宮城興業社長 荒井弘史さん 欧米靴文化のまねから脱却したい

2024/06/21 13:00 更新有料会員限定


荒井弘史さん

 大学在学中のアルバイトをきっかけに、山形県の紳士靴工場、宮城興業の門をたたいたのは約30年前。若手育成の研修生第1号として、荒井弘史氏が生産現場での靴作りの技術習得はもちろん、企画・営業までのスキルを学び始めた。十数年間の経験を積んだ後、独立して東京で靴のデザイン事務所を設立し、ファッションブランド向けの靴クリエイターとして活躍するとともに、オーダーメイドも手掛ける。今年3月、お世話になった宮城興業の新社長として新たな日本の靴作りに挑む。

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直して履き続けるのが理想

 ――そもそも革靴の業界に飛び込んだのは。

 大学時代から「使い捨てること」に抵抗感がありました。「革は使い込むほど経年変化で味が出て、ずっと履き続けられる」と革靴にほれ込みました。「どうせ働くなら好きなことをやりたい。将来的に自分で作って売ってみたい」という思いが強く、大学に近い紳士靴工場、宮城興業で在学中に夏の間だけアルバイトした後、1年契約で働かせてもらいました。自分も必死でしたが、今考えると、バブル崩壊によるリストラ後の厳しい時期によく雇ってもらえたなあと思います。その後、契約を延長しながら、25歳でやっと正社員になりました。

 ――当時の生産現場はどういう状況だったか。

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