オンデマンドプリントのイメージ・マジック(東京、山川誠社長)は、プリントから出荷までを一元管理するソリューションで、アパレルや雑貨を中心とした物作りをサポートする企業。大手SPA(製造小売業)や海外ラグジュアリーブランドなど先行企業との取り組みが増えてきた。同社の山川社長は次のステップとして「在庫を最小限にとどめ、カスタマイズサービスで消費者ニーズの多様化に応えられる“オンデマンドアパレル”を業界に普及させ、過剰供給や廃棄ロスのないサステイナブル(持続可能な)経営に貢献したい」と考える。
そこで、ファッション業界の現場に入って経営者や社員と一緒に成果を挙げてきたターンアラウンドマネージャーの河合拓氏が同社の工場を見学。アパレル企業の構造改革を長年取材してきた繊研新聞社の矢野剛取締役編集局長も参加して、同社の技術はアパレル企業に何をもたらすのか、ファッションの明日をどう描くのかを語り合った。
無駄な在庫削減 DX推進をサポート=山川氏
矢野:「DX」や「サステイナブル」がファッションビジネス業界にとっては大きな課題になっていますが、改めて21年のファッション業界がどういった展望を描くことができるか議論していきたいと思います。まずは、山川さんに事業の概要と御社の目指すビジネスをお伺いします。
山川:弊社はアパレルや雑貨に、クラウドで連結された自社工場及び全国のパートナー企業の工場をベースとした、オンデマンドプリントを行っております。ITを活用することでデザイン、プリント、梱包、出荷までのプロセス全体のムダを省き、最適化させています。「ネットを使った最適な受注システム」「クラウドの生産管理システム」「適した装置やプリンター」を結合した「ODPS」(オンデマンド・プリント・ソリューションズ)を活用し、多品種少ロット生産を低コストで提供する仕組みを実現しています。
オンデマンドアパレルは、完成在庫を最小限にとどめ、いつでも追加生産できる無地在庫を保有する考え方です。完成在庫が一定数を下回った場合や、消費者からのオーダーをトリガーとして、一定量を追加生産するという運用になります。完成在庫を極小化することで在庫管理コストを劇的に削減できるほか、消費者のニーズにすぐに応えられ、企画から製造までのリードタイムが限りなくゼロに近づきます。また、プリントや刺繍といった消費者自身がカスタマイズするサービスを提供することも可能で、多様化する消費者ニーズに応えることや、体験型サービスを提供することも可能になります。ギフトやユニフォームなどの新しい市場の獲得や、ブランドロイヤルティーを高めることへも貢献するのではないかと考えています。
アパレル企業は既存ビジネスの延長だけではなく「余剰在庫や廃棄ロスの削減」「新しい働き方やシステムの刷新」「自分らしさを求めて多様化する消費者のニーズにどう対応するのか」など多岐にわたる課題に直面していると聞いています。既存ビジネスの各プロセスを改善しながら、オンデマンドプリントを取り入れていくのはどうかと提案していきたいと考えています。
矢野:ドイツではインダストリー4.0が進み、消費地近郊での商品開発が行われています。クイックな生産体制でニーズに対応するために、日本でもこの動きが活発になると思いますが、利益をしっかりと確保できるビジネスを構築する必要があります。河合さんはどのように考えますか?本日、工場を見た感想も合わせて教えてください。
河合:率直に感じたことは「この技術を日本のアパレル企業が料理できるのか?」ということです。多品種少ロットは30年前から言われていました。当時はQR(クイック・レスポンス)という明確な戦略の下に実践されていましたが、現在はアパレルに売る力がない結果としての“多品種少ロット”です。売る力がないアパレルが目先の部分的なコストを削減するためだけにこの技術を使うのはさみしい。物作りはアパレルと商社が従来の国内の繊維産地から人件費の安い国に移転していった歴史があります。結果、国際競争力を持った日本のアパレルはほとんど育たなかった。海外ではイタリアのファクトリーブランド化や、韓国の中国進出など成長のために付加価値の創出や海外市場の拡大が行われた。一方、日本は縮小する市場の中で細かい市場をデジタル技術でちょこちょこと開拓していくだけでした。アパレルが正しい戦略・ビジネスモデルを持ったうえで、そこにデジタル技術が組み合わされることで本当の意味での産業再生になります。イメージ・マジックさんの技術はハードウェアとソフトウェアを組み合わせて展開する創意工夫に溢れたものなので、それが小手先の便利ツールになるのはもったいない。
矢野:イメージ・マジックさんもダイレクトに消費者とつながっていくようなビジネスを展開されていますよね?
