4月26~28日、東京ビックサイトで開催されたJFW-インターナショナル・ファッションフェアMAGIC・JAPAN(JFW-IFF・MAGIC)内にて、「デザインとビジネスの今後を考える」をテーマにセミナーが行われました。今話題のデザイナーが語ったセミナーの内容を要約してご紹介します。
【前回の記事はこちら】これからのデザインとビジネスのあり方①
【登壇者】
- 「アキラ・ナカ」クリエイティブディレクター ナカアキラ氏
- 繊研新聞社 小笠原拓郎編集委員
プロによる「数値化」で見えてきた内情
小笠原:インディペンデントのデザイナーとして日本で頑張っている方でも、「売上が大きくなっていかない」「ビジネスを回すのに苦労している」と聞きます。ビジネスをデザインすることは、今の時代にはデザイナーとして必要なことだと思います。ナカさんは数年前に「共同経営者を見つけた」と仰っていましたが、その辺りの発想や考え方を教えてください。
ナカアキラ:デザインは才能もあると思いますが、「自分をどれだけ自由にできるか」という能力も必要だと思います。アウトプットが枯渇してくると、インプットが少なくなる。だからまたアウトプットが枯渇してくるので、インプットに対する時間をどれだけ作れるかが大事だと思います。初期の頃は、僕自身が事務的な仕事をしていたので、少ない時間でクリエイションを捻り出さなくてはなりませんでした。それには限界があって、常に自分の中で、ある程度テキスタイルやカラー、グラフィックをイメージしておいて、そこに時間をどれだけ使えるかが、洋服の仕上がりを大きく左右すると思いました。その時に、専門の勉強もしてない僕が、金融機関に提出する書類を作成していくのは違うなと思ったのです。
デザイナーは、自分のブランドがどれぐらいの原価率でやるべきか、経費をどう処理するのかなどのビジョン設計が出来るべきだと思います。会計士から出てくるファイナンシャルな数字を見ると、自分のどこが抜けているかなどが詳細にわかるからです。なので最初は絶対にファイナンシャルな数字の部分にも携わった方がいいと思います。しかし、デザインをするのにもデザイナーというエキスパートが必要なように、数字に関しても、数字の戦略計画を立てられるエキスパートがいなければ、お金を成長への投資に正しく回していけないとも思います。
アメリカではビジネスを成功させて、30代でセミリタイアする方も多いんです。共同経営者となった彼もそうでした。
彼はファッションとかデザインに興味はあるけど、今まで携わってきた業種は全く違うジャンルの人でした。セミリタイアして、残りの20年間は自分が蓄えてきたマネージメントのノウハウを、自分が本当にしたい仕事に活かしたいと思っていて、ちょうど僕とビジョンが一致しました。1年に何度も来日してもらい、共同経営者になるための理念の共有を行いました。だんだん信頼関係が出来てきて、お互い「本気だな」というのが分かったところで、自分達の役割をしっかり決め、彼の考えたアメリカ式のビジネス戦略の取り入れ方を話し合いました。
まず社員の意識が、「『アキラ・ナカ』というブランドに憧れているから働いている」ではなく「ここで貰う給料、仕事が魅力的だから私はここにいる」という会社にしようと考えました。そこから経営、会社の働き方、組織をもう一度全部洗い直して、今も整えている最中です。彼が来てから、お金の使い方や投資の仕方はまるっきり変わりました。例えば、僕たちみたいなコレクションレーベルは、1年を4シーズンに分けて展開するので、全てのシーズンに関係する仕事をそれぞれの担当スタッフが同時進行で行うのが通常です。それを月単位の数字で見てしまうと、納品の遅れや買い付けの早まりなどに左右されてしまい、正しい結果が見えづらくなってとても危険です。実際はコレクションごとに調べて数値化していかないと、「実は前シーズンは全然儲かっていなかった」ということも発生します。実際に数字で見てみると、会社としてどこが良くて悪いのか、どこに誰が何時間使っていて、新しいコレクションをどれくらいのボリュームで増やすべきなのか、といった管理が出来ていませんでした。そこで、スタッフの仕事量と内容を全部数字で出しました。スタッフには毎月のように共同経営者の彼の面接が入り、それを洗い出していくと、僕自身は成功していると思っていた事業が意外とお金生んでいなかったり、サブ的な企画が大きなプラスを生んでいたという内情が見えてきました。
数字で洗い出すことで、本来の企業の内情が自分達が考えているものとは違う生々しい数字で見えてくるんですね。そこがスタートポイントです。それを踏まえた上で、自分達はどこにどれくらいの時間を費やすのかを考えるべきです。僕は会社では電話を取りません。生意気ですが、共同経営者の彼が、「なぜクリエイティブディレクターが電話に出ているんだ。電話で社長の時間を5分以上取るのは盗難だ。窃盗だ。」と社員に教育しているからです。時間をどう使うかなど、「本来あるべき基礎を築いていかない」と、と考えられるようになったので、数値化するというのはとても重要でした。
海外への挑戦
公式サイトより
小笠原:ショーをやってる頃は、大体何店舗くらいに卸していて、今はどれくらいになっていますか?
