である認定講師は、現在10名を超え、商業施設や、専門店様の、実践的な店頭OJT、VMDクリニック、覆面調査等をチームで行っている。著書に「悩める店長へ!元気を贈る39の質問」(繊研新聞社)「職場も家庭もうまくいく”ねぎらい”の魔法」(角川フォレスト)他多数

―指導してよくなった例は。

藤永 言葉にするのは大事だ。店長がスタッフに「今年1年(数字を)行かせるから」と強い言葉で伝えるのは響く。今月行かない日があっても当然。でも、絶対行こうよね、と強く伝える。最初から上手くいかなくても、そこに軸があれば何とかなる。

―例えば。

藤永 シンプルだが、「ありがとう」という言葉を言う、言わせるのも大事だ。たくさん言ったり、言われているうちに、店長とスタッフの気持ちが通い合う。だから、ありがとうというタイミングを探そうと言っている。店長が「ありがとう」を使っている店はいいチーム。日本人はすぐに「すいません」と言ってしまうが、売り場で「すいません」は間違い。それを、ありがとうに変える。ありがとうなどと言い続けると「すいません」が減ってくる。

兼重 店長の上司が店長にねぎらいの言葉を書く「ねぎらいワーク」というのをやっている。ほとんどみんな泣く。自分が労われると、下に対してもねぎらいの言葉を伝えていくようになる。退職の時にそんな言葉をもらうことが多いが、それでは遅い。褒めるのではなく、労う。それだけで離職率は下がる。

【スイッチが入らないスタッフ】

 バブル崩壊以降の長引く不況で多くの売り場は活気を失っている。販売員不足もあり、若い社員が希望とは異なる販売職に配属される例も少なくない。デジタル環境に育った若いスタッフのやる気を引き出し、売り場の力に束ねる方法はあるのか。

―希望とは異なる現場に配属され、モチベーションが低いスタッフも少なくない。

森下 セレクトショップに入った時に、1番の希望はバイヤーだったが、アシスタントバイヤーになった時に、「もう、その先はないよ」と言われた。モノの知識も、売れるものを買う力も自分に足りなかったので「無理だな」と理解した。とは言え、店長の話が来た時はまだ未練があったから「やりたくない」と拒んだ。その時の先輩の言葉がネガをポジに変えてくれた。「これからは店舗MD組めないとダメ。だから現場経験は貴重なんだ」。

 

“なんのために、今ここで販売しているのか”

 

―挫折だったが、貴重な経験だった。

森下 「モノ作りをしたり、バイヤーになりたいのなら、なぜここにいるのかを考えないた方がいいよ」ということを販売指導でよく伝えている。今はプロダウトアウトではなくて、マーケットインが主流。自己満足だけではダメで、お客の求めていることを感じて、市場で当てることを求められているからだ。

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もりしたきみお 73年兵庫県出身。ファッションリテールコンサルタント。㈱ソリッツ代表取締役社長。シップスで販売、アシスタントバイヤーを経て、最年少にて店長に昇進。店長兼任でトレーナーとして販売員研修を企画、運営し人財開発に従事。2006年人財開発、店舗運営のコンサルタントとして独立、2007年同事業を法人化。現場でのサポート業務だけでなく、専門学校講師やセミナーでの講師なども行う。著書「日・英・中接客会話攻略ハンドブック ファッション販売編」(繊研新聞社)

兼重 店長をやっていた時に、「物作りがしたいけど、仕方なく販売をやっています」というスタッフが居た。「アイディアがあれば本部に伝えるよ」と返すと、彼女は企画を準備し、その後、製品化され喜んでたくさん売ってくれた。現場の声を商品作りに生かす仕組みがあれば、販売をしながらモノ作りにかかわる事はできる。自己実現もでき、結果、思いのほか販売が楽しくなるという循環を生めることもある。

藤永 ある企画志望の若い男性スタッフが入ってきたので、「自分でやれば?」と話した。趣味の世界で服作りに勤しんでいたが、すると、客を見る視点が変わり、接客が楽しくなったと言っていた。そうなると、「色違いがありますよ」などといった無味な会話ではなく、接客で自分のパターンもつくれる。

―夢や希望があるのはまだポジティブだ。

森下 なんとなく仕事に来ているよりはるかにレベルは高い。あとは、その気持ちに寄り添って助言するだけ。そうすると、色んなことが見えてきて、接客が楽しくなるケースもあるだろう。

―「自分も客の時は接客されたくない」という理由で接客という仕事に窮屈さを感じているケースもある。

森下 そういう話は良く聞くが、それは、あくまでも自分の話。「お客さんは求めているかもしれないよ」と言っている。もし、接客されたい人がされなかったら、ただの無視。お客の声には「接客されたくない」というのは確かに多いが、それとは逆の「無視されるのは嫌」というデータも必ずある。

 

 

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イラスト:喜多桐スズメ

 

