ドイツ暗黒時代を緊急通貨で表したアート展(宮沢香奈)

2018/11/28 15:00 更新


Medium  dsf1575

暑い時には考えもしないのに寒くなると急に芸術に触れたくなるのはなぜだろう。季節がもたらすセンチメンタルなのか、あるいは冷たい空気が思考回路をクリアーにさせるため、新たなものを吸収したくなるのか?この身勝手な欲求の謎は毎回解明されないまま、しようともしないまま年に数回訪れるのだ。

※前回のレポートはこちら

こういった時には、普段なら気にも留めずに通り過ぎていたギャラリーやエキシビジョンをピンポイントでキャッチするから不思議である。そして、そういう時に開催されている展示は大体”当たる”ことが多い。どこかに隠れていたアンテナがいきなり立つのだろう。


設営中に前を通り、気になっていたGalerie Thomas Schulte”で開催されているニューヨークを活動拠点とするドイツ人アーティストJulian Irlingerによるベルリンでの初個展『Subjects of Emergency』へと足を運んだ。

同ギャラリーは1960年代以降のコンテンポラリーアートを主に扱っており、1991年に設立された。中世の雰囲気漂う立派なファザードと大きなガラス張りの外観が特徴的で、ショーウィンドーのように中の展示が見えるようになっている。崇高な歴史的建築に寄り添う現代アートが秀逸である。

ガラス張りの円形フロアーはビル何階分あるか分からない高い天井になっており、見上げると古い紙幣で作られた凧のオブジェが紐で吊るされていた。

ジュリアンはドイツにおけるインフレ期に発行された緊急通貨ノートゲルト(Notgeld)からインスパイアされた作品を制作しており、紙幣にプリントされている絵やグラフィックを彷彿させる。

また画の表面が凸凹して見えるレンチキラープリントという手法を用いており、古着に見られるパイル地のような仕上がりが実に面白い。目を引く色鮮やかでポップなデザインも素晴らしかったが、壁一面に飾られた黒一色で塗り潰された版画のようなシュールなイラストが一番印象に残った。

これらは、植民地時代の政治、第一次世界大戦後の貧困、ベルサイユ条約の社会的解説などといった戦争がもたらした政治経済の歴史をモチーフに描かれており、全体的にダークな雰囲気が漂っている。現代における経済大国ドイツという良い面だけがクローズアップされることへの疑念の意味も込められている。

ユニークなのは、ノートゲルトからインスパイアされてるにも関わらず、それらが一切使用されていないことである。

実はノートゲルトには10万もの種類あると言われている。第一次世界大戦で敗北したドイツが多額の賠償金を背負ったことにより起きたハイパーインフレの時代(1918年~1923年)に、町、都市、地方自治体などの非政府組織によって発行された支払いのためだけの代替物でありながら、そこには10万ものアートが存在していたのだ。

史上最悪のインフレでありながらポスターのような凝ったデザインが非常に多いことにとても驚いた。現在では骨董品店やオークションサイトなどで売られており、熱心なコレクターもいる。インターネット上で確認しただけでもコレクションしたいと思うデザインがいくつもあった。

ジュリアンの作品は彼が収集してきた年代物の資料や漫画などに描かれているドイツの歴史的背景がモチーフになっていることが分かる。実は、天井から吊るされた3つの凧もノートゲルトの紙幣ではなく、ドイツ帝国時代の紙幣パピエルマルクで作られているというカラクリ付き。しかも、ジュリアン本人ではなく、子供達が作ったものだという。

すでに価値がなくなった通貨の紙幣を使うことにより、お金に対する仮想性を表現しているのだという。リアルなインフレ期など知る由もない32歳の若きアーティストが定義するドイツ経済の今と昔、そして、戦争がもたらす影響を考えさせられる展示だった。

同ギャラリーでは個展以外にもグループ展も定期的に開催されており、また是非とも訪れたい近隣スポットとなった。


Julian Irlinger
『Subjects of Emergency』 
Galerie Thomas Schulte
会期:2018年11月24日ー2019年1月12日


Photo : Kana Miyazawa(*使用しているカメラは富士フィルム『XF10』になります。)


長野県生まれ。文化服装学院ファッションビジネス科卒業。

セレクトショップのプレス、ブランドディレクターなどを経たのち、フリーランスとしてPR事業をスタートさせる。ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積みながら、ライターとしても執筆活動を開始する。ヨーロッパのフェスやローカルカルチャーの取材を行うなど海外へと活動の幅を広げ、2014年には東京からベルリンへと拠点を移す。現在、多くの媒体にて連載を持ち、ベルリンをはじめとするヨーロッパ各地の現地情報を伝えている。主な媒体に、Qetic、VOGUE、men’sFUDGE、繊研新聞、WWD Beautyなどがある。


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