ナカアキラ:2007年にリブランドするまでは9店舗で、国内外で半分ずつくらいでした。今は大体75社くらいで、ほとんどが国内です。グレーディングが大変なので、海外は、「アジアサイズでもいいですよ」って言ってくれる香港のお店と東南アジアの数店舗だけです。
小笠原:2年くらい前に、海外に出店しないのかを尋ねた際、ナカさんは「まだまだ日本でポテンシャルがある」と仰っていましたよね。海外に出て行こうと思っているデザイナーもたくさんいますが、その時の踏みとどまり方は何かありますか?また、実は今海外に行こうとしているという話も聞いていますが、その辺りの考え方があればお聞きしたいです。
ナカアキラ:2013年頃に海外に行こうと思っていましたが、日本のバイヤーさんが「ナカさんにこういうことをやって欲しい。こういうものを作ってほしい」と声を掛けてくださって、自分達の中でも、「まだ足りないな」と思うところがあったので行きませんでした。もちろんグローバルにやっていこうというのは最初からあったので、これから海外に向けてアカウントは開いていきますが、まだ国内でもできることはあると思っています。ただビジネスとして、色んなリスクヘッジも考えています。日本で受け入れてもらったから海外でもなんとかなるとは思っていないし、受け入れてもらうためにもう少し調整したいという思いがありました。最近やっと、これなら僕の恩師や海外の仲間に見てもらってもいいかなと思えたので、今海外に向けてアカウントを開く準備をしています。でも、日本にもまだまだニーズがあると思っているので、海外に向かっていくことで日本にもいい影響を与えられたらなと考えています。
小笠原:海外進出を考えているデザイナーはたくさんいますが、ショールーム(エージェント)がなかなか決まらないと言っています。そんな中、ナカさんはすでにショールームを決めてきたと仰っていましたが、どうやって決めたんですか?その辺りがすごく不思議だったんですよね。
ナカアキラ:エージェントとビジネスの話をする時に、彼らにすべてを委ねるのは間違っていると思っていて、彼らも僕のレーベルで利益を出す、僕も彼らの人脈や戦略で利益を出す。それでこそ良好なパートナーシップだと思っています。僕たちも、彼らがしっかりと取り組もうと思う相手にならないといけません。ビジネスの中で相手が「何を怖がっていて」「何を欲しがっているか」を調べるべきだと思います。
海外に行く時に、しっかりとした文章や数値で戦略を持って行けば、彼らもふっかけてくることはないと思います。良好なパートナーとして一緒に儲けて成功しようという事がお互いに描けないといけないですよね。「このブランドだったら、成長させることで私の名前もあげていける」という野心を持たせれば、エージェントもいいプランを出してきます。それを初めにしっかりすり合わせましょう。「最初だからしょうがない」という考えはビジネスを勘違いしていると思います。本当にすり合わせるのは、コミッションではなくてクリエイションとかデザイン。クリエイションについて戦略を立てるために時間を使うべきです。初期段階でしっかりと戦略を見極められる人と共に、デザイナー自身もエージェントのビジネスを理解できなくちゃダメです。自分も、彼らが納得できるビジネスプランを出せないのに「コミッションを下げてくれ」と言ってもいけません。成功させたいなら、例えば、中小企業診断士に30万円出してでも書類を作ってもらうべきです。
小笠原:つまり、不利なビジネスにならないように、こちら側も、自分のビジネスの旨味を表現していく事が大切ということですか?
ナカアキラ:彼らのウィン(勝算)をきちっとした数字で提示することですね。エージェントに話に行くと「(数字のことばかり言って)デザイナーっぽくない。ビジネスマンみたい」と言われました。その言葉は皮肉だったのかもしれませんが、相手はとても真剣にプランを出してくれました。もちろんルックブックなどのクリエーションも気に入ってくれたとは思いますが、「仕事がしやすいからぜひ戦略を立てたい」と言ってくれました。まずエージェントと話す時は、謙遜はせず、常に対等な形で取引を持っていけるようにしています。
デザインをビジネスにも活かす
小笠原:良いコレクションをしているのになかなかビジネスとして伸びていかないブランドもありますよね。ただ良いもの作っていればビジネスが成功するわけじゃない。その辺りを、デザインを書くという考えしかないデザイナーにアドバイスやメッセージがあればぜひ伝えて下さい。
ナカアキラ:正しいかどうかは分からないですが、僕はデザインやクリエイションの表現を単にデザイン画だけに集約するのは違うと思います。「デザイナーだから僕のツールはデザイン」と思い込み、売り上げが上がらないから30枚のデザイン画を80枚にしました、というのは違うと思います。それならば、経営の本を1つ読むとか、経営者のセミナーに行って経済の流れを学ぶとか、銀行の担当者と自分のビジョンを共有するなどの方が大きなクリエイションにつながると思います。
海外ブランドは、表に出さないだけで実は様々なマーケティングをしていますし、スタッフへの教育にもとても注力しています。若いデザイナーのみなさんには、ショーの部分だけに注力するのではなく、自分のクリエイティビティを色んな所に使って欲しいなと思います。特にマネージメントの部分です。マネージメントにも色々ありますが、自分のクリエイションにマネージメントの部分を投入することで、スタッフのモチベーションが変わったり、服の表情や会社の空気が変わってくると思います。ブランドを作るデザインとは別のところに時間を割いていくことで、最終的には自分にしかできない仕事が出来るようになることが一番だと思います。デザイン画を10枚から100枚、100枚から1000枚に変えるのではなくて、ビジネスをデザインすることに自分のクリエイティブを使って行くべきだと思います。
小笠原:まだまだお聞きしたいこといっぱいあるんですけども、とりあえず今日はこの辺りで。ありがとうございました。
ナカアキラ:ありがとうございました。
(おわり)