山川:消費者向けに個人がウェブ上でオリジナルのプリント商材を作れるサービスも提供しています。ただ、当社としてはオンデマンドアパレルのプラットフォームづくりに経営資源を注力していく方針なので、販売力の強いアパレル・専門店としっかり組みながら、システム連携を行うモデルを構築していきたいと考えています。
河合:大きな話をするとサステイナビリティーという言葉が注目されているが、そもそもなぜサステイナブルが出てきたのか。経済のエンジンとなっていた「物欲」が、物に溢れた現代では必要とされなくなっています。消費者は本当に必要なものしか買わないのに、実際は必要以上のものを作っている。過剰供給による衣料廃棄は地球温暖化や異常気候を招き、まわりまわってアパレルを苦しめている。そこで、必要なものだけ作りましょう、必要じゃないものは作るのをやめましょうと提唱されはじめました。これは量的な問題であると同時に、服の役割が変わることを意味します。パンデミック後のリモートワークの定着で装いは変化します。アパレルはサステイナブルの意味を理解し、バブル時代の延長線上の仕事のやり方を続けていることをまず再考しなくてはなりません。その上で無駄なものを作らない、必要なもの以上は消費しない、環境を破壊しない、自然と共存する。こういったビジネスの流れの中で、イメージ・マジックさんの技術が活用されてほしい。
矢野:在庫を最小限にして過剰供給しないという点では、イメージ・マジックさんにとっては経営の根底にサステイナビリティーがあると思うのですが、山川さんはどう考えていらっしゃいますか?
山川:はい。必要なものを必要なだけ作って必要な場所にお届けすることは当社の経営の原点の一つです。これらが本当にアパレル業界全体の改革の一助を担えるのかどうかについてはこれから問いかけていきたいと思っています。オンデマンドアパレルは、理屈で考えれば合理的で、今後はより求められてくることだという自信はあります。ただ、オンデマンドアパレルを導入する場合、これまでとは違った働き方や経営指標を持つことが必須です。これまでは限定的な取り組みに止まっており、ビジネスの一つの柱として各社が導入していくための抜本的改革には、いろいろな難しさがあるようにも感じています。本当にやり続けてゴールが見えるのかという悩みもつきません。素直に言えば、もっとアパレル現場の人の意見を幅広く聞いてみたいと思っています。
アパレルと共に 物作りの革命を=河合氏
矢野:現状では、どういった導入事例がありますか?