―最近は売り上げ不振で付帯業務が増え、接客の時間が奪われえていると聞く。

藤永 付帯業務(作業)と本来の仕事である接客を別に考えるきらいがあるがそれは正しくない。作業の意味合いを店長は説いてあげる必要がある。自分が店長をやっていた時は、「1万円の商品を2万円にみせて」などと良く言った。すると、作業でも頭を使うようになる。自分ならこうする、というのをみせ、本人にもやらせた。すると工夫するようになる。任せる事で店長の仕事も減り、コミュニケーション量も増える。

兼重 スタッフに「今日の仕事はなんですか?」と聞くと、「商品出すことです」と返ってきた。それは、楽しくない。そうではなく、対お客、対チーム、それぞれに今日何をするかを考えてもらい1日をスタートする。役割は明確になり、本人も自分がそこの居る理由を感じることができる。小さいことだが、この積み重ねは大事。個人予算だけではなく、今日の役割、スタッフがそこに居ていい理由を店長が見つけて本人に落とし込んであげる。自分でなくてもできることしかなければ、自分がそこに居る理由がなくなる。

【遠い本部】

 本部との距離感も現場スタッフにとって頭の痛い問題だ。店舗の売り上げ予算は、経営計画に直結するから、本部はいきおい売り上げの必達を店舗に強いる。

―人材育成や顧客づくりは時間のかかる話だが、企業経営には毎期の売り上げ予算がある。

藤永 目の前にいるお客に売り込んでも、そのお客が戻ってこなかったら何にもならない。今、目の前のお客さんに対してどれだけきちんと対応できるか、そのことを積み重ねることが遠回りに見えるかもしれないが大切だ。数字に追われている店長に理解しろというのは簡単ではないが、小売りはお客に支持されて何ぼの商売。

森下 私のクライアントのある社長は、予算をマラソンに例えている。「ゴールがないと走れないでしょ」と話している。数字が必要だから売れ、という話だけではしんどい。

藤永 月末にあと10万円で予算が行くのなら短期決戦で行ってもいい。ただ、目標「感」を持てない数値だけのそれでは現場のモチベーションは上がらない。例えば、ずっと売れなかったモノが、みんなでディスプレーを工夫して、ふと売れた、そんな時の喜びは大きい。こういう時にチームがまとまる。

 

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イラスト:喜多桐スズメ

 

“指示だけではなく、理由を教える”

 

―本部やスタッフの間にいる店長は業務の整理に困っている。優先順位のつけ方でどんなアドバイスをしているか。

藤永 ストレートな答えにならないが、売り上げ数字が悪い時ほど付帯業務(作業)が多くなる。悪い理由を本部が知りたがるから、店がレポートを提出しなければならないからだ。商品が売れないと返品や店間移動など、何かと作業が増える。優先順位の前にやらざるを得ない作業がたくさんあるのが実情だ。本部は店舗に作業を求めることで、数字が上がると思っているが、結果、販売員がお客に向かい合う時間を削っている。

森下 一般に、接客は感覚とか感性の話が多すぎる。自分は「こうすれば、こうなる」というロジックはあると考えている。全てにおいてロジックを教えてないから、「だから今はこれやっちゃダメだよ」が判断できない。何が大事か、理由を教えてあげれば優先順位の問題も解決できるはずだ。

兼重 あるお店のケース。ストックで作業ばかりしている前の店長の姿が嫌で、自分が店長になった時に業務はスタッフに任せ、自分が率先して接客するようになったら上手くいった。シフトも予算組みもスタッフに頼める話なのに、店長は過重に自分の仕事だと思ってパソコンの前にいるから、売り上げは上がらない。スタッフも先輩に何も教えてもらえないから、売れるわけがない。店長は任せられる業務はスタッフに委ねる。こうするだけで整理はできる。

藤永 先日も「作業が多くて困っています」という話を聞いた。本部からペーパーを出せとかそんな類の話だ。作業が減らず接客時間も十分に取れず売り上げは不振のままだった。ある時、「どうせ数字が行かないなら作業なんてやめたら」と提案した。マネージャーにも納得してもらい、1週間は作業を止めて、接客を徹底した。すると数字が跳ね上がった。皮肉な話だが、そうなると作業が減り、好循環に戻っていった。こんな店はそれこそいっぱいある。

森下 そもそもこの作業って要るの、と考えることが必要だ。作業のスケジュールは絶対視しない方がいいのでは。

藤永 笑い話だが、売りにくかった10点を工夫してようやく売ったと思ったら、売れる店と思われたのか、売れない店から商品がまわってきた。本部の正当性と現場の感じ方の違いはアパレルの宿命だが。昔は1ヶ月タームでやって済んだことがデイリーになったのも大きい。管理の精度を上げたことで現場にはこうした矛盾を生まれさせる。同じブランドであっても売り場の環境やお客は違うはずだが、同じ様にしないと本部に怒られる。

ーありがとうございました。

 

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