蝶々夫人の仏教(松井孝予)

2015/12/14 13:31 更新


■PRELUDE / プレリュード

世界で最も演じられているオペラは、『マダム・バタフライ』だそうだ。

ジャコモ・プッチーニ作のこのオペラは1904年、ミラノのスカラ座で初演されたが、当時はどうも受けが悪かったらしい。

それから111年の間、『マダム・バタフライ』の上演回数は定かではないが、第2幕のアリア「ある晴れた日」を鼻歌できる人は多いよね、と勝手に思っている。とにかく、有名なことに間違いない。


  
MEGの外観

 

オペラ・ガルニエでも9〜10月に、ロバート・ウィルソン演出による『マダム・バタフライ』が上演され、話題を呼んだ。

「マダム・バタフライの仏教_ 仏教ジャポニスム」というエキシビションのタイトルに興味をそそられ、これが開催されているスイスのジュネーヴ民俗学博物館 / Musée d’ethnographie de Genève (MEG)へ行ってみた。

何か遠そうな感じがするが、パリからTGV(新幹線)で3時間で着いてしまう。もし傍にみうらじゅんさんがいたら、同行をお願いしていただろう。

 ではここで、蝶々夫人のストーリーのおさらいでも。

舞台は20世紀初頭の長崎。米海軍士官ピーカートンに嫁いだ15才の蝶々さんはキリスト教に改宗し、ふたりの間に男子が生まれる。ピーカートンは任務を終え母国に帰国、米人女性と結婚。そして本妻を連れ再び長崎を訪れる。ピーカートンを信じ待ち続けた蝶々さんだが、この結婚を祝福し、実子をピーカートン夫妻に渡すことを約束。仏壇の前で子どもを抱きしめながら、自刃した。

■MEGで見たものは西洋版みうらじゅんたちのコレクション


 
「マダム・バタフライの仏教」展は「開国」の章からはじまる


MEGでは、同館アジア部門学芸員で、「マダム・バタフライの仏教」展のチーフキュレーター、ジェローム・デュコールさんが出迎えてくれた。一般的な日本人より仏教に、そして日本文化に精通されたお方だ。

そしてデュコールさんから、「このエキシビションは、日本についてでも、ジャポニスムについてでも、ブディズム(仏教)についてでもありません」と、予想もしなかった言葉をいただいた。

じゃこの展覧会は何かというと_

明治時代に西洋にとって目新しかった日本の仏教、この神なき宗教の思想、美術が、仏教ジャポニスムの原動力となった。

ここには、当時の日本を訪れた西洋人たちが自国に持ち帰った仏教美術品(彫刻、絵画、陶器など)、滞在中の写真や日記などのまだケータイのない頃のアーカイブ、西洋美術の日本趣味(つまりジャポニスム)について、「開国」「ジャポニスム」「仏教のジャポニスム」「マダム・バタフライ_ジャポニスムの黄昏」「日本と仏教の再発見」の5テーマで、西洋を大熱狂させ、いつの間にか飽きられてしまった19世紀後半から20世紀初頭にかけての西洋における日本を知ることができる。

MEGは、法政大学国際日本学研究所とチューリッヒ大学文学部東洋学科の共同プロジェクト「在欧博物館保管日本仏教美術」に参画しており、このエキシビションでは同館の所蔵品だけでなく、パリのギメ美術館をはじめとする欧州各国の仏教コレクションも展示。

過去に数多くのジャポニスムをテーマにした展覧会が開催されたが、「浮世絵と印象派」のステレオタイプばかり。

モネと赤富士が不在の「マダム・バタフライの仏教」展は、とても新鮮だ。でもそれより何より、現代の日本人として、当時の裕福な西洋人たちの審美眼に感動し、みうらじゅんといとうせいこう共著『見仏記』より1世紀以上前に綴られた仏教美術品を巡る日本旅行記にびっくりした。

スイス人アルフレッド=エティエンヌ・デュモンが、1891年5月29日に神戸で書いたという妻宛の手紙とか(写真下)。日光の橋を描いた油絵とか。日本は19世紀からこんなに愛されていたのね。


 

 

当時の仏教美術品コレクターの情熱も凄いが、デュコールさんがこの展覧会にかけた情熱もそれに負けてない。

デュコールさんは数々の協力を得て、西洋画家安藤仲太郎(1861〜1912)が描いた浄土真宗本願寺派21代宗主明如上人(1850〜1903)の肖像画2枚の展示を実現させた。龍谷大学と西本願寺が所蔵するこれらの絵画が海を渡るのは初めてのこと。

 

 
「ジャポニスム」の展示室 


迫力の仏教美術


法要の間

 
ヘッドホンでお経聞けます

 

「仏教とジャポニスム」の展覧室に並ぶ仏像や鐘の姿とその数には圧倒されるばかりで、とは言え、日本に帰国したような安堵感に浸る。

西洋建築ロトンダ(丸屋根建築)は、「法要」の広間になっていてお経を聞きながら報恩講を体験した。

みうらじゅんさんのようにイラストでレポートできない、修行の足りなさを悔いながら。みなさん、こちらの動画で仏像を鑑賞してください。



エキシビションだけでなくシンポジウムやテキスタイルの歴史のカンファレンスも開催され、落語会、雅楽のコンサート、茶の湯、紙芝居など日本文化を紹介するプログラムも素晴らしく充実している。

カフェレストランでは、鶏の照り焼き定食、生和菓子、緑茶も用意。よいセンスのセレクション日本グッズもブックショップで販売。ここまで日本を紹介してくれてメルシィと、感謝します。

 

 
フレデリック・ミテラン監督『マダム・バタフライ』(1995年)が鑑賞できます。蝶々さんを演じるのは中国人ソプラノ歌手ですが 


常設展ではいろんな民族の文化が一覧できて、とても面白い! これは19世紀に欧州で使用されたバターを作る道具たち 


19〜20世紀に作られた東欧のデコレーション卵

 

■インスピレーションの玉手箱 MEG

5大陸の民俗の歴史と文化をオブジェで見て知る。地域ごとにショーケースがあり、そこに展示された生活道具や楽器や衣装を見ていると、インスピレーションがバチバチと来ます。

ジュネーヴご出張の際には、是非ご鑑賞を。

こちらで動画をどうぞ。



 ・インフォメーション

Musée d’Ethnographie de Genève

Boulevard Carl-Vogt 65-67

CH-1205 Genève

月曜閉館

「マダム・バタフライの仏教 仏教ジャポニスム」展は2016年1月10日まで




松井孝予

(今はなき)リクルート・フロムエー、雑誌Switchを経て渡仏。パリで学業に専念、2004年から繊研新聞社パリ通信員。ソムリエになった気分でフレンチ小料理に合うワインを選ぶのが日課。ジャックラッセルテリア(もちろん犬)の家族ライカ家と同居。



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