【賽振り続けた30年 ダイスアンドダイス㊤】互いに敬意、相思相愛の“〝結婚〟

2020/09/19 06:30 更新


 東日本大地震から1年近く経ち、国内もやや落ち着きを取り戻した12年春。福岡市今泉のセレクトショップ「ダイスアンドダイス」の創業オーナーの木下芳徳とメンズのディレクターの吉田雄一はいつものようにショップ横の喫煙所で休憩していた。

 「吉田君、うち継いでくれん?」。タバコをくゆらせながら、木下はこう話しかけた。半ば冗談、半ば本気とも取れるような口調だったから、吉田は戸惑ったが、全くの冗談ではないのはわかっていた。木下はその数年前から体調を崩していたからだ。継ぐというのはイコール買い取ることを意味する。吉田は33歳になっていたが、そんな原資はなく苦笑いするのが精いっぱいだった。

〝戦友〟に届いた売却話

 そんなやり取りが何度か続いた。木下の軽口は本気の前振りだったのか、13年になると木下は自分を支えていた吉田とレディスのディレクターの2人にだけ、本気で売却先を探していることを告げた。従業員に知られて会社が混乱しないよう、木下はひとりで会計事務所や銀行に通い、ダイスの〝嫁ぎ先〟を探した。ファッションに興味がなくても資金が豊富な地元の会社は少なくなかったが、木下がこだわった「社員を幸せに、大事にしてくれる会社」というのはそうそう現れてくれなかった。

 そうこうしているうちにダイスの売却話がアングローバルの専務、留岡和則の耳に届く。14年の春先の話だ。留岡はアングローバルの元の保有企業、和商グループ時代から木下とは旧知の仲で、言わば業界の〝戦友〟のような存在。留岡はそれとなく木下に連絡を取り、引き受ける意向を伝えた。「(アングローバルは)ファッションを理解してくれる会社。こんないい話はない」と木下は喜んだ。アングローバルとの話し合いが始まった。

ニューヨークでのバイイング活動をサポートしている市川暁子さん(右端)とブルックリンの陶芸家・アイザックさん(中央、男性)と吉田さん(右、男性)。藍染め家のSAYAKAさん(左端)とブルックリンで(12年ごろ撮影)

大企業への不安

 一方、ダイスの番頭だった吉田は不安を感じていた。大手企業の一員になることで店が良くなるビジョンを全く描けず、不安を通り越して恐怖だったという。それもそのはず、地元・岡山から福岡の大学に入り、19歳からアルバイトを始め、卒業後はそのままダイスに入社したから、大企業の一員になるイメージが沸かなかったのだ。

 吉田が抱える不安をよそに話はトントンと進んだ。7月のある日、雰囲気のある長髪の男性がダイスにふらっと現れた。吉田が会ったことがなかった留岡だった。売却話が持ち上がって以降、TSIグループから色々な人が来ていたが、彼らはきちんとしたいわゆるビジネスマン。それだけに留岡のたたずまいは余計に新鮮に映った。

 木下と3人でひとしきり話をして、留岡は「じゃあ、頑張ってね」とだけ残して帰っていった。吉田の不安が消えたのはこの時だったという。

 一方のアングローバルもダイスに対しては好感を持っていた。もちろん知られたセレクトショップではあったが、それだけではない。ダイスの伝統を愛し、礼儀も正しい吉田がいたからだ。「もし、安くするから、みたいな話だったら絶対に買っていない」。アングローバルの中田浩史取締役はこう言う。ダイスアンドダイスは14年9月、TSIグループのアングローバルに事業を譲渡し、正式にアングローバルの一事業部になった。吉田が入社してからも「本当にいろんなことがあった」(吉田)という同店。転がり続けた賽(さい=ダイス)はようやく落ち着く場所におさまった。

バスキアの盟友、ニコラス・テイラー(右)の写真展にて。アングローバルの一員になってすぐのころの店内

ひとりの男への信頼感

 ダイスの社員の会社愛は強いから辞める人間はいないし、彼らから学ぶ事もたくさんあると中田は言う。「たかが、地方の1ショップじゃない存在感を感じていた」。その存在感を生み出し続けているのが吉田だ。中田は、「極端に言えば、ダイスだから買ったのではない。吉田が居たからうちの一員になってもらったんです」と全幅の信頼を寄せる。

 吉田は吉田で会社のサポートに感謝していた。POS(販売時点情報管理)レジの導入やスタッフの増員など、ダイス時代にはなかなか出来なかったことがかなったし、何よりも仕入れに全く口を出さないでいてくれたのがうれしかった。「オーダーに赤を入れたことはない。伝統に対しては敬意を表していますから」と中田。

 吉田は言う。「TSIグループだから、うちの店を自分たちのブランドで埋めることぐらい簡単なはず。でも、『吉田君のやりたいようにやりなよ』って。大切にされていると感じましたし、自分の責任感も増しました」

 取引先を大事にする、従業員を大切に扱う、アングローバルが大事にする価値観を汚すことだけは絶対に許さないと言われ、吉田は守っている。「会って5年以上経ちますが、吉田に裏切られたことは一度もありません」と中田は言う。もとより、それに近い価値観はダイスにもあったから、うまくいっているのだろう。相思相愛の〝結婚〟はこう成就した。昨年秋に30周年を迎えたダイスアンドダイスは、書き入れ時の昨年12月、コートやニットをプロパーで3000万円販売した。他店が振るわないなか、今年のダイスの決算は過去最高になる模様だ。

(敬称略:繊研新聞本紙20年2月17日付)



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