5月17日、ベルリンのミッテ区に位置する「Samurai Museum」にて、日本から能楽師の平戸仁英氏と平戸氏が率いる能楽グループ「白謡会」を招聘した能楽公演が披露された。ドイツでツアーを行うために来独したと思っていたら、ベルリンのみの1日限定公演というから驚いた。チケットは即完売となり、日本人以外にも多くのドイツ人や欧州人で満席となった。
演目は「仕舞(しまい)」と呼ばれる能の一部を抜粋して演じる初心者にも鑑賞しやすい公演形式。英語、またはドイツ語で書かれた目次が配布され、そこに記載された説明文と進行役が演目の説明を英語で行うといった手法を用いて、誰でも理解することができる演出に工夫されていた。
能楽の演目は、通常、日本の古典文学・歴史・神話・仏教説話などに基づいた物語が題材とされており、同公演においても源義仲に仕えた女性武者・巴御前の苦悩と忠誠を描いた「巴(ともえ)」や源義経が追っ手から逃れる中で、平知盛の亡霊が現れる海上の激しい場面が描かれた「船弁慶(ふなべんけい)」などをはじめとする代表的な演目が披露された。
舞台の後方には「地謡(じうた)」と呼ばれるコーラス隊が並び、舞を披露するのは1人か2人。手には扇子、槍、刀、杖など、様々な小道具が使われるが、舞と歌と小道具のみで演技し、観客に物語の情景を思い浮かばせるのが能楽の特徴だ。
ミュージアム内に設置されている能楽堂の厳かな雰囲気からは、開演前から緊張感が漂い、いざ本番を迎えた舞台では、老若男女が入り混じった能楽師たちによる凛とした立ち振る舞いと力強い舞、マイクなしで館内に響き渡る歌声、舞台上の細かい礼儀作法に至るまで引き込まれていった。
能の名匠として知られる平戸仁英氏は、1967年に「白謡会」を設立し、その活動は68年にも及ぶ。主に観世流のシテ方(主役)として活躍し、60名が所属する能楽グループの代表として、これまでに国内外で様々な公演を行なってきた。現在、88歳という高齢ながら今もなお現役として活躍しており、遠いドイツの地まで公演に赴く姿勢に感銘を受けた。
日本の武士カーストの伝説的な歴史が様々なマルチメディア・インスタレーションを通して紹介されており、希少価値の高い日本の伝統工芸品を一気に観ることができる。また、企画展として、日本の作家に限らず、世界各地で活躍するコンテンポラリーアーティストによる展覧会やグループ展、様々な関連イベントが開催されている。
ヨーロッパでは日本食に限らず、日本の文化にも関心が高まっている。アニメや漫画への評価が高いのは昔からだが、ドイツでは着物や和食器、お茶などの伝統工芸や文化にも注目が集まっていると感じる。私自身も能楽と同様に日本の伝統についてもっと知っておくべきだと実感した。
協力:Samurai Museum Berlin
撮影:C. Tews
長野県生まれ。文化服装学院ファッションビジネス科卒業。
セレクトショップのプレス、ブランドディレクターなどを経たのち、フリーランスとしてPR事業をスタートさせる。ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積みながら、ライターとしても執筆活動を開始する。ヨーロッパのフェスやローカルカルチャーの取材を行うなど海外へと活動の幅を広げ、2014年には東京からベルリンへと拠点を移す。現在、多くの媒体にて連載を持ち、ベルリンをはじめとするヨーロッパ各地の現地情報を伝えている。主な媒体に、Qetic、VOGUE、men’sFUDGE、繊研新聞、WWD Beautyなどがある。