山川:例えば、セレクトショップやSPAなどで導入事例があります。一部ブランドでの一部製品での導入になることが多いのが現状です。導入先にとってはかなり革新的なやり方になっているようですが、今までのやり方を半分踏襲しながら半分をオンデマンドで実施する形で、納品などの物流面や生産・調達体制などで課題がありながらも徐々に取り組みが進んでいます。従来型のビジネスに比べると、ネット系の企業などは既存のフローが無いため、導入・成長に対してスピード感があります。
矢野:アパレルにとっても従来ビジネスから変わりきっていない現状がありますよね。DXは、企業全体やビジネスの在り方を抜本的にどう変えるかが問われています。しかし、部分的にデジタルのシステムや技術を導入することにとどまっている企業が多いです。
山川:一定のトータルのビジネスフローとして導入しないと出せるはずだった利益も出せず、儲からないビジネスとして撤退してしまうのではないかという危惧があります。そういった意味でもビジネス全体の中で、どうシステムを使ってもらうかも考えていくべきだと思っています。
河合:イメージ・マジックさんの技術は企業を利益体質にするところに価値があります。とにかく売り上げを立てようとするアパレルとは発想が異なります。大切なのは「売上の理論」と「利益の理論」を分けて考えることです。売り上げは時々の「かっこいい・旬のもの」を扱えばつくることができます。しかし、利益を考える上でPL(損益計算書)をBS(貸借対照表)と関連付けてみているでしょうか。利益体質にすることを優先して考えれば、調達した商品をシーズンが終わったら早めに償却し、評価損を出したほうがいいのです。しかし、ほとんどのアパレル企業はこうしたPLとBSを関連させたビジネスの見方をしていません。在庫をBS上の資産に残しておけば、PL上では損失のないきれいな状態に見える。ですから、デジタル技術の導入など難しいことをしなくても、商品を海外から安く仕入れ、売れ残っても倉庫に寝かせておけば5年ぐらいは何とかなると思っている企業が多いのです。
一方、海外から製品を輸入するのは商社ですが、納入先のアパレル企業との間では、いかに人件費の低い国で生産して輸入価格を下げるかが優先されてきました。安く仕入れるためには生産のロットが増えざるをえません。しかし、商社とアパレル企業の間では、増えた在庫をどう調整していくかの議論もされず、従来と同じような条件、いかに低い価格で調達するかという交渉が続けられています。
だから曖昧なことが可視化されるデジタル技術が流行らない。デジタル技術を使うためには積みあがった製品在庫を損失処理しなくてはなりませんが、結局は臭いものには蓋をして次に持ち越してしまう体質のままです。それが在庫の残らないビジネスモデルが浸透しない要因となっています。理屈ではわかっているはずですが、なかなか実践されません。だから口惜しい気持ちをされているのがすごくわかります。本来、経営の一番大切なことは、誰の責任で損失が出て誰の責任で利益が出たのか、論理的に整合性を取ることですから。
コロナ禍で模索 各社が構造改革=矢野氏
山川:ファッション業界の現状を理解しましたが、これからは変わっていくのでしょうか?
河合:変わるというより、そういう会社は潰れていきます。誤解を恐れず敢えて言うと、これまで30~40年もの間、業界は大きな構造改革が進みませんでした。それがコロナ禍によって、時計の針が急速に進みつつある状況だと思います。売り上げが大きく減少し、大手のアパレル企業も大半が大幅な赤字を計上せざるをえず、現金がなくなりつつあります。その中でもまだ、在庫という不良資産をBSに隠したままで、在庫を積みあげていくのか?各経営者が真剣に考えなくてはならないと思います。
矢野:コロナ禍において各社が構造改革を模索するなかで、改めてプロパー消化率を上げていく、余分な在庫をなるべく作らないようにしよう、そのためには生産数や店舗数を減らしていくことを選択しようとしています。また、デジタル技術を活用することで付帯業務を減らし、よりクリエイティブな面に時間を使えるようになっていくと思います。イメージ・マジックさんは未来に向かってどのような将来像を描いていますか?
山川:まずは、印刷だけでなく縫製に関しても自動化できるような実験を行っています。今はマスクに関しては自動縫製も行っていますが、徐々にアパレルにも広げていく予定です。可能な限りの工程を自動化することでさらにコスト削減とクイックな生産を目指します。それと合わせて、弊社のソフトを他の工場にもご利用いただくことで、瞬間に大量の生産を可能にする「瞬間製造ネットワーク」を構築していきたいと考えています。結果、全国各地の協力工場との連動も拡大しています。
河合:私は、この技術を「パーソナライズ」や「在庫レス」といった流行言葉に矮小化するのではなく、「物づくり革命」だと思っています。イメージ・マジックさんの技術を活用したビジネスは、縫製工場からアパレル企業、そして小売りの店頭へという昔ながらの直線的な流通工程の枠内にとどまるものでもなければ、大量生産・大量消費を前提にしたビジネスモデルでもありません。アパレル企業との協業で一緒に発展し、競争力を持てるようなビジネスを進めるべきでしょう。
株式会社イメージ・マジック https://imagemagic.jp/