記者に記者があえて聞く! 素材ってこんなに面白い㊦

2020/06/15 06:27 更新


 繊研新聞では4月に「記者に記者があえて聞く!」と題したインタビュー企画を掲載しました。今回はその第2弾として、専門性の高い素材の世界の〝そもそも〟に迫ります。合繊(ポリエステルやナイロン、アクリルなど)や天然繊維(綿、ウール、麻など)の分野をそれぞれ取材している記者2人に登場してもらい、その面白さや魅力をマニアックに語ってもらいました。

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中村恵生=合繊担当

三冨裕騎=天然繊維担当

石井久美子=レディス専門店担当

●デニムって実はどこで作っている?

 石井 化学繊維も含めて、メイド・イン・ジャパンもしくはメイド・バイ・ジャパンで、オンリーワンの素材や生地はどんなものがありますか?旭化成のキュプラ「ベンベルグ」みたいな。高めのジャケットやコートを買うと裏地は大体キュプラですね。

 中村 キュプラを作っているのは世界で旭化成のベンベルグだけ。その唯一の工場が宮崎県延岡市にあります。キュプラは製造工程で銅アンモニアを溶媒として使うんだけど、これを安全に管理・回収するのが難しくて海外の企業が撤退したという背景もある。ちなみにキュプラ自体は、本来なら捨てられてしまうコットンリンター(綿花の種の周りのうぶ毛)を使った再生繊維なのでエコの側面もあるね。

裏地にキュプラを使ったウールのジャケット(記者私物)

 ほかにも、トリアセテートは世界で三菱ケミカルの「ソアロン」しかない。トリアセは上品な光沢が特徴で、繊維表面に凹凸感があって光の乱反射できれいに見えるんだ。

 石井 しっかり黒く染まるから、トリアセはブラックフォーマルウェアでよく使われますね。長年着るものだから、丈夫でもあるんですか?

 中村 トリアセテートは木材パルプと酢酸で化学的に作られる半合成繊維なんだけど、プリーツ加工とかもできるし、質感の良さの割にシルクに比べて取り扱いしやすいとはいえるね。

上品な光沢が特徴のトリアセテート「ソアロン」

 三冨 日清紡テキスタイルの形態安定加工「アポロコット」のシャツ地も紹介したい。形態安定加工自体は他社にもありますが、洗ったあとのシワのできにくさという点で同社の物はレベルが高いと思います。メンズのビジネスシャツとして大手紳士服チェーン店などで販売されています。

形態安定加工「アポロコット」のシャツはシワになりにくい

 石井 日本のデニムはどうでしょう?

 三冨 世界的に評価が高いという意味では、日本のデニムやそれを使った製品は外せません。アメリカの昔のジーンズのような味わいを出せるシャトル織機の製法や、糸を束状にして染めるロープ染色などの技術など。ちなみにロープ染色は坂本デニム(広島県福山市)やカイハラ(同)など。生地なら岡山県井原市や福山市の会社が多い。岡山県倉敷市の児島では主に縫製や加工を行っています。このあたりは三備(備前、備中、備後)地区と呼ばれ、紡績を行う企業もありますし、ジーンズは糸、染色、生地、加工・縫製までオール・メイド・イン・ジャパンが可能な製品でもありますね。

 石井 取材先のレディスブランドの展示会ではよく「これは児島のデニムです」と紹介されますが、デニムはあくまで生地で、それを縫製したパンツがジーンズ。デニムという単語は消費者にも浸透しているし響きも良いから便利なのかも。ただ、その商品は児島で縫製や加工をしたジーンズもしくはデニム製品であり、デニムという生地自体の産地は別にあると覚えておくといいですね。

デニムの製造工程の一部(福山市の篠原テキスタイル)

●見えないけれどちゃんとある

 石井 個人的に最近注目している素材や企業はありますか?

 中村 ベンチャー企業のスパイバーかな。当初はクモの糸を人工的に再現するということで注目されたんだけど、水に触れると数十%も縮んでしまう物性上の課題があったことからそれは断念して、今はたんぱく質を人工的な繊維として実用化するプロジェクトにシフトしている。実際に、開発パートナーで同社に出資もしているゴールドウインとともに、商品化にもこぎつけた。タイでの原料プラント建設計画など量産化にも動き出している。

 石井 ゴールドウインのアウター「ムーンパーカ」は話題になりましたね。スポーツ・アウトドアメーカーが採用するくらいなんだから大丈夫なんでしょうけど、たんぱく質って食べ物を連想するせいか、もろそうな気がして…。

スパイバーはゴールドウインと共同でアウター「ムーンパーカ」を発表

 中村 例えば人の髪の毛だってたんぱく質でできているでしょ。羊毛であるウールもたんぱく質だけど長年着られる。さらにスパイバー社の場合は人工的に作っているのでDNAレベルで物性や機能面を研究・追求しているから。まあ、ウール同様、虫食い予防は必要だけどね。

 石油を原料とする合繊素材は、リサイクルポリエステルなどには作り変えられるけれど、石油に戻ることはない。一方でスパイバーの素材は微生物の発酵によって作られるたんぱく質を利用しているので、枯渇資源とは違うし分解・循環していく点でも注目されているんだ。人工的に作るから、化学繊維の一種とはいえるかな。

 クラレトレーディングの「ミントバール」も面白い。お湯で溶ける合繊素材。これを使ってタオルを作ってミントバールだけ溶かすとふわふわに仕上がる。ちゃんと機能は果たしているのに、消費者の手元に届くときには無い、っていうのが奥深いよね。

 石井 あれ、水溶性繊維って昔からありませんか?

 中村 ミントバールの場合は、ほかの水溶性繊維よりも低めの温度、60~80度でも溶けるから組み合わせる繊維にもダメージがないし、残らずきれいに溶けてくれるんだ。溶かす時のエネルギーも抑えられるし、生分解性もある。

 石井 へー。素材の背景を知るって面白いですね。

(おわり/繊研新聞本紙20年6月1日付)



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